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始終きょとんとしていた俺を見て、燕尾服の男は微笑んだ。
「あなたは、まだ早い。ここに品を展示するのも、ここにやってくるのも」
「今はまだ、意味がわからなくても良いのです。できればこれからも、知らない方が良い」
彼は俺を、博物館の出口まで促した。
「さあ、お時間ですよ」
「え」
有無を言わさず、彼は俺の背中を優しく押して―――
―――――――
「ちょっと、早く起きなって!」
聞き覚えのある声で、目が覚めた。
慌てて身体を起こすと、つり上がった二つの目とはち合わせてしまう。
「こんなことだろうと思ったわ。もしかして、今までの二時間全部昼寝に使ってたの?」
中学時代以来のおせっかいな声が、寝起きの耳にビンビン響く。目をこすって、俺は「うー…」とあいまいな返事をした。
「ホント馬鹿。大学生になっても相変わらずなのね。
大体、この大学だってテキトーに選んでテキトーに入ったわけでしょ?もうちょっと、自分の将来の事とか、ちゃんと考えて行動しなよ!」
お前は先生か親のつもりか。
突っかかるのも面倒で、嫌々ながら立ち上がった。
「ほら、今から博物館の館長さんの講演が始まるんだってさ」
「ふーん…」
どうせ、途中で寝るからどうでもいいけど。
「私、その館長さんのこと自由行動中に見たんだけどね」
ぷりぷり怒っていた顔が、あっという間に笑顔に変わった。
「すごく変な人だったわよ。びっくりしちゃった。
だって、今の時代、シルクハットに燕尾服で歩いてる人なんかいないでしょ?普通、そういう人ってスーツ着てるじゃない。ちょび髭もあるし、チャップリンにめっちゃ似てるって言ってみんなと笑ってたんだか…
…どうしたの」
開いた口が塞がらない。立ち止まって、思わず頬を指で思いっきり引っ張った。
「な、何やってんのあんた」
ドン引きした顔がこちらを向いているけれど、俺はそれどころではなかった。
まさか。だって、あれは、
「ゆ、夢じゃないのか…?」
「夢ー?もしかして、まだ寝ぼけてる?」
目の前で手を振られても、俺は混乱したまま、ただ目を瞬かせていた。
「あ、でも、その館長さんの講演が、確か「夢について」じゃなかったっけ。
どうでもいいけど、早く…って、ちょっと!」
もしかして、もしかして、もしかして。
気だるかった胸が、今は笑えてくるほど躍動している。
もしまったく同じ人物だったら、なんて声をかけようか。
制止の声も聞き流して、俺は、太陽が芝生を眩しく照らす、昼下がりの丘を駆け下りた。