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18.才能


「そろそろ料理ができたようだな。」


 エメラルダが奥の扉を振り返ると、食器を運ぶ木製のワゴンがひとりでに動いていた。


 ミラ達の傍まで来ると、ピタリと止まった。エメラルダが配膳しようとすると、ミラが「私がやりますね」と立ち上がった。エメラルダがニヤリとした。


「随分気が利くじゃないか。ありがとう、お嬢さん。名前を聞いてもいいかな?」

「・・・ミラです。」

「ミラか。いい名前じゃないか。ミラ殿の連れの名前を聞いてもいいかな?」

「彼はロビンです。」

「・・・ロビン殿か。どこかで聞いた名前だな。姓は何というんだ?」


 ミラは知らなかったので、「ただのロビンです」と答えた。「ふぅん」と言うと、エメラルダは興味を失ったのか、横を向きびっしりと並べてある本を眺め始めた。

 配膳が済むと、2人は食事を始めた。ただし、ミラは緊張でほとんど喉を通らなかった。その様子に魔女が気づいた。


「口に合わないかな?」


 エメラルダに指摘され、ミラは小さく飛び跳ねた。


「そんな事ないです! とっても美味しいです。」


 ミラはニッコリと作り笑いを浮かべると、無理矢理食べ物を口に入れ飲み込んだ。


 2人が食事を終えると、魔女は先ほどロビンが立っていた場所へ歩いた。本の山の近くには白い台があった。その上に一冊の本が置かれており、エメラルダはそれを手に取り読み始めた。ミラがしばらくその様子を眺めていると、エメラルダが急に「ひっく」と肩を震わせた。


「あ、あの・・・大丈夫ですか?」


 ミラがおそるおそる尋ねると、エメラルダはひっく、ひっくと肩を震わせながら涙を流し始めた。驚いたミラは、魔女を刺激しないように、ゆっくりと立ち上がり、そろりそろりと魔女の傍に近づいていった。


「なぜ泣いているんですか?」

「・・・うぅ。ミラ殿、聞いてくれるのか。この涙の訳を。・・・実は、この本は、私の記憶を取り出して本にしたものなんだ。」

「記憶を取り出して・・・本に?」

「そうだ。思い出すのがあまりにも辛い出来事があってな。それで頭から取り出したんだが、何を忘れたかったのか気になって度々本を開いては読んでしまうんだ。」


 外は雨が降り始め、次第に土砂降りの雨に変わっていた。泣きながらページをめくっているエメラルダを見て、ミラは不憫に思った。


「あの、なにがあったんですか? あ、いえ、無理して言わなくてもいいんですが・・・私で良ければ、話を聞きますよ・・・」

「・・・」


 エメラルダはじっとミラの顔を見つめたあと、本のページをめくりながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


「・・・私が学生の時に、教師に言われたんだ。素晴らしい才能の持ち主だと。教師に言われた通り、私は他の生徒達よりも早く魔法を習得して、難しい呪文も簡単に成功させる事ができた。そのうちに北の国一番の魔女だともてはやされた。だけど、気分のムラが激しくて、他の人の様に振る舞う事も苦手で・・・私は学校で浮いた存在だった。そんな自分が今でも嫌いなんだ。だから誰にも会わないように、1人でこの城に住んでいる。」


 ミラはゴクリと唾を飲んだ。


「そんなある日、道に迷った男がやってきた。そう、あれは秋だった。朱く染まった紅葉を一枚頭に乗せていたんだ。面白いだろう。そんな男から一晩だけ泊めて欲しいと頼まれた。私は断る理由もなかったから一晩だけ彼を泊まらせることにし、共に食事をした。そうしたら、彼と話していると心が和んでいる自分に気がついたんだ。私たちは食事を終えたあとも話し続けた。誰かとの会話に夢中になるなど、今まで生きてきた中で一度もなかった。」


 魔女はここまで話し終えると、本をめくる手を止めた。


「私は、この男に恋をしたんだ。そうだ。そうだったんだ。」


 エメラルダは片手を頭に添えながら何度も頷いた。その挙動一つ一つにビクビクと震えながら、ミラは黙って話の続きを待った。


「それから・・・そう。一泊するはずだったが、もう少し一緒にいて欲しいと頼むと、彼も頷いてくれた。それから私達は共に時間を過ごすうちに、恋人になって、幸せな時間を過ごしていた・・・だがある日、彼は突然ここを去った。」


 そこまで言うと、エメラルダは膝から崩れ落ちて号泣した。すると土砂降りの雨が窓を叩きつけ、雷鳴が鳴り響いた。


(この人、失恋したのね。でもちょっと怒らせただけで人を本に変えるんだもの。振られても仕方がないわ。)


 そう思いながらも、ミラはエメラルダの背中を優しくさすった。そのまましばらくさすっていると、次第にエメラルダは落ち着きを取り戻していった。エメラルダの涙が止まると、外の雨も止んだ。


「ありがとう、ミラ殿。」

「いえ・・・ところで、その、ひとつお願いをしたいんですが、ロビンを元に戻して貰えませんか?」

「なんだと?」


 ミラはビクッと震えた。本にされるかと思い強く目を閉じたが・・・なにも起こらなかった。ゆっくり目を開けると、エメラルダが本の山を睨んでいた。


「いいだろう。でもその前に、ここの本の整理を頼んでもいいかな。」

「はい。」

「ロビン殿の本はこれだな。私が預かっておこう。」


 緑色の本をひょいと取ると、エメラルダは部屋を出て行ってしまった。


「案外素直にお願いを聞いてくれたわね・・・怖かったぁ、レオぉ〜!!」


 ミラは足元に座っていたレオをぎゅっと抱きしめた。レオがミラを励ます様に頬を舐めると、くすぐったくて笑ってしまった。


「うんうん、そうね。分かった、頑張るわ。」


 元々は人間であったであろう本を一冊ずつ手に取って、本棚の空いている場所に戻した。ミラは本を手に取りタイトルを読む度に、次は自分の番なのでは、と怖くなって震えた。本の山は100冊ほどだった。片付け終え、エメラルダを探すため城の中を歩いた。


 よく見ると城の中は埃にまみれており、掃除はほとんどしていないように見える。ホールに着くと階段を上がり叫んだ。


「あのぉー! 片付け終わりましたぁ!」


 すると廊下の左端の部屋から声が聞こえてきた。ミラがその部屋のドアを開けると、部屋の中はまた本で散乱していた。そのまんなかにエメラルダが座っている。


「次はここを片付けてくれ。」

「えっ! ここもですか!?」

「私の言うことに不満があるのか!!?」


 エメラルダの手から光が放たれた! が、ミラは本にならずに、その場に立っていた。目の前に何かが散っていくのが見えた。


「その花飾りがお前を守ったのか。・・・まぁいい、もう一度聞くぞ。ここを片付けてくれ。」

「わ、分かりました。」

「じゃあよろしく頼むよ、ミラ殿。」


 エメラルダが部屋を出ると、ミラは髪を留めていた花の髪飾りを外して、その花びらの枚数を確認した。1、2、3、4・・・やはり花びらが1枚なくなっていた。


(魔法から私を守ってくれたんだわ。でも花びらが4枚になっちゃった。)


 ミラはロビンのくれた髪飾りを気に入っていただけに悲しく思った。少しだけ涙が出てきたが、すぐに指で拭った。髪飾りを付け直すと

、ミラは本を手に取り棚にしまい始めた。


(負けるな、ミラ! ロビンを元に戻してもらって、こんな城から早く抜け出すのよ!)


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