33.運命を変えた日
その日は特別な日だった。
両親が海の神様に挨拶に行くため、一緒に海底の神様の城に行くことになっていた。ロビンはこの日を何週間も前から楽しみにしていた。
はしゃぐロビンをじぃがなだめながら、ロビン達は城の裏の砂浜に出た。
そこには水色の長い髪をなびかせた綺麗な女性が立っていた。腕には赤ん坊を抱いている。
「マール殿、お待たせしました。」
「王様、お会いできて光栄です。今回は子供を連れて来てしまった事をお許し下さい。」
ロビンはじぃに手を繋がれながら、マールの抱く赤子の顔を覗いた。赤ん坊はすぅすぅとよく寝ていた。
「ミラといいます。ミラ、ロビン王子ですよ。」
マールに頬を突かれると、寝ていたミラが目を開けた。泣きそうな顔をしたが、茶色い瞳がロビンを捉えるとにっこり笑った。
「笑った! かわいいね!」
ロビンは喜んで赤ん坊をもっとよく見ようとさらに覗き込むと、マールは腰を屈めて顔がよく見えるようにしてやった。
「これこれ、ルピアナ様が疲れてしまうでしょう。」
「いいんですのよ。よろしければ王妃様もご覧になりませんか?」
ロビンの母親も覗くと、赤ん坊の顔がまた笑顔になった。
「これこれ、2人ともいい加減にしないか。これでは海底に行く前にマール殿が疲れてしまうだろう。」
「そうでしたわ。」
ロビンの母親はさっと身を引くと、「よろしくお願いします」とマールに微笑みかけた。
マールは全員を波打ち際まで集めると呪文を唱えた。すると身につけていたペンダントの貝殻の形をした宝石が光り始めた。ロビンが七色に輝くその宝石を見つめていると、いつの間にかその場にいた全員が大きな泡に包まれていた。
泡が浮き上がると、そのまま海の中に入り、海底の奥深くへと全員を運んでいった。
「この泡から出てはいけませんよ。息ができなくなってしまうからです。みなさん、気をつけてください。」
マールが注意すると、ロビンは「はーい!」と手を挙げて元気に返事をした。その場にいた全員が笑った。
海底には色とりどりの魚や岩肌についた珊瑚の群れ、見た事もない獰猛そうな大きな魚が泳いでいた。
「すごーい!!」
ロビンは目を輝かせて海底の世界を見つめた。
「ロビン、もっと凄いものがこの先にあるぞ。」
「父さん! それってなあに?」
ロビンは父親の手を取ると、ピョンピョン飛び跳ねた。
「あれだ。」
父親の指さす先には、海藻や石の柱があった。その奥に、海底の岩で造られた大きな城があった。ゆらゆら漂うクラゲが淡い光で城壁を照らしているのが、海藻の隙間から見える。
「海の中のお城! あそこに神様が住んでるの?」
「そうだよ。」
父親は優しく笑うと、ロビンの頭を撫でた。
城に着くと、人魚の男性が一行を案内した。大広間に着くと、白髪の長い髪と長い髭を蓄えた人魚の男性が一行を待っていた。老人に見えるが体つきは立派で威厳があり、その手には三又に割れた金色の立派な槍を携えている。
「いつも我が国を守ってくださり、ありがとうございます、ポセイドン様。」
ロビンの父親と母親は恭しく頭を下げた。ポセイドンはゆっくり頷いた。
それから父親がポセイドンと話を始めたため、ロビンは暇になった。辺りを見回すと、綺麗な台の上に、キラキラと煌めく丸い水晶玉が置いてあった。
ロビンは大きく息を吸うと、泡から出て水晶玉を手に取った。虹のような輝きに、心を奪われたのだ。
(これ欲しい!)
そう思って、肩にかけていたカバンに、こっそり水晶玉をしまった。するとマールに見つかってしまった。
「王子様、泡から出たら危ないですよ。」
マールは新しい泡を作りロビンを包むと、そのままみんなのいる大きな泡の中に戻した。
「ごめんなさい。」
ロビンは怒られてしまってがっかりしたが、綺麗な宝物を手に入れたことをこっそり喜んだ。帰ったら父親に見せると決めていた。
父親がポセイドンと話し終えると、一行は砂浜に戻った。
「楽しかったー!」
ロビンが無邪気に喜ぶと、「また行きましょうね」とマールが笑顔で話しかけた。
その日はマールを城に招待し、宴を開いた。
楽団が美しい曲を演奏し、いつもより豪華なご馳走を食べ、ロビンは満足していた。たくさん走り回ると、そのまま眠ってしまった。
夜中に目が覚めると、両親の話し声が聞こえた。
「海沿いの街が全滅だと!? 一体なぜ?」
「分かりません。生存者が見つからないのです。街の確認に行った兵士が、街全体が氷漬けにされたと言っています。」
「魔法使いの仕業か? それとも魔女か?」
「分かりません。」
外は大雨が吹き荒れ雷が鳴っていた。
(海の神様が怒ってるみたいだ・・・)
ベッドから抜け出たロビンが窓の外を見ると、急に水晶玉のことを思い出した。父親に見せるのを忘れ、カバンにしまったままになっていた。
「大変だ! もしかしたら、あれを持ってきたから海の神様が怒ってるのかも!?」
ロビンは慌ててカバンを手に取った。急いで手を突っ込んで水晶玉を取り出そうとした時だった。
パリン!!
手が滑って割ってしまった。
「ど、どうしよう・・・」
ロビンが青ざめていると、父親がロビンの部屋にやって来た。
「ロビン、大きな音がしたが、大丈夫か?」
「う、うん・・・ぼくは平気。でも父さん・・・」
「王様!! 城の前に大きな竜がいます!」
「竜だって!? 城のみんなを避難させるんだ!」
父親は話を聞き終わるや否や、兵士と共に階下に行ってしまった。
騒ぎを聞きつけたマールがロビンの部屋の前の廊下で母親と話をしていた。父親を追いかけて廊下に出たロビンが2人に気づいた。
「この嵐に、街が氷漬け・・・並の魔法使いではありませんね。先ほど応援を呼びました。味方が来るまで竜は私の魔法で防ぎましょう。」
マールと母親の話を聞いて、ロビンはなぜ大きな竜が城に来たのか分かった。海の神様が水晶玉を取り戻しに来たに違いないと思った。だが、先ほどその水晶玉を割ってしまった。
大変な事をしてしまったと思い、ロビンは母親の元まで走り泣きついた。
「ロビン、どうしたのですか?」
「母さん、どうしよう、どうしよう・・・」
ロビンは母親の手を引き部屋の中に連れて行った。しばらくして母親の悲鳴があがると、その声を聞いたマールが部屋に駆けつけた。そこには真っ二つに割れた水晶玉があった。
「これは・・・!!!」
マールは絶句すると、全てを悟った。ロビンの母親が事情を説明しようとすると、マールは手で遮り首を横に振った。
その時、窓を割って何かが部屋に飛び込んできた。
「マール、外はひどい嵐よ。こんな中、急ぎの用事ってなにかしら?」
箒に跨ったルピアナが床に降りると、ハンカチを取り出してびしょ濡れになった体を拭き始めた。
「ポセイドン様の怒りを買ってしまったの。」
「それで竜が暴れ回っていたのね。外にいる兵士はみんな氷漬けにされていたわよ。あの竜はポセイドン様なのね。」
「ここにいる全員を氷漬けにするかもしれないわ。子供達と王妃様を逃さないと。」
マールとルピアナが相談していると、ロビンの母親が叫んだ。
「この子をお願いします! 私は陛下のお傍に行きます!」
「いけません! 王子様と一緒にお逃げください!」
マールが大声を出して止めたが、母親の意思は固かった。
「民を見捨てて逃げる事などできません! 私の運命はこの国と共にあるのです! レナードにロビンを連れて逃げるように伝えて来ます!」
母親は走り去ってしまった。すぐにじぃが血相を変えてやって来た。
「人間の姿で見つかると、氷漬けにされるかもしれないわ。ちょっと可哀想だけど、夜の間は猫の姿になってもらいましょう。」
ルピアナの提案にマールが頷くと、ロビンとレナードを連れて赤ん坊の眠る部屋に向かった。
部屋の隅にある揺籠の中で、赤ん坊がすやすやと寝息をたてていた。その傍には水色の毛並みの子豹が丸まっていたが、サファイアのような青い目を開けてマールを見つめた。
「しばらくの間、眠っていてね。」
マールが豹に触れると、青いコンパスに変わってしまった。マールはコンパスをレナードに託すと早口で説明した。
「これは魔法のコンパスです。行きたい場所を声に出せばその方向を教えてくれるでしょう。王子様と逃げる時に役立つかもしれません。」
レナードが頷くと、ルピアナは呪文を掛け始めた。するとロビンと赤ん坊の体が光り、猫に変わった。部屋の時計は午前0時を指していた。
「ルピアナ、王子様たちを逃したら、ミラを夫の元へ届けてください。」
「分かりました。」
マールは子猫のミラを抱き上げると、ぎゅっと抱きしめて顔を寄せ、それから貝殻のペンダントをミラの首に掛けた。
「必ず迎えに行くわ。待っていてね、私の可愛いミラ。」
子猫の口元が僅かに笑うと、マールは名残惜しそうに子猫をルピアナに託した。レナードも子猫のロビンを抱き上げると、ルピアナの指示で箒の後ろに跨った。
「本当は他人を乗せたりしないけど、今回は特別ですよ。」
言い切ると、箒が光った。そのまま目にも止まらぬ早さで嵐の中を駆け抜けて行った。光の残像は流星を思わせた。
その後ロビン達は西の国の森の中に逃がされた。そのまま数週間じぃと流浪の生活を送った。勝手の悪い生活にロビンは慣れる事が出来なかったが、いつか南の国に帰れると信じて我慢していた。ひと月ほど経つと、たまたま立ち寄った街で奇妙な話が飛び交っていた。
「南の国が一夜にして全滅した。」
「あの国は呪われていて、誰1人として生き残った人間がいなかった。」
「今では獣も寄りつかないそうだ。」
皆口々に噂していた。
ロビンはまだ子供だったが、言っていることは理解できた。ロビンの隣では、じぃが目を見開いて震えていた。
夜になり日付が変わると、猫になった。茶トラ猫になったロビンは、こっそりとじぃの傍を抜け出して夜空を見上げた。
(ぼくのせいで、みんな、なくなっちゃったんだ。ぼくがみんなを死なせちゃったんだ・・・)
子猫の茶トラは涙を流して、小さく丸まって震えていた。




