11.赤髪の魔女
翌朝もロビンは熱が出ていたが微熱になっていた。それに気分も良かった。
ミラはロビンの腕に触れて熱感がないのを改めて確認すると、胸を撫で下ろした。次に右手首の黒い紋様を見て、がっかりした。
(やっぱり魔女に診てもらわないと、この模様はなくならないんだわ。)
元気だからと外に出ようとするロビンを止めながら、ミラは早く魔女が来るように祈った。だがそんなミラの気持ちを知らないロビンは、部屋の中でレオと遊んだり、筋トレをして過ごしていた。そして苦い苦いと言いながらミラの作った薬を飲むようにしていたが、昼でその薬もなくなってしまった。
「また作らなきゃ。材料を採ってくるから、ロビンは休んでて。」
「俺も行くよ。暇だし。」
「病人だからダメ! また熱が上がるわよ!」
ミラに注意されて、ロビンは大人しく部屋で待つ事にした。もうハーブの場所は分かっていたので、1時間足らずで採り終える事ができた。
ミラはレオと部屋に戻ると、寝ているロビンの額に触れた。微妙に熱い気がした。ミラはロビンの状態をよく観察しながら薬を作り始めた。出来上がる頃には夕方になり始め、ロビンも目を覚ました。ミラが薬を紙に包んでいるとロビンがその様子を黙って見ていたが、やがて口を開いた。
「何してるんだ?」
「わっ! 起きてたの? 薬を作ってたのよ。でも殆ど終わったわ。」
「あのクソ苦い薬か。また夜も飲まなきゃならないかと思うとゾッとするぜ。」
「嫌なら良いのよ。また熱が出ても知らないからね。」
軽口を叩きながら、ロビンはベッドから抜け出てレオと遊び始めた。ミラが全て包み終わると、部屋の窓がノックされた。
ロビンが顔をしかめて窓を開けると、そこには見た事のない女性が立っていた。
「あなたがミラさん? 変ね。女性だって聞いてたんだけど。」
ミラが急いで窓に駆け寄ると、恐る恐る尋ねた。
「あなたはもしかして・・・お医者様の呼んでくれた魔女さん?」
女性はニヤリと笑うと、顔にかかった長い赤い髪を手で払いながら返事をした。
「そうよ。私は魔女のアデル。悪魔の呪いを解きに来たわ。」
アデルは箒を片手に窓から部屋に入ると、ベッドを見た。しかし寝ている患者はどこにもいない。
「あら? 呪いを受けた人はこの部屋にいないのね? あなた、案内してくれるかしら?」
「ロビン、呼ばれてるわよ。」
ロビンは嫌な顔をしていたが、黙ってアデルの前に来た。
「・・・え? あなたが死の呪いを受けた人? 嘘よ。元気じゃない。」
「死の呪い!? あいつ、そんな物騒な呪いを俺にかけたのか!?」
ロビンが驚いて怒っていると、魔女は更に不思議な顔をした。
「黒い紋様があるでしょ? 見せて頂戴。」
ロビンが右手首を見せると、魔女は真剣な顔で紋様を眺め始めた。
「中途半端に呪いを掛けたのね。途中で失敗してるから、即死にはならなかったみたいだけど、それでもじわじわとあなたを蝕んでもう死んでいてもおかしくないはず。それなのに、なんで元気なのかしら? 気になるわ。」
アデルがロビンの顔をジロジロと見ていると、「あぁ、それなら」とロビンがミラを見た。
「ミラの作った薬を飲んだんだ。熱は出るし気分も最悪だったけど、あいつのすげークソまずい薬を飲んでたら、だんだん良くなってきたんだ。」
「・・・薬ですって?」
アデルはミラをジロッと見ると、今度はミラを睨みながらどんどん近付いた。
「あ、あの、私は父と一緒に薬屋を営んでいたので、解熱剤を自分なりにアレンジして作ってみたんですけど・・・。」
アデルはミラの横のテーブルに乗っていた薬包に気がつき、中身を開けて匂いを嗅ぐと、ひとつまみとってペロッと舐めた。
「にっっっっが!!!!」
「そうだろうな。クッッッソ苦いからな。だから言っただろ。」
のたうち回るアデルをロビンが白い目で見ていると、やがてアデルは落ち着きを取り戻し、ミラを見つめた。
「あなた魔女ね。なぁんだ。私が来る必要無かったじゃない。」
「えっ!!?」
ミラは驚いてアデルを見つめた。
「私帰るわ。出張費はきっちり頂くわよ。」
「ちょっと待ってください! 私は魔女じゃありません! それに呪いを解いてくれるのでは?」
アデルはミラを怪訝な顔で睨んだ。
「こんな完成度の高い秘薬を作れるのに、魔女じゃないですって? 嘘おっしゃい。」
「本当です! 私はただ薬を作っただけで呪いの解き方を知らないんです! 助けてください!」
ミラがあまりに懸命に頼むものだからアデルは帰るのを留まった。それからロビンをベッドに寝かすと、その右手首にどろっとした液体を塗り始めた。ロビンは顔をしかめて見ていたが、魔女が何かの呪文を唱え始めるとすぐに眠ってしまった。
すると黒い紋様から黒い煙が現れて、邪悪な顔をした影になった。アデルが「ポー!」と叫ぶと、窓からフクロウが飛んできて、邪悪な顔の影を嘴でついばみ、全て食べてしまった。
「これで治療は終わりよ。」
「えっ!? もう!!?」
ミラが驚いてロビンの右手首を見ると、綺麗さっぱり紋様は無くなっていた。
「ありがとうございます、アデルさん!!」
「いいのよ。その代わり治療費は高くつくわよ〜!」
ミラはお金を払ったあと、もう一つアデルに聞いてみた。
「あの、呪いを受けた後、ロビンは今まで大好きだったお金に全く興味を示さなくなってしまって・・・」
「まぁ、そうだったの。途中で呪いを中断したから、こんがらがっちゃったのね。話を聞いた限りだと、死の呪いの半分が好きなものを遠ざける呪いに変わったんだわ。きっと。」
「そうだったんですか。色んな種類の呪いがあるんですね。ちなみに、それはもう解けてるんでしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。フクロウのポーが呪いを全部食べたから安心して頂戴。」
ミラが驚いていると、アデルはニヤニヤして話を続けた。
「でも悪魔のかけた呪いは強力なものよ。それなのに飲み薬で少しずつ効果を和らげたんだもの。ミラだったっけ? 彼の事が好きなんでしょ? それとも恋人同士? 呪いを打ち消すには、愛が一番なのよ!」
ミラは随分的の外れた事を聞かれて、思わず「は?」と返事をしてしまった。
「好きどころからむしろ嫌いです。デリカシーは無いし、お金のことしか頭にない奴なので、好きになりません。」
「へぇー、そうなの。あなたも大変ね。」
「でも仕方ないんです。猫になる呪いを解きたいから。」
ミラは話の流れで自分の秘密を打ち明けてしまい、しまったと思った。でもアデルなら呪いを解けるかもしれないと、思い切って尋ねてみた。
「あの、アデルさんなら、夜中に猫になる呪いを解けますか?」
「あなた、猫になるの? 夜中に??」
「はい。」
アデルは腕を組んで暫く考え込んだ。
「それは北の魔女の呪いね。悪いけど、私なんかじゃ解くことは出来ないわ。掛けた本人に解いてもらうことね。と言っても、北の最果てに住んでると聞くから、会えるかどうか分からないけど。」
「・・・そうですか。」
ミラががっかりしていると、アデルは箒を持って窓の外に出た。ミラは窓のそばに駆け寄った。
「アデルさん、ありがとうございました!」
「いいのよ! それよりも、ミラさん。あなた魔法学校で勉強した方がいいわ。私よりも凄い才能を持っているはずよ。必ず魔法学校に行きなさい!」
そう言い残すと、アデルは地面を蹴って箒で空を飛んだ。夜空に消えて行くアデルの姿を最後まで見届けたあと、ミラは窓を閉めた。
治療の最中に寝てしまったロビンの様子を見るため、ベッドに近付いた。ロビンは穏やかな呼吸をしていた。その胸の上下を見ていると、足元にふわふわの何かが当たった。レオだ。
レオはアデルが来ると慌ててミラのベッドの下に隠れたのだが、今になってようやく出てきて、安心したように頭を擦り付けてきたのだ。
ミラはレオを抱えるとベッドに入った。
翌朝、元気になったロビンは早速ルシウスから奪った宝を換金しに行くと張り切っていたが、ミラが止めた。
「俺を止めるな。なんでか換金する事を忘れてたけど、今すぐ宝石を金に換えてくる。そういえば、袋いっぱいあった金貨はどうした?」
「そ・・・それが・・・」
ミラは、ほぼ空になった袋をロビンに見せた。
「あああああぁぁぁぁぁ!!!? なんだこりゃ!!? なんで無いんだよ!? 俺の金は!!?」
「ロビンの治療代で、殆どなくなっちゃったの。」
「おま・・・金貨だぞ!? 100枚以上はあったのに、それが無くなっただと!?」
「うん。」
ロビンは頭を抱えて喚き始めた。
「詐欺だ!! アデルとか言ったか!? あの女をもう一回呼ぶぞ!!」
「ロビン、ちょっと待ってよ!」
怒ったロビンはミラに喰ってかかってきた。
「そもそもだ! 宝は山分けだって言ったよな!? それなのに俺の金貨まで使ったんだろ!! 勝手な事をするなよ!」
「なんですって!? 私だってえらく高いと思ったけど、あんたの命に代えられないと思って覚悟を決めて魔女を呼んだのに・・・!! 私だって金貨で贅沢したかったのよ! それなのに人の気も知らないで・・・この大バカ!!!」
ミラはロビンの頬を引っ叩くとレオを連れて部屋の外に出て行った。
「いってぇぇ・・・!! おい、待てよ、ミラ!」
ロビンは袋に残っている僅かな宝石と数枚の金貨を大事そうに抱えると部屋を出て行った。