39.ありがとう
ミラが目を覚ますと、豪華なシャンデリアが目に入った。体を起こすと大きなベッドで寝ている事に気がついた。
ひどい頭痛がして、身体に力が入りにくい。頭を抱えていると、ドアが開く音が聞こえた。
「大丈夫、ミラ?」
歩きながら心配そうに尋ねてきたのは、ミラの母親、マールだった。その傍をレオも一緒に歩いていたが、いきなりミラのベッドに飛び乗ると頬を舐めてきた。
「ふふ・・・くすぐったい。急にふらふらってして倒れちゃった。でも、少し休めば大丈夫だと思う。」
「そう、良かった。ロビン王子が血相を変えてあなたを運んできたから、お母さんびっくりしたのよ。魔力が目覚めたばかりなのに力を使いすぎたせいね。」
マールは優しく微笑むと、ミラの髪の毛を触った。
「もう赤毛に戻ってるわ。あなたのお父さんと同じ赤毛。」
「うん・・・」
レオを膝に乗せ、背中を撫でた。
それからミラは大事な事を思い出した。
「そういえば、ロビンは!? あいつはどこなの!?」
「ミラ、ロビン王子に向かってあいつ呼ばわりはいけませんよ! 王子様と呼びなさい。」
「うっ・・・分かりました。お、お、王子様はどこにいるの?」
マールはミラの頭を撫でると、廊下を指差した。
「見に行きましょうか。歩ける?」
「うん。」
レオを膝から下ろすと、ミラはマールに支えられ廊下に出た。すると叫び声が聞こえた。
廊下の手すり越しに階下を見ると、ホールのど真ん中でロビンが兵士達に取り押さえられていた。
「王子様、逃げられません!」
「やめろ! 俺はここに居る資格がない! 放せ!」
「やれやれ、諦めが悪いな。」
兵士に押さえられているロビンに、王がゆっくりと近づいた。
「何度も言っているが、あれは小さな子供のよくある過ちだ。相手が悪かったが、今は元通りになったのだ。もう気にする必要はないのだぞ、ロビン。」
「・・・でも」
王は兵士に下がるように合図すると、ロビンを自由にした。それからがっしりとロビンを抱きしめた。王のうしろでは、王妃が2人の様子を見守っている。
「戻って来なさい。ここがお前の居場所だ、ロビン。」
「父さん・・・」
ロビンが王の背中に腕を回すと、周りではシクシクと感涙にむせぶ家臣達の姿がみられた。
「こらっ! 父さんではなく、父上と呼びなさい。言葉遣いがなっておらんぞ! 振る舞いにも品が足りなさすぎる! レナード、レナードはどこだ!?」
「あ、じぃなら東の国にいる。」
「ではすぐに連れ戻すのだ! ロビンの教育係を今すぐ手配しないとな! マナー、教養、ダンスに乗馬、あらゆる事を教え込むのだ!! お前はこれからこの国を背負っていくんだぞ、ロビン!!」
「なっ・・・!? 今更勉強なんかするか! 親父、放せよっ!! 俺はここを出て旅に出るんだ!」
ロビンが逃げようとすると、王妃がロビンの背後に回り込み力強く抱きしめた。
「ロビン、あなたは私達のたった1人の息子です。この国の王になるのですよ。これから頑張りましょう! 逃しませんよ!!」
「うおっっ! くそっ!! 誰か助けろ!!」
ミラは呆気に取られてロビン親子の寸劇を2階の手すりから眺めていた。
すると上を向いたロビンと目が合った。
「ミラ!! こっちに来い!! 俺を助けてくれ!!!」
ミラは一瞬考えると、親指を立ててウィンクをし、先ほどの部屋に戻り始めた。
「ミラァァァ〜〜〜!!!!!」
(なんか抵抗してるけど、南の国は元通りになって王子に戻れたんだし、全部丸くおさまったのね。)
ニコニコして部屋に戻るミラの後ろでは、レオが気の毒そうに何度も後ろを振り返っていた。
夕食は城の晩餐に招待され、ロビン親子と、ルピアナ、アンラム、エメラルダ、それにミラ親子でテーブルを囲んだ。
満腹になり部屋に戻るとベッドに転がり少しの間眠った。誰かがドアをノックする音で目が覚め、ドアを開けるとロビンが立っていた。
「迎えにきたぞ。」
「・・・うん。」
マールに見送られ2人が部屋を出ると、後ろからレオがついて来ていることに気がつき、ミラが尋ねた。
「レオも来るの?」
ぴょんと飛び跳ねると、レオは2人の前に進み出た。
「俺たち、こうやって旅して来たんだな。」
「そうね。」
「レオが居なきゃ、ここまで来れなかった。」
「本当だわ。レオ、ありがとう。」
ミラの呼びかけにレオが振り向き、2人の足にじゃれついてきた。暫く頭を撫でてやると、レオはまた前に進んだ。しばらく歩き、あるドアの前で立ち止まった。すると中から「こちらへどうぞ」と声が聞こえた。
ロビンがドアを開けると、部屋の中央にあるソファにルピアナが腰掛けていた。その両隣には、アンラムとエメラルダが立っている。
「2人とも、よく頑張りましたね。これでようやく呪いを解く事ができます。」
ミラとロビンは息を呑んだ。その足元ではレオが尻尾を体に巻き付けてルピアナを見ていた。
「時計を見てください。もうすぐ日付が変わります。私がかつて呪いを掛けた時間ぴったりに、解呪の魔法を掛けて差し上げましょう。そうすれば、もう猫になる事はありません。」
2人は静かに時が来るのを待った。
沈黙はとても長く感じた。ミラがこっそりロビンを見ると、見慣れた横顔は真っ直ぐに前を向いて口を結んでいた。
(・・・もう、さよならしなくちゃね。)
ミラが前を見ると、時計の針が午前0時を指し、鐘の音が鳴り響いた。
2人の体が光ると同時に、ルピアナが呪文を唱えた。そのまま部屋全体が眩い光に包まれると、やがて光は収縮していった。ミラとロビンはゆっくりと自分の体を見た。
人間のままだ。
時計を見ると、午前0時1分を指していた。
「呪いが、解けた・・・!!!」
ミラが喜んで飛び跳ねると、隣でロビンがその様子を笑顔で見守っていた。レオもコンパスに戻らず、豹の姿のまま嬉しそうにミラの周りを飛び跳ねていた。
「おめでとう、ミラさん、ロビン王子。」
アンラムが拍手を2人に送った。
エメラルダも口角を上げると、ロビンに目を向けた。
「ロビン殿、呪いが解けた今、幸せを望めそうか?」
「・・・まぁな。俺の間違いを正してくれた奴がいるからな。」
ロビンは答えると、笑顔のミラを優しい眼差しで見つめた。
* * *
翌朝、ミラとマールは城の門の前に居た。周りには多くの兵士や魔法使いが並んでおり、その最前列にはロビン親子とミラ親子の姿があった。
「もう行かれるのですね。もっとゆっくりしていっても良いのですよ。」
王妃が名残惜しそうに言うと、マールが返事をした。
「夫が1人で待っていますので。王様、王妃様、それにロビン王子様。いつまでもお元気で。」
王と王妃が挨拶を済ますと、ロビンがミラの前に進み出て、手を差し出した。その手をミラが掴み、握手を交わした。
「ミラ、ありがとう。なかなか楽しかったぜ。」
「私も楽しかったわ。・・・私を見つけてくれて、ありがとう、ロビン。」
マールに催促され、ミラはロビンの手を離した。
そしてマールの乗った箒の後ろに跨ると空に舞い上がった。
ミラは遠くからでも見えるように、力いっぱい、大きく手を振った。
「皆さん、さようなら! 元気でね、ロビン!!!」
「ミラもなーーー!!!」
ロビンや王、王妃も大きく手を振り返した。周りの兵士や魔法使い達も手を振り、城からは大きな花火が何発も打ち上がった。
ミラは城が見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも手を振り続けた。




