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生きる意味  作者: 餓狼
10/12

戦場の死神

ケンジは息を荒げながら、次の標的を捕らえた。

銃口が火を吹き、敵兵がひとり、またひとりと土の中に崩れ落ちていく。

だが数が多すぎた。引き金を引くたび、別の方向から弾丸が飛び込んできて土をはねる。


「クッ……どこから湧いてくるんだ!」

ケンジは低く呟き、次の弾倉を叩き込んだ。


視界の端で、モニカも同じだった。

俊敏に遮蔽物を移動し、的確にトリガーを引いては敵を仕留めていく。その髪が血と埃で濡れ、顔に貼り付いていた。


「まだ行けるか、モニカ!」


「ええ……でも包囲されるわ!」

モニカの声が、緊張で震えていた。


その時だった。

後方で低い破裂音が連続したかと思うと、空気を切り裂く轟音とともに、前方の地面が炎と煙に包まれた。

味方のグレネードランチャーだ。

何発も、何発も撃ち込まれ、敵の塹壕は爆煙で覆われた。


「今だ!前進!」

ケンジはユウコの脇に肩を差し込み、再び体を支えた。

モニカも隣に並び、二人でユウコを守るようにして駆け出した。


灰と火薬の匂いが肺を刺す。

爆風の熱が頬を打ち、破片が肩をかすめた。

それでも構わず走った。

敵の銃撃は一瞬途切れ、爆炎に包まれた陣地の向こうから悲鳴が上がった。



彼らは残響する砲声の中、必死に地面を蹴り続けた。


そのときだった。

乾いた大地を突き破るような轟音が響き渡り、地面が大きく揺れた。


アルトマイヤーの対戦車地雷が炸裂したのだ。

敵の先頭を進んでいた装甲車両が突然、腹の下から爆風に突き上げられ、車体は不自然に傾きながら黒煙を吐いた。


すぐさま火が走り、装甲の合わせ目から炎が噴き出す。

内部で弾薬が誘爆し、砲塔が鈍い音を立てて横に吹き飛んだ。


「やった……!」

モニカが低く息を呑む。


爆炎に照らされた敵兵たちは、完全に窮地に立たされていた。

統率の取れた動きを見せていた部隊が、一瞬で崩れ落ちる。


「どうした!動け!撃ち返せ!」

前線の指揮官らしき男が必死に叫ぶが、その声は明らかに上ずっていた。


敵兵たちは互いに顔を見合わせ、狼狽したように伏せたり、後ろを振り返ったりしている。

銃を構える手が震え、指示を仰ぐ視線はどこにも答えを見つけられずに泳いでいた。


「この機を逃すな!一気に押すぞ!」

ケンジが怒号のように叫んだ。


モニカも頷き、銃口を上げてトリガーを引く。

立て続けに放たれた銃弾が、混乱する敵兵たちを次々に薙ぎ倒した。


アルトマイヤーの地雷がもたらした恐怖は、敵の心を確実に蝕んでいた。

その動揺こそ、ケンジたちが生き延びるために必要な最大の隙だった。


モニカ、ユウコを連れて後方の前線基地に戻れ。俺は特攻する。

「ケンジ、無茶よ。打撃を与えたとは言え数の上では敵が上よ」


そんなこと関係ないんだよ。これだけの敵相手に俺の心は喜んでいる

「俺の楽しみなんだ。負けることはない。安心して待ってろ」


モニカとユウコが後方に下がったが、俺は前進した。

これからが死神の仕事なんだ。数の劣勢なんて関係ないんだ。


敵の反撃は熾烈を極めていた。

ロケット弾と対戦車砲の砲声が響き渡り、周囲は次々に爆炎と煙に呑まれていく。


「モニカ、ユウコを頼む!ここは俺が抑える!」

ケンジが叫んだ。


「馬鹿言わないで!」

モニカは声を荒げたが、その間にも敵の弾幕は容赦なく迫ってくる。


ユウコは意識がもう朦朧としていた。

その瞳は何かを追うように宙を彷徨い、血に濡れた唇が小さく動いて名前を呼んでいた。


「ユウコ、しっかりして!」

モニカはユウコの顔を両手で挟み、無理やりこちらへ引き戻すと、自分の肩に腕を回させる。


敵は執念深く追撃の準備を整えていた。

再びロケットランチャーの照準がこちらに向けられる。


「モニカ、行け!今しかない!」

ケンジは土嚢の影から身を乗り出し、猛烈な銃撃を浴びせた。

跳ね返る弾丸が火花を散らし、敵兵が二人倒れる。


「……分かったわ。絶対、戻るから!」

モニカはユウコを抱きかかえるようにして撤退を始めた。


後退しながらも、彼女は何度も振り返り、その瞳にケンジを刻むように見つめていた。


ケンジは笑みを浮かべ、手を上げて合図した。

「さあ行け!止まるな!」


その背後で、敵がついに反撃の号令をかけた。

対戦車砲が再装填を終え、ロケットランチャーが複数同時に火を吹く。


爆風が辺りを飲み込み、夜空に赤黒い火柱が何本も立ち上った。


モニカは歯を食いしばりながらユウコを支え、必死に瓦礫の間を駆け抜けた。

――何があっても、ユウコだけは安全地帯へ。

その決意だけが彼女の足を動かしていた。


「さて足手まといはいなくなった。自由にやらせてもらおうか」

この国境線の300mに近づいたものは皆殺しだ。俺は殺人鬼なんだ。


「ん、あれは前線はるか深くまで攻め入ったなんちゃって特殊部隊か」

アルトマイヤーにランチャー部隊にありったけの火力で敵にぶつけるよう指示した。


「俺の部隊よ。怖ければ逃げろ。俺を信じる者だけついてこい」


モニカとユウコが撤退する背後で、ケンジは一人、まるで死神のように戦場を支配していた。


手にしたSIG550が閃光を放つたび、敵兵が血飛沫をあげて倒れていく。

その銃口は微塵もぶれず、引き金を引くケンジの瞳は冷たい光を宿していた。


「撃て……撃て……!くそっ、奴は人間じゃないのか!」


敵の小隊長が悲鳴のように怒鳴った。

ケンジの射撃は、もはや狙うというより自然に標的を葬る行為のようだった。

銃声が連なるたび、敵の前線は削られ、無惨な屍が積み重なっていく。


だが敵もこのままでは終わらなかった。

追い詰められた彼らは最後の意地を見せるように、散開しながら複数のロケットランチャーを肩に担ぎ、一斉に構えた。


「撃てぇぇぇ!!」


ロケット弾が一斉に火を吹いた。

赤い尾を引く弾頭が、唸り声を上げてケンジめがけて殺到する。


しかしその瞬間、側面の丘陵地から轟音が響いた。


アルトマイヤーのランチャー部隊だった。

味方の隊長が渾身の指揮でありったけの援護を仕掛けたのだ。

グレネードや対戦車ロケットが一斉に火を噴き、敵のランチャー部隊を襲う。


「遅ぇよ……でも助かったぜ!」

ケンジは唇を吊り上げて笑い、SIG550の銃身をさらに熱くした。


敵のロケットは何発かこちらへ届いたが、ほとんどはアルトマイヤー隊の砲撃に押しつぶされ、炎と爆煙の中で不発に終わった。


それでもなお生き残った敵兵は、歪んだ顔でこちらを睨み、震える手で引き金を引いてくる。

ケンジは冷たい目で標的を追い、次々に引き金を絞った。

撃たれるより先に撃つ。

それが死神ケンジの戦場でのことわりだった。


やがて敵は完全に戦列を崩し、悲鳴をあげて散り散りに退いていった。


煙の向こうで、モニカがユウコを抱きしめながら振り返る。

ケンジはSIG550を肩に担ぎ直し、小さく手を挙げて合図した。


この死地を、必ず生きて越える――

ケンジのその鬼神のような姿は、仲間たちの心に強烈に焼きついた。


「後方まで下がって来たのは戦闘をやめたわけじゃない。シャワーのためだ」

それとユウコは軍本部に下がる様告げた。初陣で十分な活躍だった。


「わたしはまた行くわよ。これじゃ半端だもの」

モニカはまだやれるとアピールした。


戦場は既に夜の帳に包まれていたが、火線が交わる度にその闇は赤く脈打った。

砲声と銃声が絶え間なく響く中、決戦の時が訪れた。


丘の上、狙撃地点に伏せたモニカのドラグノフが月光を鈍く反射する。

そのスコープ越しに、彼女は次々と標的を探し、冷徹に引き金を引いていった。


「落ちて……」

モニカの呟きと共に、遠くの敵指揮官のヘルメットが弾け、頭ごと後方に吹き飛ぶ。

狙撃された瞬間、敵の号令は途絶え、兵士たちは一瞬何をしていいか分からずに立ち尽くした。


その隙を逃さず、前線ではSIG550を持つ死神ケンジが猛然と突撃していた。

その射撃はまるで舞い踊るように正確で、撃たれる前に撃ち殺す。

ケンジが銃を構えるたび、敵兵は額や喉を撃ち抜かれて倒れた。


「後退するな、押し下げろ!ここが勝負だ!」


後方では、アルトマイヤーのランチャー部隊が一斉に発射命令を受け、ありったけのロケット弾を撃ち込んだ。

地面が爆ぜ、敵の車両が何台も火柱を上げて吹き飛ぶ。

その光景は、もはや地獄の口が開いたかのようだった。


「モニカ、右側の増援を頼む!」

無線からケンジの声が響く。


「了解――もう照準に入ってるわ。」


次の瞬間、モニカのドラグノフが火を吐き、駆け寄る敵の重機関銃手が胸を撃ち抜かれて仰向けに倒れた。


後方では、傷ついたユウコが軍本部へ下がりながら、最後まで心配そうに前線を振り返っていた。

だが彼女の視界に映るのは、死神のように戦場を支配するケンジ、そしてその射撃を支えるモニカとアルトマイヤー隊の猛撃だった。


敵はついに完全に崩壊した。

火の粉が舞い上がる中、散り散りになって逃げる兵士たち。

追撃するケンジのSIG550がまた一人を倒し、モニカの弾が退却する指揮班を仕留める。


「これで終わりよ……!」

モニカがスコープ越しに呟いた。


ケンジは一度大きく息を吐き、SIG550を肩に掛け直した。

燃える廃墟と死体の中で、戦いはついに終わったのだ。


そして遠く、本部へ担ぎ込まれるユウコを乗せた救護車のライトが小さく揺れ、国境線の向こうへと消えていった。


「もう終わりだ。帰るぞモニカ」

装甲車に乗り込み軍本部に向かった。常駐部隊には手を振った。


「ユウコ無事ならいいわね。あの子は無茶するから...」

それも戦士の姿なんだ。お前だって十分無茶してたぞ。


戦場の喧騒は過ぎ去り、硝煙と血の匂いはいつしか仄かな消毒液の匂いに変わっていた。


ケンジとモニカは、無骨な軍用車に揺られて基地へ戻るとすぐに医務棟へ向かった。

薄いカーテンが並ぶ簡易病室の一角。そこに、白い包帯で脚を固定されたユウコがベッドに座っていた。


彼女の顔色はまだ優れないが、確かに回復へ向かっている証だった。


「よお、だいぶ顔色が戻ったじゃねえか。」


そう言って病室に入るケンジの腕には、野戦の合間に手に入れた小さな花束があった。

戦場近くで咲いていた、紫と白の野草を束ねただけのものだ。


「ケンジ……モニカ……ありがとう。」


ユウコは目に涙をたたえながら、それを精一杯堪えて笑顔を作った。


ケンジは照れ臭そうに花束を差し出した。

「ほら。お前にやるよ。派手なもんじゃないがな。」


ユウコは震える手でそれを受け取り、目元を指でそっと拭った。


「……綺麗ね。こんな花、あの地獄にもちゃんと咲いてたんだ。」


やがてユウコは目を伏せ、力なくもはっきりとした声で言った。


「でも……これが戦場なのよね。私たちは、その中に生きている。」


一瞬、モニカの目も揺れた。

ケンジは黙ってユウコの肩にそっと手を置き、うなずいた。


「……そうだな。これが戦場だ。俺たちはこれからも、ここで生きていく。」


それでも、ユウコは花束を胸に抱え、小さく笑った。

その笑みには涙が混じっていたが、確かに生命の温もりがあった。


戦いは終わっていない。

だが今だけは、3人の間に訪れた静かな時間が、何よりも尊く思えた。


半月が過ぎた。

灼熱の戦場も、血の匂いも遠い記憶のように思えるほど、時間は静かに流れていった。


ユウコはついに退院した。

まだ脚には軽く包帯が巻かれていたが、自分の足で歩き、笑顔を取り戻していた。


ケンジは二人を連れて、あの場所――要塞ハウスと皆が呼ぶ、厚い鉄板と土嚢に囲まれた小さな拠点へ帰ってきた。

頑丈な壁の外は荒野だが、中には小さなテーブルとベッドがあり、モニカが拾ってきた手作りのランプが優しく灯っている。


「……帰ってきたな。」


ケンジはしみじみと呟き、頬を緩めた。


ユウコは照れたように笑いながらケンジに寄りかかり、モニカは横でそっと微笑んでいる。

その髪には、基地の近くで摘んできた小さな白い花が差してあった。


「私……またここに戻れるなんて思わなかった。」

ユウコが少し涙声で言った。


「もう大丈夫よ。ここは……私たちの家だもの。」

モニカがユウコの手をそっと握った。


ケンジは二人を見て、何も言わずにそっと両腕を広げた。

ユウコとモニカは小さく笑ってケンジの胸に飛び込み、三人はしっかりと抱き合った。


そしてケンジはまずユウコの唇に、次にモニカの唇に優しく口づけをした。

戦場の冷たい死の匂いではなく、生きている温もりがそこにあった。


「……ようやく、戦いのない場所に戻ってこれた気がする。」


ケンジはぽつりと呟き、二人の額にそっと自分の額を重ねた。

小さな要塞ハウスの中には、戦火とは無縁の、穏やかな夜風が吹き込んでいた。



















































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