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切り込みが入ったリュックサック

作者: 宮野ひの

 幼稚園の頃、キティちゃんのリュックサックがお気に入りだった。赤いポリエステルの素材で、家の中でいつも背負っていた。


 リュックの中に入れるものは、おもちゃとかぬいぐるみとか大切なものが多かった。時には大人が読むような雑誌を入れてみたり、お菓子の残りを隠したり、その時の気分によって入れるものを変えていた。


 お母さんに「そのリュックお気に入りね」と言われた。


 自分では、そうは思わなかったけど、誰かに言われたことで、そうなのかもしれないと思い始めるようになった。


 そこから私の中でキティちゃんのリュックサックはお気に入りのものになった。


 しばらくリュックを使っていると、表面が汚れてきたように感じた。赤い素材の中に、黒い汚れのようなものがあるのがわかる。


 新品の服も思い切り外遊びをしたら汚れてシワシワになるように、リュックも乱暴に扱うと、いつか壊れてしまうと思った。それは、とても自分の身に起こってほしいことではなかった。


 一度考え始めたら、頭から離れなくなった。キティちゃんのリュックサックもいつか使えなくなる日が来る。


 そのいつかは突然やってくるかもしれない。もう、こんな風に考えたら待つよりも、自分の手でどうにかして、悲しい気分を味わった方が良いと思った。


 私はキティちゃんのリュックサックの肩紐の部分にハサミで切り込みを入れた。ちょきん、と。


 ゆっくり切り込みを入れたから、ガタガタにならず、すーっと真っ直ぐ切れた。


 ああ、もうこれで、すごく悲しい気分を味合わなくて済む。


 自分で納得してしたことだけど、取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと思った。


 落ち着いたら、ドーっと悲しい気持ちが押し寄せて、どうしたら良いかわからなくなった。


 自分が恐ろしい何かにすっぽり包まれてしまったような気持ちになる。


 何も知らないお母さんは、後日、肩紐を直してくれた。強力そうなテープを使って、私の切り込みを無かったものにしてくれた。


 思いやりが嬉しかったけど、自分で切ったことに対する罪悪感と、しなくても良い体験だったことに対する悔しさで、感情がぐちゃぐちゃになった。


 それからキティちゃんのリュックサックは、いつものように背負っていたけど、前みたいに楽しい気分にはならなかった。


 私の手には、透明なテープの粘着性がいつまでも残った。


 罪悪感は、新しいキャラクターもののカバンを買ってもらうまで続くことになる。


 新しいカバンを手に入れたら、キティちゃんのリュックサックはメインで使うものではなくなった。


 サブバッグになったことで、良い距離感ができた。


 近いところにあると複雑な感情になる。他に気を取られるものがあることで、自分の中の気持ちを落ち着かせることができた。


「今度は切り込みなんて入れない。最後まで大切にする」


 新しいカバンが、いつか使えなくなる日を、何もしないで、この目で見てみることにした。

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― 新着の感想 ―
 大切なものが使えなくなると思うと確かに切ないですね。ただ、おもちゃや服などもお別れしながら、少しずつおおきくなっていくものでしょうね。大人になると使えなくなったら、新しいものを買えば良いみたいな感じ…
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