肥大化していく存在価値
目を覚ますと私は腕の中に抱かれていた。まだ薄らと残る幼いころの記憶だ。こうして、走馬灯のようにたまに自分の赤ちゃんだったころの記憶や景色が鮮明に夢に出てくるときがあった。今日もそうだ。
「む、あれ・・・・・・。そっか。」
目を開けて陽のさしているベランダを見ると、気分が落ち込む。今日みたいな走馬灯の夢の時はいつもそうだ。幻想的、理想的空間から突然、現実に押し戻されるような強制力。その抗うことができない強制力のせいで、取り返しのつかないどうしようもない気持ちがこみ上げてくる。
「あ。インスタ上げないと。」
朝起きたらモーニングルーティンの写真をSNSにアップロードをする。毎日なるだけ同じ時間に、確実にやることで、健康をアピールするの。健康でないと、清楚であるイメージの維持が難しいからね。私の売りは清楚系で可愛いなんだから、それを守らないといけないんだ。
そんなこんなで、朝ご飯はアサイーボウルを撮った。
パシャ。─────────────
「自分のこと可愛いって思ってそう。」
「こいつ鼻でかくねw」
「涙袋ないね。」
「ブスが調子乗ってておもろい。」
私の鼻がでかいとか、ブスとか、わざわざ毎回コメントを一番に打ってくるやつらがいた。どうせ、あいつらの顔はとんでもない不細工なんだろな。私のことを誹謗中傷するアンチは、大抵顔をSNSにあげてないようなド陰キャばっかりで、ちっとも分からないんだけど、考えるだけでイライラがむしろスッキリに昇華されるから楽しいんだ。
ゴンゴン
スマホを机に置いて、そのノックに答えた。
「お母さん。なに?話って。」
「春さ、インフルエンサー?やってるよね。」
「うん。それがー?」
「真面目に生きて欲しいなって、思う。思ってるの。」
「え?」
◇
「春!春は可愛いからね、誰よりも有名人になれるよ!誰よりも、誰よりもかわいいから!」
「やくそく?」
「や・く・そ・く。」
「ゆびきりげんまん!」
嘘ついたら・・・・・・
◇
「っどうして、私はこんなにがんばって、いっぱい化粧とかいろいろ勉強してるんだよ?やっと2000フォロワーまで来たの。2000!2000だよ!!!」
1人また1人と増えていくフォロワーの数字。始める前はフォロワーより多かったフォローの数が、逆転するとこまでついにやってきた。誰に「ブサイク」「可愛くない」と言われても自分の描いたイメージに沿った生き方だけアップロードした結果が2000って大きい数字なの。
「ねえ、なんで分かんないの?分かってくれるよね、お母さんでしょ!!」
「分かんない。あのさ。ちょっと厳しいこと言うかもしれないけど、甘くないんだよ?春が思ってる以上にずっと甘くない世界だよ。春みたいに努力してる子は山ほどいるし、それで成功できる子は一握り。だから、普通に生きて。」
「普通?普通って何・・・・・・。私が、なんで普通じゃなきゃいけないの?」
「はあ、、じゃあそこまで言うなら自分で稼ぎなさい。稼いだことがないから、そんなこと言えんのよ。お父さんも春の学費出すだけで精一杯だから、これ以上の支援はできない。」
「お母さんもそんなに稼いでないくせに。」
「今、なんて・・・・・・。そんなこと、あんたが言わないで。
「やっぱり図星じゃん。お父さんの脛かじりなくせに、偉そうに。」
頭より、先に口が動いていた。考えるというよりももはや感覚に近いものがあった。私の言葉は、母親を傷つける凶器に、独断で豹変していたのだ。
「お母さんのこと、ほんとにそんな風に思ってたのね。じゃあ、好きにすればいい。」
「それって出てけってこと?」
「出て行きたきゃ出て行っていいわよ。」
「あっきれたっ、もういい!!」
だんっ!!!!!────────
あれからと言うもの、私の生活は一変した。両親の最大の支援は、口座の中に毎月1万円程度の仕送りが振り込まれるだけで、ほかのことは一切手をつけてくれなかった。私にもう愛情なんてない、無頓着にんったんだろう。
だけど私は今、なんにも怖くなんてない。母親の「可愛い」こそ存在証明と存在価値を担っていた気がしていたけれど、それは間違いだった。そんなのほかの誰かで補うことなんて容易かったんだ。大人の、さらに大人の力があれば。
「やっほ!お父さん!!」
「おおっ、びっくりしたなあ、春ちゃん。」
「えへっ。結構驚いてて面白い!」
「勘弁してくれ、寿命が縮んじゃったらどうするんだ?」
「あはは(笑)」
お父さんがいる。私にはお父さんがいる。この人がいれば、毎月10万円はもらえるからずっと楽にインフルエンサーが出来た。
「ねね。聞いて!」
「うん?なんだい?」
「お父さんのおかげで、私、憧れだった事務所に入れたの!!すごいでしょ!」
「おお!ほんとか!なら良かった。嬉しいなあ。」
「お父さんありがとう!大好きだよ!!」
あの憧れだった芸能事務所に入れたことで、私の知名度はバツグンに上がった。みるみると増えていくフォロワーの数に、アンチの誹謗中傷コメントも徐々に消えていった。私の人生は、「お父さん」という人に救われたんだ。私の可愛いは、やっぱりみんなを幸せにするんだ。赤ちゃんの時みたいに。
みんな、笑顔になれる。私の可愛いは、無敵だから!
─────────4か月の月日が経ったころ
「おはよ!お父さん!」
「あ、ああ。春ちゃん。」
「ん?どうしたのー?なんか暗くない?あげてこ!」
「あの!!今日、今日で終わりにしたい。」
「・・・・・・えっと、」
その日のお父さんはなんだか様子がおかしかった。目が充血して、額には大きな汗が流れていた。手はぎちぎちと強く握りこぶしをしたまま、膝の上に固定して、水も飲まないでいた。
「春ちゃん、いや、春さんには本当に申し訳ないが、今日のお金を渡したらもう二度と会わないと約束してほしいんだ。」
「さん付けとかやめてよ・・・・・・。ねえ、なんでよ。教えてよ。」
「妻と娘がいる。私は最低なことをしたと思っている。君のような有名なインフルエンサーに貢いでいるなんて知られたら、どうなるかなんて考えたくもないくらいだ・・・・・・。それに娘には夢があるんだ。アイドルになりたいって、そういう夢があるんだ。私は、この10万円を娘の夢に使いたい。そう思っているんだ。」
「でも、でも。お父さんがいないとお父さんの稼ぎがないと、私は生きてけないよ。」
「大丈夫。君なら大丈夫さ。もう君のことを応援している人はたくさんいるじゃないか。だから、これからは自分の力で思いっきり人生を楽しんでほしい。こんなおっさんのために、時間使わせてほんとにすまなかった。」
◇
「お母さんも、そんなに稼いでないくせに。」
「偉そうに。」
◇
「わかった。お父さんのこと誰にも言わない。あと、今日の分のお金も大丈夫だから持ち帰っていいよ。」
「え。でも。」
「だってお父さん、の言う通りだよ。いや、お母さんの言う通りだった。私、一人暮らしをする前に説教されちゃって。そん時は、なんでみんなが知ってる可愛さに同調してくれないのって本気で疑問だった。フォロワーが初めて2000人もいって、てっきり自分が偉くなったような勘違いしてた。」
「でも、一人暮らししても結局、私、お父さんに頼ってばっかりだったもん。お母さんの稼ぎが小さいなんてさ、言わなきゃよかったな・・・・・・。」
「そんなことがあったんだね。なら・・・・・・・。て、あ!まずい、今日は会社で大事な会議があるんだった!早く行かないと!!」
時間を見たらいつもよりも20分くらい早かった。お父さんが通勤する、その時間がやってきた。いつものお父さんの朝のルーティンである。
「お父さん!頑張ってね!」
立ち上がったお父さんにすかさず私は口を開いた。最後のメッセージはめいいっぱい考えても、なかなか浮かんでこなかったけど。でも、お父さんはいつも笑顔だ。
「ああ!仲直り、頑張るんだよ!」
「仲、直り。か。」
顔を隠すためのマスクを外して、私は、実家までの電車を確認した。