24.悪い人
雨にずっと悩まされていた村だったが、ここ数日は、澄んだ青空に眩しい太陽が村の煉瓦造りの家々を照らしていた。煙突の淵にとまっていた白い鳥が羽ばたき、今度は広場の柵に止まると、その奥に人だかりができていた。
「この村には妖精が住んでいるという森があります。運が良ければ、満月の夜に会えるかもしれません。」
大勢の旅人の前で笑顔で妖精の話をするのは、この村の村長であった。
「今夜はちょうど満月です! 興味のある方は日付が変わる頃にそーっと森の奥へ行ってみてください。」
そう言うと、村長は「妖精の伝承」と書かれた紙を旅人達に配り始めた。
ミラとロビンもそれを受け取ると、眉をひそめた。
「妖精を使って村興しをしようとしてるんだな。みんな足止めを食ってるし、暇なら行くかもな。」
「そんな感じね。現に私たちも見に行った訳だし。でも妖精達がよく協力したわね。普通は人間の前に姿を現さないって聞くのに。」
2人は村長に見つからないように、こっそりと消えた仲間を探している人達に声を掛けた。5人集まり、全員で妖精の住むと言われている昨晩入った森の奥に進んだ。しかし、歩いても歩いても切り株のある広場には辿り着かなかった。
「本当にここに私の仲間がいるんですか?」
ピンク色の髪の僧侶が不安そうに尋ねた。
「昨日の夜、森で寝ている人達を見たんですけど・・・困ったわね。場所がわからないわ。」
「妖精が隠してるのかもしれないな。レオに頼んでみるか?」
ミラは頷くと、足元の近くを歩いていたレオに眠らされている人間はどこにいるのか尋ねた。
レオはピンと耳を立てると、森の中にある岩山を見つめた。
「そういえば、昨日の夜、こんな岩山あったかしら?」
ミラは首を傾げた。ロビンも見覚えがなく、岩肌に触れた。
その瞬間、ロビンは岩の中に飲み込まれて消えてしまった。
「ロビン!!?」
ミラが驚くと、岩からロビンの顔がヌッと出て来た。
「ぎゃあぁぁぁーー!!!!!」
その場にいた4人全員が叫びレオが飛び上がると、ロビンは岩山から全身を出した。
「これ偽物だ。この中に森が広がってるぞ。もしかしたら妖精達が広場に続く道を隠してたのかもしれないな。」
「なるほど、だから妖精がなかなか見つからないのね。」
するとどこからか「チッ」という声が聞こえた。ミラは辺りを見回したが、他の人達は岩山に手や足を入れて不思議そうな顔をしており、舌打ちなどしそうにない。
(気のせいかしら。)
5人は岩山の中に入ると、森の奥に進んだ。するとすぐに小屋と切り株のある開けた場所に出た。
「ここよ! その小屋の裏側に、眠ってる人がいたの!!」
ミラが叫ぶとみんな急いで小屋の裏側に走った。
「ゾイ!! こんな所に居たのね!」
「エレナ! やっと見つけた!!」
次々と喜びの声が上がった。ミラとロビンも走って駆けつけると、やはり行方不明だった人達がここで眠らされていたという事が分かった。
そこに、突然人が現れた。
「大丈夫ですか!?」
村長だった。
眠らされていた人が、一人、また一人と目を覚ます中、村長はオロオロしながら全員の安否の確認をし始めた。
「まさか、こんな事になっているとは・・・」
「村長! あんたが妖精の話をしたから俺達はこの森に来たんだ! それなのに俺のパートナーがこんな所で何日も寝たきりだったなんて・・・お前の責任だぞ!」
「そうだ! こんな事になったのは、あの村のせいだ! 村長、責任を取れ!」
次々と非難の声があがった。怯えた村長は後退りした。
「私はこんな事になっているとは知らなかったのです! これは妖精の仕業です! まさかこんな卑劣なことをするとは・・・皆さん、妖精は恐ろしい妖魔です!! これからは村を挙げて退治を・・・」
「話が違うじゃない。」
村長の話を遮るように、どこからか可愛らしい声が聞こえて来た。
すると全員の目の前に、いきなり妖精が姿を現した。
「まぁ、かわいい!」
女性陣は感嘆の声を漏らした。だが妖精は怒っていた。
「私達妖精を使った村興しに協力する代わりに、美味しい蜂蜜と好きな人間をくれるって約束をしたじゃない!」
「1人だけと言ったじゃないか! それなのに約束を違えて・・・!!」
「私たち1人につき1人くれるんじゃないの?」
「そんなに人が居なくなったら大ごとになるだろう! 頭の悪い妖精だ!!」
話を聞いていた大男が両手で村長を持ち上げ睨みつけた。
「・・・つまり、全ては村長、あなたの仕組んだ事だったのですね?」
「いや、わしは村のためにと思って・・・こんなことになるとは思って無かったんだ。」
男性陣が村長から事情を問い詰めている間、女性陣は妖精を可愛がっていた。
「初めて見るわ。かわいい。」
「かわいい!? テヘッ! ありがとう。あなた達もステキだわ。」
「きゃ〜、神秘的! 羽もキラキラ光ってるわ!」
「魔法で眠らせてごめんね。でも私達、人間に興味があって近くで見てみたかったの。昔から人間は悪さをするから近づいちゃいけないって言われてたから、こうやって話をするのが怖くて・・・」
いきなり遠くから小さな悲鳴がたくさん聞こえてきた。
「助けてーーー!! 悪い人間が紛れてるわ!!」
驚いたミラが走って声の方に向かうと、虫取り網を振り回しているロビンがいた。レオも両手で妖精を捕まえて遊んでいる。
「何してるのよ、ロビン!! レオ!!」
「うるせぇ! 捕まえて売り飛ばさないと俺の気が済まないんだっっ!!」
「きゃーー!! 助けてぇ!!」
レオはすぐに手を離したが、ロビンは虫取り網で妖精を捕まえた。そして鬼のような形相で袋に妖精を詰めていると、その手をミラが止めた。
「やめなさいよ!!」
「止めるな! 今度は捕まらないように闇市で売り飛ばすから安心しろっ!!」
「そういう事じゃないわよ! 妖精さんが可哀想じゃないの!!」
「お前は昨日の夜、俺がどんなに大変だったか知らないからそんな事が言えるんだ!! 猫の体でお前をここから連れ出すのは重くて骨が折れたし、朝日が昇って人間に戻った後・・・」
「は? 人間・・・?」
ロビンは急に固まり、さっとミラから目線を逸らした。
「テ、テントに戻ってお前を寝かせて、それから日が昇って人間に戻ったんだ。それで、その時にだな・・・」
「嘘つき! 私見てたのよ!」
いきなり2人の間に妖精が現れた。
「私はレナ! あなた達が最初に村に来た時から、姿を消してずっと2人を監視してたの。だから森での出来事も知ってる・・・どうしてあなたは嘘をつくの?」
レナに指をさされてロビンはビクッとした。
「あなた達は猫の姿で妖精の里を出た後、森の外で人間に戻ったわよね。それで・・・」
ロビンがいきなりレナを握りつぶした! 「ぐぇっ」と小さな悲鳴が上がり、ミラが止めようとするとレナを握ったまま遠くに走り去ってしまった。
人気のない所に着くと、ロビンは再び鬼の形相でレナを脅し始めた。
「おい、チビ。それ以上言ったらタダじゃおかないぞ・・・!!」
「なんで!? 女の子を連れてテントに戻っただけでしょ? なんでそこだけ嘘をつくの?」
「俺がミラに殺されるからだっっ!!! いいか!? 絶っっっっ対あいつには言うなよ!」
レナは暫く黙ったあと、口を開いた。
「彼女には言わない代わりに、あなたが捕まえた私の仲間を解放してくれるなら言う通りにするわ。」
「・・・クソっ。分かったよ。」
ロビンが袋の口を開けると、妖精達がパッと逃げ出した。
後ろからミラが追いかけて来た。
「ロビン、いきなりどうしたのよ!?」
「何でもない。」
「・・・ねぇ、私達テントに戻る前に人間に戻って、それでまさか、まさか私の裸を見たとか・・・そんな事になってないわよね!!?」
ミラの背中にじわじわと炎が燃え上がり、プルプルと握り拳を震わせ強い殺気を放った。その光景を見たロビンは大量の冷や汗をかいて言い訳をした。
「テ、テントまで猫だった!!!! 嘘じゃない!!!!」
後退りしながらはっきり言い切ったロビンを見て、ミラは炎を消し、花の咲くようなとびきりの笑顔を見せた。
「良かったぁ〜!! てっきり裸を見られたかと思ったぁ!」
「見るか、そんなもん。」
「嘘よ! しっかり見」
すかさずロビンがレナを握りつぶした! ミラは驚いて悲鳴をあげた。
「さっきから何してるのよ!?」
「このクソ妖精を売り飛ばす!!!!!!」
「あんたいい加減にしなさいよ!? 妖精さんが可哀想じゃない! 苦しそうよっ!」
「止めるな!! こいつを殺らなきゃ俺が殺られる!!」
「はぁ?」
後ろからミラ達を呼ぶ声が聞こえ、2人は振り返った。
村長を連れて村に戻ると、事の次第を知った村人達は村長を追放した。そして行方不明者は無事全員見つかり、事件は幕を閉じたのだった。




