25.空を飛ぶ
何日か晴天が続いていたが、この日は灰色の雲が空を覆っていた。ミラとロビンとレオは妖精の森の近くの村を出て、橋の前まで来た。職人達がいそいそと修復をしているが、完成するにはまだまだ時間がかかりそうだった。
「困ったわね。いつになったら直るのかしら。」
「この先に進みたいの?」
ミラの耳元で女の子の声が聞こえたため驚くと、妖精のレナが4枚の羽を羽ばたかせてくるっと宙を舞い笑っていた。
「私ミラちゃんのことが好きなんだ。初めて見た時からかわいいと思ったし、妖精を大切にする心の清らかな女の子だから、本当は森で眠らせてずっと眺めてようと思ってたの!」
「へ・・・へぇ、そうなの。嬉しいな〜・・・」
ミラはいきなり現れて永遠に眠らせようとしていたと暴露するレナに若干引いた。
レオがレナを捕まえようとジャンプして両手を伸ばすとひょいっと避けた。しかしその先でロビンがレナを鷲掴みにした。
「チビ、何の用だ?」
「ちょっと! 離しなさい!! せっかく妖精の粉を掛けてあげようと思ったのに!」
「妖精の粉??」
レナは自信満々に笑うと、ロビンにあっかんべーをして指に噛み付いた。
「いってぇぇ!!」
ロビンが手を開くと、レナはパッと飛び出した。
「嘘つきで乱暴な人間は嫌いよ! ミラちゃん、肩に乗せて〜。」
「いいわよ。」
ミラの肩に乗るとレナは安心し、それから話し始めた。
「妖精の粉は私達の羽についてる、このキラキラした鱗粉のことなの。人間に振りかければ空を飛ぶことができるのよ。」
「空を飛べるの!? やってみたい!」
「ふふっ、いいよ! でも悪い奴には使いたくないなぁ。」
「俺は悪い奴じゃない。」
レナとロビンは仲が悪かった。困ったミラはレナに懇願した。
「どうしてもダメかな、レナちゃん。私達、北の魔女に猫になる呪いをかけられてるから、どうしても一緒に北に行って呪いを解いてもらわないといけないの。」
「ふぅ〜ん。それで夜中に猫になってたんだ。なるほどねぇ。」
顎に手を当てて暫く考えていたが、すぐにミラの手の指に両手で捕まった。
「私の羽を指で優しく払ってみて。」
ミラは言われた通り、そっとレナの羽を指先で払った。すると銀色の鱗粉が舞った。レオにその粉が降り掛かると、4本の足がふわっと浮き上がり、宙に舞い上がった。レオはそのままふわふわと漂いながらミラの傍まで来ると、嬉しそうに頭を擦り付けた。
「レオ、すごい!!」
「ふふふ〜ん! すごいのは妖精の粉よ! そこの悪人とミラちゃんも掛けていいよ。」
ミラはロビンと自分に鱗粉を掛けると、2人とも宙に浮き始めた。
「これなら橋を越えて向こう岸に行けるわね!」
「ああ。面白いな、これ。」
ミラはふわふわしながらレオを追いかけ、ロビンは上空まで舞い上がるとくるくると回転して遊んでいた。
「10分くらいで効果が切れるから、向こう岸に行ってから遊ぶといいわ。」
「まぁ、大変。早く行かないと。ありがとう、レナちゃん。いつかまた会えるといいわね。」
「うん。近くに来たらまた森に寄ってね! 無事に呪いを解けるといいね!」
レナは遠ざかっていく2人と1匹に大きく手を振って、姿が見えなくなるまで見送った。
橋の上を飛んでいると、驚いて空を見上げる職人達にミラは手を振った。前を向くと風が顔に当たり少し息がしにくかった。だがそんな事が気にならなくなる位に、空を飛ぶ事に喜びを覚えていた。
「楽しいなぁ〜! 鳥になったみたいで気持ちがいいわね。見晴らしもいいし、最高!」
「今まで色んな経験をしてきたけど、流石に空を飛んだことは無かったな。魔女や魔法使いは箒に乗せてくれないし。」
ロビンも満足気に笑っていた。
暫く飛んでいると、レオの飛行がだんだんふらついてきた。妖精の粉の効果が切れ始めているのだ。ロビンがレオを捕まえると、2人は地面に降りた。
「もうちょっと飛んでたかったな。」
「呪いが解けたら、また遊びに行って頼んでみましょ。」
北に続く街道に沿って再び歩き始めた。眼前には遠くに山が広がっていた。
「あの山の向こうが北の国なのね。」
「そうだ。山の麓に街があって、森に入るとその先にドラゴンの住んでる山がある。」
「ドラゴンって怖いのかしら。」
「だろうな。でも通行証があるし、問題ないだろ。それよりもまずは山を越えないと。」
広葉樹が広がっていたが、何日か歩くと針葉樹に景色が変わり、さらに数日歩き続けると山の麓まで辿り着いた。
時折りすれ違う旅人と挨拶を交わしながら、ミラは初めての山越えに少し不安を覚えていた。
夕方前になりテントを張ると、2人は夕飯の材料を探し始めた。少し離れた所に湖があり、ロビンは長い木の枝に糸を垂らして魚がかかるのを待った。その間にミラはレオを連れて薬草を探しに向かった。
レオに頼んで方角を決めると、ラベンダーやタイムなどの薬草を見つけ、食用の野草も摘んで湖に戻った。ロビンはまだ魚を待っていた。レオがその隣に座ると、湖に背を向け尻尾を揺らしていた。
暫くするとレオが飛び上がった!
レオと同じ大きさの魚が飛び跳ねた瞬間、尻尾に食らいついたのだ。
「レオ、大丈夫!?」
ミラが急いで引っ張り上げようとするが、魚の引きは強く動かなかった。呆気に取られていたロビンが急いで加勢すると、ようやく魚を釣り上げることができた。
「やったー!! レオって釣りができるのね!?」
「でかしたな、レオ!! 俺より釣りが上手いぞ!」
尻尾を食われたままのレオは涙を流しながら、やたら褒めてくるミラとロビンに早く魚を取るように必死で尻尾を見せた。
テントに戻ると、ロビンが魚の鱗を取っている間にミラが焚き火をつけた。旅を始めた当初は全くやり方が分からなかったが、ロビンに教えてもらい次第に上達していた。
火にあたり丸まって暖をとるレオを撫でながら、2人は魚が焼き上がるのを待った。
「ロビン、私あんまり体力には自信がないんだけど、山を越えられるかしら。」
「今更そんな心配してるのか? そりゃ旅を始めた最初はすぐ疲れたって言うし、その割にはよく食うし面倒だなと思ったけど・・・今はそうでもないし大丈夫だろ。いざとなったら俺が担いでやるし、心配するな。」
「それは嫌よ。でもありがとう、ロビン。」
ミラが笑うと、ロビンが魚を取った。
「焼けたぞ。ほら。」
ミラに手渡すと、ロビンはもう一方の魚の焼き具合を確認し始めた。ミラは魚の腹部分を火傷しないようにそっと食べながら、ロビンに尋ねた。
「ねぇ、もし呪いが解けたら、その後どうするの?」
ロビンは魚から目を離すと、ミラの顔を見た。
「それは・・・考えた事が無いな。今まで呪いを解く事だけを考えてたから。」
そこまで言うと、今度は思いついたように口を開いた。
「もし呪いが解けたら、宝探しにでも行くか。」
「ぷっ・・・それって今とあんまり変わらないじゃない。結局お金になるものが好きなのね。」
「俺らしいだろ。お前はどうするんだ、ミラ。」
「私は・・・」
ミラも考えてみた。家に戻って、それから・・・
「薬屋をまた手伝うんだろうなぁ。でも魔法学校で勉強もしてみたい。お父さんがいいって言うかしら。あとは、優しい人と恋愛して結婚して幸せな生活を送りたいな。」
「ははっ。やりたい事が多くていいな。」
ロビンはため息混じりに笑うと、自分の分の魚を取って食べ始めた。
夕食を終えると2人はテントに入り寝袋に転がった。
ミラがレオを抱きながらうとうとしていると、いつもはすぐに寝てしまうはずのロビンが話しかけてきた。
「ミラ、まだ起きてるか?」
「うん・・・」
「あのさ、さっき呪いを解いた後どうするかって話をしただろ。」
「うん。」
「・・・俺と一緒に宝を探しに行かないか?」
「・・・・・・うん!?」
ミラは驚いて目が覚めた。ロビンの方を見たが、暗いせいで何も見えなかった。
何と答えればいいか分からず、ミラは黙ってしまい、沈黙が続いた。
「・・・なーんてな。ミラにはやりたい事があるし、俺のこと嫌いだもんな。冗談だよ。」
「・・・なによ、冗談なの? びっくりしたじゃない。」
「驚かせて悪かったな。早く旅を終わらせて、お互い自由になろうな・・・おやすみ。」
「おやすみ。」
2人は挨拶を交わしたが、ミラはしばらく寝付けなかった。
(呪いを解いたら、この旅も終わっちゃうのね・・・そうすると、ロビンと会う事は無くなるわ。最初は一緒に居たくなくて早く呪いを解いてやるって思ってたけど、ちょっと寂しいかも。)
寝息をたてているレオをぎゅっと抱きしめると、ミラは何処から来たのか分からないもやもやした気持ちを抱えながら、次第に眠りに落ちていった。




