27.旅の終わり
翌日、ミラとロビンは山の頂上まで辿り着いた。するとそこで、以前会った僧侶に出会った。
「お二人とも、お元気にしてましたか?」
僧侶の顔を見ると、ロビンがニカッと笑った。
「あぁ。あんたはどうしてた?」
「この通りです。今は各地の巡礼の旅をしているのです。」
「へぇ。偉いな。」
僧侶とロビンは笑顔で長い時間をかけて話していた。ミラはこの2人がくっついたらいいなぁと思っていたのを思い出した。じーっと眺めていたら、突然ロビンが真剣な顔をしてミラを見た。
「ミラ、ずっと黙ってたんだけど・・・俺、この女のことが忘れられなかったんだ。これを逃したら、もう会えないかもしれない。お前には悪いけど、呪いを解く旅は、ここで終わりにできないか?」
「へ?」
ミラが驚いてロビンを見ると、いつの間にか僧侶とロビンが手を繋いでいた。ロビンは真面目な顔をしていたが、僧侶は恥ずかしそうに俯いている。そしてロビンの指には、僧侶から貰った指輪が光っていた。
(そっか。そういう事か・・・)
ミラはかなり驚いたが、「分かった」と大きく頷き、ロビンとの旅はここまでにすることにした。
「2人とも、お似合いよ。幸せになってね!」
「ありがとうございます、ミラさん。」
「お前は頑張れよ、ミラ。」
2人と別れると、1人で北の魔女の元を目指すことになった。山を下山し、北の国の街に着く頃には日が暮れていた。宿を取り休んでいると、夜中に猫になった。ベッドの上で丸まりながら、これから1人で険しい道を越えなければいけないことを考えると小さなため息をもらしてしまった。
翌日街を出ようとすると、後ろから声を掛けられた。
「ミラ! 探したぞ!!」
「お父さん!?」
ミラは久々に見る父親の顔に驚いた。
「なんでこんな所にいるの? お店は??」
「店は休みにしてるんだ。急に手紙だけ残して居なくなるから、心配して探しに来たんだよ。」
「お父さんは、北の魔女が猫になる呪いを掛けたって知ってたの?」
「あぁ、知っていたよ。古い人間なら、みんな知っていることだからね。」
「じゃあ何で解こうとしなかったの?」
「それは北の魔女のいる所までは危険が多いからだ。お母さんを亡くしたのに、ミラまでいなくなったら・・・お父さんは、生きていけないよ。」
ミラはこの時初めて自分が浅はかな考えで旅を始めたことを後悔した。父親の気持ちなど、ちっとも考えていなかったからだ。
「お父さん、心配かけてごめんなさい。」
「いいんだよ。・・・ミラ、2人で家に帰ろう。」
「うん。」
父親に寄り添いながら、ミラは東の国に戻ることにした。旅路を戻りながら、「随分遠くまで来ていたんだな」と思った。
家に戻ると、薬を売る日常に戻った。ミラは薬を作る作業は嫌いではなかったし、お客と話をするのが好きだった。ミラの作った薬のおかげで具合が良くなったと聞くと、嬉しいのだ。
久々に店の手伝いをし、疲れた体で自分のベッドに転がった。
(そうそう、いつもこんな感じで毎日過ごしていたのよね。)
母親のペンダントを出して、出窓の外から差し込む月明かりに照らしてみた。七色にキラキラと光る。それから、ロビンに貰った花の髪飾りを手で触ってみた。いつの間にか、花びらは全て無くなっていた。
(次エルドラドに行った時に、新しいのを買ってもらうって約束したのに・・・結局出来なくなっちゃったなぁ。)
仕方ないとため息を吐くと、ミラは目を閉じた。
翌朝、珍しいお客が薬屋にやって来た。
ロビンだった。
「久しぶり! こんな所まで来るなんて、珍しいじゃない。どうしたの?」
「結婚式を挙げる事になったんだ。だからお前も参加してくれないか?」
ミラは一瞬言葉に詰まった。嬉しいはずなのに、なぜか素直に喜べなかった。
「あー・・・行きたいんだけど、私にはお店があるし、最近忙しいからなぁ。ちょっと無理かも。でも誘ってくれて、ありがとう。」
「残念だな。お前には来て欲しかったんだけど。」
「ごめんね。でも、幸せになってね。」
「ありがとう。お前も元気でやれよ。じゃあな。」
ロビンは手を振ると笑顔で去っていった。ミラも笑顔で手を振りながら、なぜか落ち込んでいた。
その夜、ミラはベッドに入り自分の部屋の天井を眺めていた。
(なんで素直に喜べなかったんだろう。2人がくっつけばいいと思ってたのに、なんで・・・)
それから1ヶ月が過ぎ、ミラはいつもの日常に飽き始めていた。薬を作っては売る、作っては売る、何の変化もない一日を繰り返していた。そして夜になると、ベッドに入って思うのだ。旅をしていた時は、なんて素晴らしい時間を過ごしていたのだろうと。
ロビンと見た世界は、綺麗なものだけではなかった。旅のパートナーは大嫌いだったし、意地悪をする悪魔や不器用な魔女に怯えたりもした。だが、旅をして知り合った人達や、不思議な魔法や妖精、初めて見る街や景色には感動を覚えた。その毎日にはときめきがあったのだ。
日付が変わり猫になった。ミラはベッドから抜け出ると、出窓に座って窓の外を見た。見慣れた道が月明かりに照らされていた。そこにはかつてミラを待っていた茶トラ猫がいたのを思い出した。
すると、勝手に涙がこぼれた。
止めようと思って必死に堪えたが、ポロリ、またポロリと涙がこぼれていく。
(私、嫌だと思ってたけど、あの旅が好きだったんだ。今になってやっと分かった。)
赤毛の猫は窓の外を見て泣いた。その声は、誰かを呼んでいた。それは、もう呼んでも来るはずの無い誰かだった。
(誰か私をここから連れ出して! お願い! お願い!!)
すると、遠くから声が聞こえた。
「・・・ミラ。目を覚ませ、ミラ!」




