銅虎
今日は特異事案対策室での見守り業務はお休み。半年に一度の倉庫点検日だ。白鼠の式神たる私、豆大福の大切な仕事のひとつ──特対室室長であるボスが蒐集している山ほどの曰く付きの呪物、それらの紛失や異変がないかを確認すること。
地下倉庫に足を踏み入れると、空気はひんやりしていて、箱や棚の隙間からは古びた紙と木の匂いがむわっと立ち上る。広い空間に私の足音だけが小さくトタトタと響き、耳が敏感になっていく。
ネズミサイズの台帳を見ながら、ひとつつずつ照合していく。時に古びた面の目が私をぎろりと睨み、時に鈴のような小物が不意に鳴る。明らかに不穏な気配を漂わせた、封印の符の貼られた何か。それらには必ず添え書きがある。ボスの几帳面な字で書かれた由来と、「触るな」「封印中」などと。
ところが──。
「チュー……?」
木箱の陰に、見覚えのない品があった。銅製の台座から筒が伸びたもの。筒の蓋には摘みがあり、どう見ても何かの容器だ。添え書きはついておらず、台帳にも記載がない。(これは……呪物?) 不安にひげを震わせる。けれど今は作業を優先、報告は後にしよう。そう思い、さらに奥へ奥へと潜り込んでいった。
時計を見上げると、いつの間にか外は夜。倉庫の蛍光灯のチラつく光、ジジジと鳴るノイズ。なぜか、やけに心細く感じられる。
その時だ。
──ガタン。
乾いた音が背後から響いた。心臓がひゅっと縮む。即座に箱の影に飛び込んで息を潜める。そっと目だけを出して覗くと……例の台座付きの銅の筒が床に転がっていた。
じりじりと近寄ろうとした瞬間。
それは、立ち上がった。
重々しい音を響かせ、がっしりとした虎の四肢が台座から生え出す。筒の正面には、丸く濁った目がぎょろりと開き、ぐるりと辺りを見回す。蓋の隙間からは白い湯気が、もくもくと天井へ立ちのぼる。
(……)
奴の視線が私に定まり、首(?)を傾げている。私は台帳を放り出し、一目散にぴゅんと物陰に飛び込んだ。尻尾が震える。奴はまるで「いいおもちゃを見つけた」と言わんばかりにガチャガチャと走りながら、私を探している。虎の爪が床を叩き、そのたび金属の響きがカチャ、カチャと倉庫に反響した。
ちょうど近くにあった古銭を拾って、えいやと投げてみる。チャリン、と澄んだ音が棚の向こうで鳴った。しかし奴は反応しない。
(……音には興味がない? じゃあ、視覚?)
じりじりと背筋を焦がすような視線。湯気が濃くなり、次の瞬間、奴が蓋からごほっと咳をすると。
──ぶしゃあっ!
煮えたぎる湯が弾け飛んだ。私が隠れている棚の木肌からジュッと湯気が立つ。
(ひぃっ、隠れてたのに! 視覚以外にも……匂い? それともまさか蛇みたいに、熱?)
もしも捕まったら──煮ネズミ。私の脳裏に嫌な光景が浮かぶ。砂浴びは好きだけれど、熱湯浴びなんて冗談じゃない。動きは奴のほうが速い。何を追っているのか突き止めないと、逃げ切れない。ぎゅっと口をかみしめ覚悟を決める……確かめるしかない。
少し離れたところに身を移し、しゅっと通路を横切ってみる。奴の目がぎょろりと動き、私を追う。次にそのまま物陰を伝いじっとしていると、今度は視線が泳ぎ──まるで何かを切り替えるように一瞬固まった後、じりじりとこちらへ近寄ってきた。隠れる位置を変えて観察を続ける。動きを見せればすぐに反応する。けれど、匂いか熱か──には遅い。
(目だ。視覚が一番強いんだ……!)
走る。影から影へ。背後では奴の爪が床を叩き、金属音が耳を刺す。──あと少しで出口。結界の縁が見える。このままなら逃げられる。
そう思った、その瞬間だった。
──ぷしゅっ!
くしゃみの音とともに、背後から熱湯が塊となって飛んできた。
(あっ……こんな距離まで……)
避ける間もなく、煮えたぎる液体が私の背中を直撃した。毛皮が焼け、世界が白く弾け──
……と思いきや。
灼熱に焼かれたのは、私の「影」だ。私のたったひとつの術。陽炎を生み出し投影した、もう一匹の「私」のデコイ。直撃を食らったそれは、悲鳴をあげることもなく一瞬で霧散した。
本体の私は、とっくに横へ跳んでいた。奴が幻影に気を取られた隙を突き、出口の、結界の縁を駆け抜ける。そのまま倉庫の扉を飛び出す。
背後では奴がまだ追ってきていたが、見えない結界の壁にガツンとぶつかり転んで、ジタバタしていた。結界の光がちらと揺れ、奴は中に閉じ込められたまま、四肢を暴れさせている。
(……ふぅ、危なかった……)
胸を撫で下ろしながら、私は急いでボスへ報告に走った。
「チュチュッ、チュチュッ! チュチュチュッ!」
身ぶり手ぶりを交えた私の必死の話に、ボスは机に向かい書物を読みながらの生返事。「それ」に覚えがないようだったが、私が机によじ登り、墨と筆でさらさらと絵を描いてみせると、ポンと手を叩いた。
「あぁ、銅壺か。火鉢に乗せて使う、昔の湯沸かし器だよ。銅壺だから銅虎──駄洒落みたいな付喪神になっていたから、とっておいたんだ。封印の符を貼っておいたはずだが、剥がれたんだろう」
まるで大したことではないという顔で、さらさらと符を用意している。
(……チュー。虎の脚まで生やして暴れ回る付喪神って──駄洒落で命懸けだよ)「動き回るのは夜の間だけだから明日、朝一番でこれを貼ってきてくれ」
私はひげを撫で、心底からの疲れを噛みしめた。
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東京怪異捜査録 − 警視庁特対室CASE:XXX -
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