14.夜の散歩
夕食を済ませるとロビンの借りた部屋で翌日のことを相談した。
「ここから北の国までは険しい道になる。2,3日北の街道を歩くと岩山があるからそれを超えるんだ。」
「え〜・・岩山なんて歩いたこと無いわよ。大丈夫かしら。」
「俺が子供の頃に何回か行けた位だから大丈夫だろ。まだ暗くなるまで時間があるから、靴を買いに行くか?」
「散歩がてらいいわね。行きましょ。」
ミラはレオを抱えてスキップして部屋を出た。
「あのなぁ、もう暗いのに子供みたいにスキップするなよ。」
「だって夜の散歩って楽しいじゃない。今までお父さんに禁止されてたから、わくわくしちゃって。」
「それで毎晩外に出て来てたのか。」
「毎晩外に? なんの話よ?」
ロビンは周りをきょろきょろと見回して人が少ない事を確認すると、ミラの耳元で囁いた。
「旅に出る前に、猫の姿で夜な夜な一緒に外を歩いただろ。」
「あぁ・・・あの時は楽しかったわ。それに茶トラの時のロビンはいつも優しかったから、人間のロビンを見てすんごーーく失望したわ。」
「はぁ? 俺はいつだって優しいし親切だろ。」
ミラは吹き出した。いつも口は汚いし態度は偉そうなのに、自分では親切だと思っていたのかと思うと笑いが込み上げてきたのだ。
ロビンが歩き出したので、ミラもロビンに合わせて歩いた。
「あの時は魔女のペンダントを見つけて嬉しかったんだ。じぃにペンダントと持ち主の飼い猫を探して連れてくるように言われてたから。お前のことをじぃの所に連れて行こうと毎晩待ってたんだよ。」
ミラはロビンが形見のペンダントの持ち主を探していたと聞いて驚いた。今まで一緒に旅をして来たが、そんな事は一度も言わなかった。
「ねぇ、今ロビンのおじぃ様と、私を探してたって言ったわよね。なんで?」
一瞬、間が空いた。それからロビンは妙な笑顔を作った。
「んん? なんでって言われても、なんでだろうな。俺はじぃに言われたから探してただけだし。」
「えぇ? そうなの? なんでおじぃ様は私を探していたのかしら・・・」
「さぁな。」
ロビンはひらっと手を振ると靴が売っている店を見つけて入ってしまった。ミラはレオと一緒に店の前に並べられていた靴を眺めた。
(はぐらかされて終わっちゃった。ロビンはおじぃ様と何か理由があって私を騙してる・・・なんて事ないわよね。)
ミラはロビンのくれた髪飾りに手を伸ばして触れてみた。指先で花びらの尖った部分をなぞってみる。隠し事をされている気がして悲しくなったが、すぐに思い直した。
(悲観的になっちゃ駄目よ、ミラ。ロビンは性格は悪いけど、命懸けでペンダントを取り返してくれたじゃない。それに髪飾りだって買ってくれたし・・・)
「ミラ、これなんかどうだ?」
ロビンが店の中から登山用のしっかりした靴を持って来た。それを見て、ミラはにっこり笑った。
「良さそうじゃない。履いてみるわ。」
ロビンから靴を受け取ると、自分の靴を脱いで履いてみた。違和感もなく、歩いても脱げる事はなかった。靴は少し重いが歩きやすく、デザインも悪くなかった。
「うん、これにする。」
「分かった。俺はもう決めたから、それを貸せよ。支払いを済ませてくる。」
ミラは靴を脱いで渡すと、レオを抱き上げてロビンを待った。周りの店を見ると金で出来た雑貨や家具が多く売られていた。エルドラドは金の城があるだけあって、街には金細工で作られたものが多く売られている。あんまり見ていると目がチカチカしてきそうだと思った。
「ミラ、宿に戻るぞ。」
いつの間にかロビンが横に立っていてミラは驚いた。それから少しだけ遠回りをして街を探索してから宿に戻った。2人はそれぞれの部屋に戻りベッドに入ったが、ミラは寝付けないでいた。
(魔法学校にプレゼント、夜のお散歩と靴まで買えて、今日は良い日だった〜!)
ベッドの上でゴロゴロしているとレオに当たってしまったが、変わらず寝息が聞こえた。
ミラはペンダントと髪飾りを付けているのに気がつき、2つとも外して枕元に置いた。それから灯りを消して目を閉じたが街中の金色が瞼の裏に浮かび、なかなか寝付けなかった。
少しうとうとすると、いつの間にか猫に変わっていた。何気なく窓の外を見ると、道端を猫が歩いていた。ミラは窓を開けて外に飛び降りると、道路まで歩いた。
外を歩いていたのは茶トラ猫のロビンだった。
しばらく見つめ合った2匹は、街の細い路地裏を通って金の城がよく見える塀の上まで来た。そこに座り茶トラがじーっと城を見ていた。おそらく売ったらどれ位の値段になるかなど、ロマンチックの欠片も無い事を考えているのだろうとミラは思った。フンっと鼻を鳴らすと、反対側の魔法学校を眺めた。すると窓から箒に乗った魔女のシルエットが見えた。そのまま夜空を飛ぶのかと思ったら、下降してだんだんミラの目の前に近づいて来た。しかも物凄いスピードだ!
「可愛い子、見っけー!」
魔女は片手を出しミラの首目がけて手を伸ばしてきた。
「ミャアアァァァ!!?」
気がついたら、塀から転げ落ちていた。塀の下に落ちたミラの上には茶トラが乗っていた。何故か魔女に捕まりそうになったミラに茶トラが気づき、タックルして塀の下に転がり落としたのだ。
「ありゃりゃ。バレちゃったか。せっかく使い魔にしようと思ったのになぁ。」
上からミラを探す魔女の声がした。2匹がじっと息を潜めていると、魔女が箒に乗って学校に戻っていくシルエットが見えた。
(危なかった〜。捕まったら人間に戻った時にとんでもない赤っ恥をかく所だったわ。)
茶トラはさっと身を翻すと、塀の下の細い道を歩き始めた。振り返ってミラがついて来るのを待っている。ミラは何も言わない茶トラの後をついて行った。
(やっぱり猫の時は優しいのよね。話さないからいいのかしら。)
ミラは先を歩く茶トラの尻尾を見ながら、ずっと茶トラ猫でいてくれたらなぁと思った。




