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忘れられた村

作者: 青竹の芽

夏の終わりの夜、たけると友人たちは東京都から離れ、山中のキャンプ場に向かっていた。弁天の滝を通過して、さらに奥の山にある六車キャンプ場という山の上にある開けたキャンプ場だ。1週間前から計画して、友人たちと過ごすキャンプの夜は楽しみにしていたが、突然の嵐が彼らの計画を狂わせた。雷鳴が轟き、豪雨と雹が山を打つ。視界がほとんどゼロになり、霧が濃くなり始めた。


「どうしよう、これじゃ道が全然見えない!」と、たけるが焦りながら言った。車のワイパーが激しく振動し、視界が一層悪化する。


「このままじゃ危ない。どこかに避難しよう!」友人のリョウが提案した。たけるは頷き、林道の途中で車を止めた。霧の中にぼんやりと灯りが見え、その先に民家らしき建物が浮かび上がっていた。


「ここに駆け込もう!」たけるは車から降り、みんなを引き連れてその建物に向かった。


建物に到着すると、古びた木造の家が迎えてくれた。ドアをノックすると、年老いた夫婦が優しく応対してくれた。「ようこそ、おいでくださいました。こんな嵐の中、外にいるのは危険ですから。」


「ありがとうございます。本当に助かります。」たけるは感謝の意を表し、みんなと共に家に入った。室内は暖かく、豪華ではないが落ち着く雰囲気が漂っていた。


夫婦は素早く夕食を用意し、古いラジオから流れる音楽と共に、何とも言えない温かさで彼らを迎え入れた。食事が終わると、夫婦は布団を準備し、また「どうぞ、ゆっくりお休みください」と言って部屋を出た。


「ここ、変な感じがしない?」とリョウが囁いた。


たけるはうなずいた。「少し不自然に感じるけど…まあ、嵐の中で避難できたから、いいか。」


翌朝、たけるは村を少し歩いてみることにした。村の外観は、どこか時代遅れの雰囲気が漂っていた。藁ぶきの屋根に土壁の家、色あせた看板、停まったままの時計などが目に入った。道路には古いリヤカーが無造作に置かれており、時間が止まっているかのような感覚を与えた。


村の中心部にある広場には、古びた時計塔と噴水があったが、時計の針は完全に止まっていた。ふと気づくと、周囲に置かれている家具や道具が、現代では考えられないようなものばかりであることに気づいた。ブラウン管の小さなテレビ、古い型の電話機、さらに古いオルガンも見つけた。


たけるは、村人たちが何気なく使うこれらの古い道具に違和感を覚えながらも、引き続き散策を続けた。


午後になり、たけるは村の外れにある古びた図書館と教会を訪れることに決めた。朝の散策で村の雰囲気に違和感を覚えていたたけるは、もう少し詳しく調べてみようと考えた。村の人々の不自然な行動や、古い道具、そして村全体が時代に取り残されたような印象が、彼の不安を増していた。


図書館に到着したたけるは、古い木製の扉を押して中に入った。中は薄暗く、埃の匂いが漂っていた。昔の書物や資料が棚にぎっしり詰め込まれ、時代を感じさせる落ち着いた雰囲気が広がっていた。何十年も前に使われていたと思われる机や椅子が、そのままの状態で置かれており、全てが過去の中に閉じ込められているかのようだった。


たけるは、ひとまず棚を一通り調べることにした。古い書物や文献の中には、当時の村の様子や歴史に関する情報が詰まっているはずだと考えた。しかし、どの本も時代が古すぎて、現代の知識には対応していないように見えた。ほとんどの書物がボロボロになっており、何冊かはページが破れていたり、紙が黄ばみ、読むのが困難だった。


彼は棚の一角に、古びた新聞が束になって積まれているのを見つけた。新聞の表紙には、1955年の日付が記されており、その年代の新聞が無造作に積まれていた。好奇心からその新聞を手に取ったたけるは、何気なくページをめくり始めた。すると、1955年の同じ日の新聞が何枚も重なっていることに気づいた。


「これって、一体どういうことだ?」たけるは不思議に思いながらも、新聞をさらに調べてみることにした。どの新聞にも、特定の日付のニュースしか掲載されていなかった。1955年から先の年号が一切なく、同じニュースや広告が何度も繰り返されているのだった。これは明らかに異常だと感じたたけるは、ますます不安になった。


その後、たけるは図書館の隅に置かれていた古い木製の引き出しを見つけた。引き出しを開けると、中には作業日記や手書きのメモがぎっしりと詰まっていた。たけるはその中から、一冊の古びたノートを取り出し、ページをめくり始めた。ノートの中には、村の研究に関する詳細が記されており、専門的な言葉や図解がいくつも書かれていた。


たけるはページをめくりながら、次第にその内容に引き込まれていった。ノートには、村が「呪物」を作るための実験場として使用されていたことが詳述されており、その実験が行われた結果として、1955年から時間が止まっているという事実が記されていた。実験は、村の中心に設置された古代の祭壇で行われたもので、その呪物が時間を固定する役割を果たしているとされていた。


「呪物… 1955年から時間が止まっている… これが全ての原因なのか…」たけるは驚愕し、ページをめくりながらも心臓が激しく打ち始めた。彼は、これまでに目にした村の様子が、実験の結果であることを理解し始めた。村の住人たちは、時間が止まったままの状態で存在し続けているのだ。


「この村に住んでいる人たちは、2024年には存在しないはずだ…」たけるは、ノートの内容と自分の知識が一致することに気づき、背筋に寒気が走った。村人たちがまるで過去に生きているかのような行動を取っていたのは、彼らが時間の枠組みから完全に隔絶されているからだと理解した。


たけるはノートを閉じ、急いで図書館を後にした。心臓が鼓動を早め、全身に冷や汗が流れる感覚があった。彼は村に戻り、友人たちにこの恐ろしい事実を伝えなければならないと決意した。


たけるの心は緊張で高鳴っていた。村の時間が止まっているという恐ろしい事実を知り、彼は何としてもこの呪縛から解放されなければならないと決意した。霧が再び立ち込め、周囲の視界がほとんどない中で、村の夜は静寂とともに不気味な雰囲気を醸し出していた。


たけるが車に向かおうとすると、村の住人たちがあちこちに姿を現し、まるで彼の行動を監視しているかのようだった。村の外れに向かうために歩き出したたけるの背後には、ちらりと視線を向けてくる村人たちの姿が見えた。彼は冷静を保ちつつも、心の中で不安と恐怖に苛まれていた。


「何をしているのかしら?こんな時間に出かけるなんて…」村人たちの中には、たけるの行動に不審を抱きながらも、何事もないかのように振る舞っている者もいた。たけるは彼らの言葉を軽く受け流し、意を決して車に向かうべく歩を進めた。


しかし、村人たちは彼を放っておかず、次々に声をかけてきた。ある人は優しくも強引に散歩に誘い、別の人は「今夜は特別な晩餐があるから参加しなさい」と食事に呼び寄せようとした。さらに別の人は、ただただ無言で見守るだけでなく、じっとこちらを見つめているだけだった。どの行動も、たけるの脱出を阻止しようとする意図が明らかだった。


居候の家に戻ったたけるは、友人たちとすぐに出発しようと決めた。彼の友人たち—リョウとアヤ—は彼の様子を見て、何かが違うことを感じ取っていた。たけるの顔に浮かぶ焦燥と決意は、すぐに彼らの心を打った。


「たける、どうしたの?」リョウが心配そうに聞いた。


「今すぐ出発しないと、村人たちが私たちの行動を阻止しようとしている。霧が立ち込めているし、時間が迫っている。私たちが脱出しないと、ここから出られなくなるかもしれない。」たけるは急いで説明しながら、すぐに荷物をまとめるように指示した。


アヤはすぐに反応し、「わかったわ、準備を手伝う。早くしないと…」と言って、部屋中の荷物を整理し始めた。


たけるの指示で、三人は手早く荷物をまとめ、車に向かう準備を整えた。



ようやく準備が整い、三人は車に乗り込んだ。しかし、エンジンがかからないというトラブルが発生した。たけるは冷や汗をかきながらも、焦らずにエンジンを再起動しようと試みたが、うまくいかない。霧が濃くなるにつれて、外の世界がますます見えなくなり、恐怖が募るばかりだった。


その時、車の窓の外に突然、村人たちが現れた。彼らは冷たい表情を浮かべ、まるでたけるたちが脱出を試みるのを待っていたかのようだった。



脱出の試みが失敗に終わり、たけるは再び老夫婦の家に戻ることにした。霧に包まれた村の夜は静寂に包まれ、神殿での失敗が彼の心を重くしていた。家に戻ると、老夫婦が変わらぬ温かさで迎えてくれた。心の底からの安堵と、再び迎え入れられた安堵感が入り混じっていたが、どこかで違和感を感じながらも、たけるは家の中に入った。


「おかえりなさい。」老夫婦は変わらず、優しい笑顔で声をかけてくれた。「今日は疲れているでしょう?お食事を用意しましたから、どうぞ。」


リビングには、昨日と全く同じ晩御飯が並べられていた。焼き魚、季節の野菜の煮物、白いご飯、そして味噌汁がきれいに盛り付けられていた。たけるはこの光景を見て、驚きと不安が込み上げてきた。


「昨日もこれを食べたような気がする…」と、リョウがつぶやいた。


たけるはその言葉に頷きながらも、表面上は平静を装って食事を取った。食事が終わり、老夫婦が「おやすみなさい」と言って部屋に向かうと、たけるは友人たちと静かに話し始めた。


「この村、何かがおかしい。」たけるは声を低くして言った。「食事が全く同じだし、外には誰かがいるみたいだけど、家には入ってこない。」


「私たちがこの村から出る方法を見つけるためには、再度挑戦するしかないわね。」アヤが答えた。「午前3時に脱出を試みるとして、車は置いていく必要があるわ。」


「そうだね。」たけるは決意を新たにしながら言った。「最低限の荷物だけ持って、山を降りるための準備をしよう。車はここに置いて、徒歩で脱出するつもりだ。」


その夜、たけると友人たちは心を一つにして、再び脱出の準備を整えた。暗く静かな村の中で、彼らは無言で荷物をまとめ、必要な物だけを背負って準備を進めた。夜が深まるにつれて、外の音は静かになり、家の周囲の音も消え失せていった。


午前3時、たけるたちは静かに家を出た。霧が立ち込める中で、家の外には数人の村人が集まっているのが見えたが、彼らは家の中には入ってこない様子だった。たけるたちはできるだけ静かに、そして素早く外に出て、山を降りるための道を歩き始めた。霧に包まれた山道を進む中で、彼らの心には緊張と希望が交錯していた。


「ここからが本当の挑戦だ。」たけるは歩きながら呟いた。「この村を抜け出すためには、私たちが全力を尽くさなければならない。」


リョウとアヤは頷き、同様に決意を固めた。三人は慎重に、そして確実に、山を降りるための道を歩き続けた。霧が濃く、視界がほとんどない中で、彼らは恐怖と不安を押し殺しながら、脱出を果たすために一歩一歩前進していった。


手にした懐中電灯の光がわずかに前方を照らすだけで、周囲は依然として深い闇に包まれていた。霧が深く視界が悪いため、彼らは慎重に進む必要があった。心の中では、村からの脱出が成功することを強く願いながらも、恐怖と不安に押し潰されそうになっていた。


30分ほど歩いた後、ようやく広めの道路が視界に入った。道は濡れており、まるで雨が降った後のような感触だったが、たけるたちはその道路を下る方向に進むことに決めた。道路に沿って進むことで、より早く脱出できるのではないかと期待していた。


さらに15分ほど歩くと、霧の中にぼんやりとした建物のシルエットが浮かび上がった。建物は古びてはいるが、街灯の明かりがかすかに周囲を照らしていた。たけるたちはその建物に近づき、少しでも寒さと疲労を和らげるために休息を取ることに決めた。


建物に到着すると、中は閉ざされているようだったが、扉の前で待つことにした。寒さに震えながら、たけるたちは体を寄せ合い、霧の中での待機を強いられた。体の震えが止まらず、恐怖と疲労が彼らの心と体に重くのしかかっていた。夜が明けるまでの時間が長く感じられ、彼らは一刻も早くこの状況から解放されることを願っていた。


ようやく夜が明ける頃、たけるは道路を通る車のヘッドライトが見えるのに気づいた。急いで手を振り、車を止めるように合図を送った。車が停車し、中から降りてきた運転手がたけるたちの様子を見て驚いた様子で近づいてきた。


「大丈夫ですか?どうしたんですか?」運転手が心配そうに尋ねた。


「村で閉じ込められて…脱出しようとしたんですが、もう寒くて、疲れ果ててしまって…」たけるは必死に説明した。


運転手はすぐに携帯電話を取り出し、警察と救急車を呼ぶように指示した。たけるたちは運転手の親切に感謝しながら、寒さと疲労で体を震わせ続けた。運転手は車の中で暖かい飲み物を提供してくれ、彼らの体を少しでも温める手助けをしてくれた。


まもなくして、警察と救急車が到着した。救急隊員はたけるたちを見つけると、すぐに彼らの健康状態を確認し、必要な医療措置を施した。警察官は村の詳細を聞き取り、必要な情報を集めながら村の捜索を開始した。


たけると友人たちは、ようやく安全な場所にたどり着いたことに深い安堵を感じた。救急車で運ばれ、温かい室内で医療スタッフのケアを受ける中で、ようやく心からリラックスすることができた。


その後、警察の調査では、村の存在が確認されなかった。

おいてきた車や道具なども消えてしまったことになる。

それでも、たけるはこの出来事を振り返り、二度とあの村に戻りたくないという強い思いを抱いていた。

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