敵襲
無理が祟って倒れてから二週間が経っていた。最初は過労と診断されたが誤診で、胸膜炎だった。命に関わると言うことで随分と入院が長引いていた。
「りんごの皮剥くからちょっと待っててね」
ユウコは毎日見舞いに来てくれていた。ついでにモニカもほぼ毎日来てくれた。泊まり込みでの仕事のはずだったのだが気が変わったようだ。
「仕事に支障をきたすほど毎日きてくれなくていいんだぞ。それとも他に理由があるのか」
そう言うと何故かユウコがスリッパで俺の頭を殴った。
「そろそろ仕事に復帰したいんで退院できるよう言ってくれないか、ユウコ。日本への渡航費用もあるし休み過ぎな俺は焦っていた」
「お金についてはそれほど心配しなくてもいいんじゃないかな」
アルトマイヤーとケイが見舞いに来てくれたのだが、軍からの特別支給手当の明細を持って来てくれた、「なんだこの額は、一桁か二桁多すぎるだろう」
そう言って彼に尋ねたのだが、「敵国トップ暗殺というのは世界的にも少ない。その報酬としてしっかりとケンジは受け取るべきだ」
そう言われ、将来のことも考え受け取ることにした。
「ケイも教官になったのか、おめでとう」そういうとケイは全て俺のお陰と言い、感謝の言葉をいただいてしまった。
ユウコが皮を剥いてくれたりんごを食べながら、状況がいろいろと変わりつつあることを実感していた。軍はまた復帰して欲しいらしいが、命懸けはもう御免だった。平和と言う言葉を初めて意識しながら日本行きを楽しみにしていた。
「ところでモニカはやっぱり俺のことが好きなのか」
そう言うとまたユウコに頭を叩かれ、モニカは部屋の外に逃げ出してしまった、「軍事演習中でもあれだけケンジを慕ってたのにケンジあなたって...」
ケイに言われ自分が相当に鈍いことがようやく判明した。
さらに一週間後俺はようやく退院できた。
まずは棟梁のところに行き、入院を謝罪したうえで休職願いを出した、「お前はもともとうちみたいな弱小建築屋にいるべき男じゃない。国の悲願を達成させ、その上で他にやりたいことがあるなら好きに生きろ。だが俺はいつでもお前を応援してるぞ」
最大級の賛辞で棟梁に送り出されたが、少し寂しい気持ちもあった。
「ユウコ、今夜SEXしようか」
そういうとユウコは顔を真っ赤にして、スリッパで五回俺を叩いた。
要求されてたことを遂行するという、軍人なら当たり前のことを言っただけだった。どうも俺は人の心の機微というものをもっと学ばないといけないらしい。
「ユウコも大変ねこんなに鈍感男の彼女なんて。なんなら私が変わるわよ」
モニカは十回叩かれた。
「話しは変わるが、それなりに遠くない未来にこの家を出ようと思う。日本のお風呂というのが気持ち良さそうなのでそれを取り入れて。最初から捨てられた家を直しただけなので、ここはいつ崩れるかわからない。設計にも参加してみたいし」
そう話したらユウコは歓迎したが、モニカは複雑な表情になった。
「あんたたち二人の家ってことよね。日本風も取り入れてって...」
「なんだそんなことか。モニカも慣れれば大丈夫だきっと。お前はもう俺たちの家族なんで嫌だったらやめるぞ」そういうとモニカは嬉しそうに抱きついてきた。
翌日は全員休日だったので観光に出掛けた。
川の宿や動物園、大聖堂を見て回った、「美しいところは多いんだが基本的には退屈な国だな。アミューズメント施設が足りない」
「こんな東欧の小国じゃしょうがないじゃない。先進国にそういうのは期待しなさい」そうモニカに言われ、また日本のことを思い描いた。ただ血縁があると言うだけだが、随分と頭の中では贔屓にしているようだった。
噴水の前でみんな腰を掛け休んだ。そう言えばユウコとモニカのツーショット写真を見たことがなかったので、私が撮ってあげた。二人は姉妹みたいに仲が良かった。しかし二人とも俺が好きみたいなので、仲たがいしないか心配だった。
「今度は私が二人を撮ってあげよう」ユウコがそういうので、モニカの肩を抱きながら写真を撮ってもらった。モニカは照れて小さくなっていた。
「この車もの凄く加速がいいらしいので掴まってて」そう言って私はアクセルを踏み込んだ。この国では部品が手に入りづらいというので今までは手加減して運転していたが、三人だけのデートだしたまにはいいだろう。驚くほど早くスムーズな走りで我々は家路に付いた。
家に帰りシャワーを二人に使ってもらった。ユウコが一番だったんでモニカと二人残ってしまったのだが、やさしいキスをモニカにされた。
とても嬉しかったがユウコが何を置いても一番なので、こういうことは困るとモニカに言った。
モニカの様子がおかしいのでユウコが尋ねた、「ケンジに私のキスよりユウコがのがいいって怒られた」あからさまな齟齬があったので、俺は嬉しかったとモニカに強調した。するとユウコの様子がおかしくなってしまった。
「間違えが合ったら言ってくれ。どうも俺はちょっと変らしい」
間違っていなかったのでユウコは余計に苦しくなった。この先三角関係のもつれがあったら、二人のどちらかが出て行かなくてはならないからだ。
「二人程度、養えるくらいは将来稼ぐから心配ないぞ」そんな金銭的問題じゃなくて、愛情の深さの問題なんだと思いユウコは黙ったままだった。
俺はようやく気が付いた。男一人と女二人の家族が歪なことに。ただいきなりモニカを追い出すと言うのは考えたくなかった。思案したが二人とも自分が守ってあげたいというもので、二人に受け入れられそうもなかった。
シャワーを浴びずに考え事があるからといって俺はベッドに入った。
「新築の家を建てるなら、他所の国に行かずにこの国の大学に入ればいい」
家を建てる話を棟梁にしたらそう言われた。
それもそうだと思った。あと、不安定なモニカとユウコを置いて遠い場所に行くのも不安だった。本当はモニカに出て行ってもらいユウコと二人で暮らすのがいいとはわかっていた。
ただ孤児院で育った自分に彼女を捨てるのは抵抗があった。ユウコと結婚する未来を捨ててでも、孤児院育ち三人で暮したかったのだ。
家の場所は棟梁の簡易シェルターがある場所に決まった。要人暗殺者の俺には絶対に必要だと言って無償で土地を譲るという。
「ケンジはこの動かない足の仇を討ってくれた。遠慮なく使ってくれ。それとシェルターがあるのに上をチャチに作ったのは俺のミスだ。今度はしっかりと作る」
そう言ってくれた。
それから建築士を家に呼び、本格的に設計の打ち合わせをする毎日だった。しかし、ある日モニカが家を出て行った。
呼び戻してもいずれまた出て行って貰うのなら、このまま追わない方がいいのか。俺は心が二つに引き裂かれた思いだった。ただその日からユウコの様子がおかしかった。恋敵ならいなくなった方がいいんじゃないか、そう思ったが複雑な感情があるらしい。
「私がモニカを追い出しちゃったね、ごめんなさい」暗い顔で彼女はそう言ったが、俺にはなんて声を掛ければいいのかわからなかった。
「モニカは俺を守るとずっと言ってくれた」
ユウコの返事は聞かずにモニカを探しに俺は出て行った。行き先の見当は付いていたので、まず軍に行った。ケイの居場所を聞き出し俺はそこに向かった。
「モニカ?居るわよ。ちょっと待ってて」
部屋にはいるのだが、彼女はなかなか出て来たがらないとケイが言った。中に入れてもらいモニカを俺は探した。部屋の奥でモニカが小さくなっていたので、迎えにきたと告げた。
そう言っても彼女が首を縦に振らないので俺は言った、「俺は暗殺対象者だ。モニカに守って欲しい」
そう言うとモニカは立ち上がったので、手を取って車に向かった。これで今度はユウコが出て行ってしまうかもしれない。だが譲れないことが俺にもあるのだ。
家に帰ると三人分の夕食を作ってユウコが待っていた。ユウコもまた、モニカが居なくなったことが寂しかったのだ。
「た、ただいま」俺に促されるまでもなくモニカはそう言った。
「ちゃんとモニカの部屋も新しい家にはあるんだよ」
そう言ってユウコは仮設計図をモニカに見せた。そこにはMと名前が入った部屋が確かにあった。お互い辛い幼少期を過ごした者同士で、ユウコもモニカに一緒に居て欲しかったようだ。二人の笑顔を見てホッとした気持ちになった。
正式に決まった家は、鉄筋コンクリート造の四階建てだった。恐ろしく頑丈で確かに爆撃も砲弾も防げそうな気がしたが、予算を聞くのが恐ろしかった。
「将来時間を掛けてローンで払います」
そう言ったが、心配するほどの値段にはしねえと棟梁が言った。
勉強をしながら毎日建築現場に足を運んだのだが、手伝えることはあまりなかった。棟梁のところでは木造建築の仕事だったからだ。
コンクリートの量がえげつなく、いったいどれだけの予算が掛かってるのか気になった。仕事がない日が多いモニカとよく見に行ったが、彼女は自分たちの家という言葉に感動していると言った。よく考えたら今の家は無断で修理して使っていたものだが、今度は正真正銘の我が家だった。
家に見とれて油断をしていたのか敵の存在に全く気が付いていなかった。モニカはいち早く察知し俺の首を捻じ伏せ地面に伏せさせた。ベレッタの音が何発かしたが不発だった。その隙に建築中の建物の中に移動し次の攻撃に備えたが、敵は既に逃げたようだった。
「助かったモニカ。俺にはもう軍人は務まりそうもない、君がいてくれて良かった」
「いつまでもケンジを守ってあげるわ、だから永遠に離れないと言って」簡単に返事していい言葉ではなかった。しかし、一緒にいて欲しいとモニカに言った。
「ユウコやっかいなことになった。俺はどうもあの敵国大統領と同じように、逃避生活をしなければならないのかもしれない」
昼に襲撃事件があり、モニカに命を助けられたことを話した。
守る者ができた俺にはやっかいな問題だった。完成する家は堅牢だが、ずっと隠れている訳にもいかず家から出ることもあるだろう。
モニカには守ってくれと言ったが、やはり女は自分で守りたかった。翌日から俺は軍事教練施設に一人で通い、わりと早く軍人だった頃の感覚を取り戻していった。
自軍の軍人に襲われたことがあるユウコに取っても他人事ではなかった。自分を救ってくれた英雄ケンジが今度はピンチに陥ってしまった。ケンジを守る力があるのはモニカで、自分には何もできないと考えた。
「変な心配をしてるようだが無用だ。俺を殺せる人間はいない、だから二人が俺の巻き添えにならないように必ず守る」
毎日の特訓で戦闘意識は高まり、作戦成功率100%の自信が戻ってきた。二人のために作った家で三人で安全に過ごしたい。それにはもう少し策略が必要だった。
まず今回の敵がどうやってモニカと私を襲撃したのかが鍵になりそうだ。それはすぐにモニカのスマホからのやり取りで判明した。前日にモニカの予定を確認しているメッセージがあった。ケイからのものだった。
黒幕はケイでほぼ間違いがなかったが、彼女はモニカと仲良くしてくれたのも事実だった。なのでモニカを問いただし容疑者の処遇の決定権を委ねた。彼女はすぐにケイが実行犯の裏で指示していたと気が付いていたのに俺には言わなかった。それはきっとケイに対する愛情なのだろう。
俺は処遇を決めないし、逆らわなければ殺さない。だからモニカが全てを判断してくれ、それが俺からの最大の譲歩だ。既にアルトマイヤーと連絡を取りケイの家を取り囲んでいた。ケイは逃亡に失敗したのだ。
「どういうことだケイ、現政権の仇の暗殺に成功しながら今度は俺の暗殺を試みる。二重スパイとしては正解かもしれないが、知り過ぎたお前は間違いなく敵国現政権から消される。お前にしては阿呆すぎる作戦だが」
「あんたを殺した報酬で高跳び予定だったのよ。モニカとケンジ二人を殺せば報酬が倍になる、それにしくじっただけよ」
手を出さない予定だったが、ケイの足に二発弾丸を打ち込んだ。アルトマイヤーが彼女を捕獲し軍に連行した、「俺は敵は絶対に生かさない。だからこれはモニカの意志だ、感謝するんだな」
帰りの車の中でモニカは何も言わなかった。世話になった人間に銃口は向けられない優しい女の子だった。だったら俺が守ってやればいい。
後日聞いたことだが、ケイはアメリカでドメスティックバイオレンスな旦那を殺害して各国を逃げ回っていたそうだ。そんなもの俺の中では正当防衛なので逃げることはないと思ったが、ユウコ強姦未遂の三人を撃ち殺していたので同じだった。ケイの行為は許せないが同情の余地はあると考えた。
ケイ以外に謀反者は考えにくく、ユウコの洋品店での仕事は続けさせた。だがこの店にモニカも雇わせた。万が一には備えたいからだ。
「軍以外の仕事はどうだモニカ」
「接客とかやったことないからいつも店主に怒られてるわよ」
やったことないがきっと慣れるから頑張れとしか言えなかった。
モニカに普通の仕事をさせたのは、単にユウコの護衛だけではなかった。自分を殺そうとしたケイを殺すことができない優しい彼女は、軍人には向いていないと判断したからだ。実際にやさしいモニカの元には顧客がすぐに付いたとユウコが言った。
ユウコから軍事訓練を受けたいという申し出があったのは、モニカが働き始めてすぐだった。怪我をしないかとか彼女には無理じゃないかと思い俺は狼狽した。
「一人だけ守られているのは嫌、自分を守るために教えてケンジ」
そう言われたら黙るしかなく、休日にはモニカと共に軍事教練場に通った。ユウコの戦闘センスは優秀で、モニカとの戦闘にたまに勝てるまでになった。家でも筋トレを熱心に行って、普通の人間よりは遥かに強くなっていった。
「二人ともどお?この腹筋」
モニカは感嘆し、俺は鼻血を出しながらいいねと言った。ユウコの腹筋を見て血を流したのは、別に腹筋フェチではなく欲求不満からだった。
最近はユウコを抱きたくて仕方がなかったのだ。しかし、モニカもいるからそれは不可能に近く自慰もきちんと出来ていなかった。鼻血を拭きながら私ならいいわよというモニカの誘いは辛うじて断った。




