16.やまない雨
ミラ達はエルドラドの北門を出て街道を歩いていた。
最初は見晴らしの良い平原だったが、徐々に大きな坂が増えて来て、そのうちに岩や石ころがごろごろ転がっている風景に変わってきた。風が吹くと砂が混じっており、ミラは何度か目を擦った。
そんな道をずっと歩いていると、途中で古びた東屋を見つけた。コの字に並べられたベンチの真ん中に木製のテーブルが置かれている。
「ねぇ、ちょっと休みましょうよ。」
「そうだな。」
話を聞いていたレオがミラの所へ来た。ミラはレオを抱えて東屋のベンチに座った。ロビンも隣のベンチに座り、水を飲んだ。
暫く休んでいるとポツポツと雨が降り始め、すぐに雨足は強くなった。
「休んで正解だったわ。いきなり天気が変わるのね。」
「雨雲はあったけどな。」
「あったかしら?」
「さっきから曇ってただろ。」
2人が話していると、女性が1人東屋に入ってきた。ハンカチで頭や腕を拭くと、荷物を拭き始めた。緩く巻いた金髪が両肩にかかり、着ている白い服から僧侶だと一目で分かった。胸には十字架のペンダントが見えた。
ミラがじっと見ていると、僧侶が気がついた。
「あの・・・なにか?」
「あっ! いえ・・・綺麗だなぁと思って。」
「ありがとうございます。」
僧侶は驚きながらにっこりと微笑んだ。ミラは急いで下を向くと「見すぎちゃった」と後悔しながらレオを抱きしめた。
雨足は更に強くなり、ロビンが外を眺めていると、ミラがくしゃみをした。それを見て魔法の巾着から膝掛けを2枚取り出すと、ミラに渡した。ミラが膝掛けを広げている間に、ロビンは僧侶に近づいた。
「あんたも使う?」
僧侶は寒さで震えていた。
「あなたは使わなくてよろしいのですか?」
「俺は平気。ほら、使えよ。」
「・・・ありがとうございます。」
ロビンから膝掛けを受け取ると、僧侶は肩に羽織った。
「お二人とも、旅をしているのですか?」
ロビンとミラは顔を見合わせた。
「そうだけど。」
僧侶は小さなため息をつくと、腕をさすりながら話を続けた。
「じゃあこの辺りで雨が続いているのを、お二人はご存知ですか?」
「雨が続いてる・・・?」
「えぇ。以前はこんなに雨が降る土地では無かったのですが、ここ一年は大雨が起きては洪水になる事もあるのです。」
ロビンは驚いた。
「4年前に来た時はそんな事なかったぞ。なんで雨が降るようになったんだ?」
「・・・わかりません。実は私はこの近辺の村の人の頼みで、雨を止ませる祈祷をして来たのですが・・・効果が無かったようです。神の怒りでこうなっている訳では無いようですわ。」
「困りましたね・・・」
ミラは相槌を打ちながら僧侶を見た。繊細そうな線の細い綺麗な女性だった。隣のベンチに座っているロビンを見ると、僧侶を見つめていた。
(あ、あれ・・・この2人・・・)
ミラは急にピンと来た。
(お似合いだわ!!)
ロビンと僧侶の顔を見て、2人が付き合ったら美男美女カップルになるのではと急に思いついた!
ロビンは性格は守銭奴だが、顔は整っている。そして僧侶は美しい。2人とも金髪だし、付き合ったら美男美女のウフフと笑い合う姿や、アハハと追いかけっこしている姿を拝めることができる気がした。
ミラは夢に夢見る16歳!こういう妄想をたまにしては暇を潰すのであった。
(・・・この2人をどうにかくっつけられないかしら。あ、でもそうしたら猫になる魔法を解けなくなっちゃうわね。)
こりゃだめだとガックリしていると、いつの間にかロビンが隣に来ていた。ミラの膝の上でくつろいでいるレオと目線を合せた。
「レオ、この雨の原因がどこにあるか、分かるか?」
レオは神経を研ぎ澄ますと、北東の方角を向いた。
「そっちか・・・チッ。北の魔女の所まで行くのに、遠回りになるな。」
「でもこの大雨が頻発してるなら、北には進みづらいわよ。」
話を聞いていた僧侶が口を挟んだ。
「北に続く街道は、途中で橋が壊れていて進めませんよ。この大雨で橋が流されてしまったのですが、新しく作る度に洪水で橋が流れてしまい、みんな困っています。」
「げっ。まじかよ・・・じゃあ雨が止んだらレオに案内させるか。」
話を聞いていたミラの視界の端で、何かが動いた。
緑色のアマガエルがピョンピョン飛んでいた。
「わぁ! ビックリした・・・」
レオはアマガエルを見つけると、ミラの膝から飛び降り、手で触って遊び始めた。口に入れようとした時に、僧侶が手のひらでカエルを包んだ。
「いけませんよ。小さな生き物にも、命があるのです。」
レオはしゅんとうなだれると、ミラの膝に飛び乗った。
「まぁ、このアマガエル、背中にハートマークが付いていますわ。」
「えぇ!? なにそれ!?」
ミラは興味本位で僧侶の掌の中を覗き込んだ。確かにアマガエルの背中に黄色いハートマークがついている。すぐにロビンを呼び、カエルの背中を見させた。僧侶とロビンのツーショットを眺めながら、ミラはにんまりした。
雨音は次第に弱くなり、灰色の雲の隙間から日差しが差し込んだ。
「行くぞ、ミラ。」
「あっ、待ってください。」
僧侶は立ち上がって東屋を出ようとしたロビンを呼び止めると、小走りでロビンの元へ行き、綺麗に畳んだ膝掛けと十字架の模様が彫ってある指輪を差し出した。
「心の優しいあなたに、神の加護がありますように。」
「・・・」
ロビンは僧侶の差し出した膝掛けと指輪を無言で受け取った。
ミラは2人の会話を東屋のベンチに座りながら身を乗り出して見ていた。
(あの2人いい感じじゃない!? なんかの拍子に付き合ってくれないかなぁ。)
目を輝かせてロビンと僧侶を見つめるミラを、レオが不思議そうな顔で見上げた。




