15.猫になる
小鳥のさえずりと共にミラが目を覚ますと、既に朝日が昇っていた。大きく伸びをして服を着ると、コンパスに触れてレオを子豹の姿に変えた。顔を洗って鏡を見て髪を整えると、朝食を食べようと思った。
ロビンの部屋へ向かいノックをするが、返事がない。鍵がかかっていなかったので、そっとドアを開けると・・・ロビンの姿はなく、代わりに茶トラ猫がベッドで寝ていた。
「!? ロビン!?」
ミラが急いで茶トラに向かって声を掛けると、猫は翡翠色の目を開けた。
「ニャア・・・ンニャァ!!?」
「嘘?? ロビン? 本当にロビンなの?」
ミラが目を見開いて茶トラを見つめた。
(なんだ!? なんでミラがこんなにでかいんだ!? いや違う! 俺が猫のままなのか!!)
ニャアニャア言いながら茶トラが自分の手足を見てまた鳴いている。ミラは茶トラの脇の下を持ちあげた。体が長く伸びる。
「うわぁぁぁーーー、胴が伸びた!!! 猫かわいい!! ふわふわ!! 一度でいいから茶トラのロビンを触ってみたかったのよねぇ。」
(なんだと!! 俺を猫扱いするな! かわいいとか言うんじゃねぇ!!)
威嚇してきたので怒っているのが分かったが、ミラは茶トラを降ろすと構わず頭を撫でまわした。茶トラはひどい顔をしながら耐えていた。
「でもなんでこうなっちゃった訳!? 昨日の夜、私と別れてから何かした?」
茶トラは首を振った。
(俺は帰ってからすぐ寝たぞ。今起きたばっかりなのに、なんでこのままなんだ。昨日の夜、おかしな魔女からミラを庇った時にまた魔法でも掛けられたのか? ・・・もう一度あの魔女に会った方がいいかもな。)
茶トラがドアまで歩きミラを振り返った。いつもだったら不機嫌そうな顔をしたミラが立っているのだが、なぜか今日は笑顔だった。
(・・・ん!? なんだ!? なんで今日はそんなに機嫌が良さそうなんだ?)
ミラは茶トラのためにドアを開けた。茶トラが上を見上げると、やはり笑顔のミラがいた。
(気持ちが悪いな。)
茶トラが外に出て街を歩くと、ミラとレオもついてきた。そのまま魔法学校の前に行き、昨日の魔女が出て来るのを待つ事にした。
「ねぇ、ロビン。なんでここに来たの? ・・・もしかして昨日の魔女に会いに来たの?」
茶トラが頷くと、ミラは茶トラの考えている事に気がついた。
「あの魔女に魔法をかけられたって事ね! お昼頃に学生達がたくさん出て来るのを見かけたから、その頃に合わせて来ればいいわ。」
(ミラにしてはいい考えだな。)
茶トラが頷くのを見ると、ミラは茶トラを抱き上げた。それから喉のあたりをもふもふ撫でながらどこかに向かって歩いていく。
(おい、どこに行くんだよ。)
茶トラが暴れようとすると、ミラが羽交締めにして逃げれない様にした。仕方がないので暴れるのを諦めると、パン屋に着いた。
ミラがクロワッサンとベーコンの挟まったパンを頼んで買い物を済ませた時だった。
「その猫かわいいねぇ。」
「えぇ、そうでしょう。おばさん、ありがとう。」
(えっ・・・いま俺かわいいって言われたのか? パン屋のババアに??)
茶トラが信じられない気持ちでいると、今度は騎士見習いであろう若い男とすれ違った瞬間、声をかけられた。
「かわいい猫ですね。僕、猫が好きなんです。少しだけ触ってもいいですか?」
「えぇ、どうぞ。」
ミラが茶トラを差し出すと、騎士見習いの逞しい腕が茶トラを抱きしめ頭を撫でた。
(うげぇぇーーー!!! やめろ!! 触るな! 野郎はお呼びじゃない!!)
茶トラは必死で抵抗して何とか地面に降りると、ミラの後ろに隠れた。
「あれ? 嫌われちゃったかな。いきなり抱っこしたのが悪かったのかな?」
「ごめんなさい。ちょっと気難しい子で・・・」
(おいっ! 俺が喋れないのをいい事に、勝手に俺の性格を決めるな!)
茶トラが2人を見上げていると、意外と会話が弾んでいる。
「お嬢さんの猫の話、もっと聞きたいな。良かったらこの後お茶でもしませんか?」
「いいですね! ちょうどこれから朝食を食べるところで・・・」
(って、口説かれてんじゃねぇか! ミラの事だから絶対気づいてないだろ! 本当ちょろいな、こいつ!)
茶トラは2人の間に割って入ると、騎士見習いを威嚇した。それからミラのスカートをグイグイと引っ張った。
「こらっ! ごめんなさい、向こうに行きたいみたい。お話できて楽しかったわ。さようなら。」
「あ・・・さようなら。」
騎士見習いは寂しそうに手を振った。茶トラは振り返って騎士見習いをまじまじと見た。
(やっぱり。猫好きを装って、ミラを狙ってたな・・・)
ミラは花畑の広がっている場所を見つけ、ベンチに座りパンを食べた。分厚いベーコンの乗ったパンを手に取ると、食べやすいようにちぎり、手のひらに乗せて茶トラに差し出した。
「食べていいわよ。」
茶トラはお腹が空いていたので、ぺろっと平らげた。それからレオと一緒にミラの膝の上に乗り、日向ぼっこをした。
(なんだか、あったかくて気持ちいいな・・・)
いつの間にか寝てしまい、次に茶トラが目を覚ました時には魔法学校の前でミラに抱かれていた。
「ロビン、いい所で起きたわね。昨日の女の子、あそこにいるわよ。」
(本当か!!?)
茶トラが顔を上げると、確かに昨日の夜箒に乗っていた少女だった。オレンジ色の髪の毛のショートカットの魔女だ。
ミラは足早に女の子に近づくと、声をかけた。
「あなた、昨日の夜に魔法学校を抜け出して猫を捕まえようとしたでしょ。その時、猫に魔法をかけなかった?」
「え・・・あなた誰ですか??」
ミラはカフェに移動して女の子と話をする事にした。
「たしかに使い魔が欲しくて昨日学校を抜け出しました。もしかして、赤毛の子猫を捕まえる時、あなたもその場にいたんですか?」
「えぇ、まぁそんなところよ。」
「良かった!!」
いきなり魔女はミラの手を握ると懇願した。
「あなた赤毛の子猫の飼い主さんですよね!?私、どうしてもあの子を使い魔にしたいんです! 譲ってもらえませんか?」
「ええ?」
ミラが驚く横で、茶トラがこけた。
(俺を狙ってた訳じゃないんだな。じゃあなんで俺は猫のままなんだ。)
ミラがしばらく黙っていると、魔女が首をかしげた。
「あっれ〜? おかしいなぁ。なんでも願いが叶う魔道具を買ったのに、効かないじゃない。」
「・・・?」
ミラは魔女の大きな独り言を聞いて思った。もしかしたら、ミラがロビンと塀の下に落ちた時にその魔道具を使ったのでは、と。魔女は赤毛の猫を狙って魔道具を使ったが、上に乗っていた茶トラに誤って魔道具を使ってしまったのだ。
「その魔道具、いつ効果が切れるんですか?」
「・・・お姉さん、私の心が読めるの? 魔道具にはかわいい猫の使い魔が欲しいって願ったから、使い魔が見つかるまでは効果は切れないと思うけど。」
ミラは困ったと思った。でも魔女の使い魔がいつまでも見つからない訳がないし、せいぜい3日くらいでちょうどいい子が見つかるだろうと思った。ということは、数日間は茶トラと過ごせると思ったら、ロビンには悪いが心の底から満面の笑みが込み上げて来た。
「やっぱりあの猫、譲ってもらえませんか?」
「それは出来ません。」
ミラはキッパリ断るとカフェを出た。茶トラとレオを抱き宿に戻ると、茶トラに話しかけた。
「あの魔女の女の子が使い魔を見つけるまでの間だけだから、気を落とさないでね、ロビン。」
(まじかよ・・・)
カフェで話を聞いていた茶トラはショックを受けうなだれた。そのままミラに背を向けると、尻尾を体に巻きつけた。その瞬間だった!
「隙あり!!!」
ミラは茶トラを捕まえると茶トラの背中に頬を寄せ、すりすりした。
(ぎゃああああ!! やめろぉ!!!)
茶トラはもがいたがミラから逃げれないため、爪を出して引っ掻こうとした!
「それはダメ!!」
茶トラの手が止まった。
「引っ掻いたら痛いから、爪は出しちゃダメ!めっ!!」
(・・・なっ!! めっ!!だとぉ〜!? 完璧に猫扱いしやがって!)
茶トラが猫パンチを出そうとすると、ミラがバックから何かを出した。
「ほら、おやつよ!」
(え!! どこどこ!?)
茶トラはミラの用意したササミの燻製を喜んで食べた。その横でミラは優雅にクッキーを食べながらミルクティーを飲んでいる。膝にはレオを乗せて充実した時間を満喫していた。
「ふぁ〜。なんだか眠くなっちゃった。」
ミラはおやつを食べ終え大きな欠伸をすると、茶トラとレオを抱いてベッドに横になった。
(お前、食べてすぐ寝たら太るぞ。)
茶トラは暫くの間、寝ているミラを観察した。幸せそうなミラの寝顔を見ていたら、なんだか微笑ましく思えてきた。
(猫になるのは嫌いだったけど、勝手に飯は出て来るし、俺を見るとみんな笑顔になるし、ミラも幸せそうだな。このまま猫になるのも、悪くないのかもしれない・・・)
ミラの腕の中で眠くなった茶トラは、そのまま腕にしがみついてまどろんでいた。
一方その頃、使い魔の欲しい魔女はオッドアイの黒猫と出会い、喜びの絶頂にいた。願いが叶ったのだ。
そして・・・
「ぎゃあああああああーーー!!!!」
ミラは元に戻ったロビンをタコ殴りし部屋を出た。ロビンの部屋から洋服を持って来るとシーツの中で目を回しているロビンに全力で投げつけた。
「なんでこんなに早く戻るのよ!!!私の茶トラ王子を返してーー!!!!」
目を覚ましたロビンは、あまりの扱いの差に少し涙が出たが、負けずに言い返した。
「俺はひとつも悪くないからなっ!お前が勝手に俺を捕まえて昼寝したんだろっ!!」
「うるさい、変態! それを着たら早く出て行ってー!!」
急いで服を着るとロビンは怒りながら部屋を出た。ミラは出ていくのを目で追い、遠ざかっていく音を確認してからため息をついた。
「ずっと猫のままでいてくれないかなぁ。人間のロビンじゃなくて、茶トラが好きなのよねぇ・・・。」




