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古臭くても幾分豪華だった本館と比べて、こちらの内装は見た目通りの簡素な作りだった。空の受付カウンターを通り過ぎて、展示コーナーに向かう。
今まで眩しい日差しを散々浴びてきたから、この薄暗さに慣れるのはまだ時間がかかりそうだ。
一番最初に目に入ったのは、ショーケースの中に収まったいろんな展示品。
俺は首を傾げた。
正直に言って、どれもこれも、そこらへんのスーパーや雑貨店で売っているような、決して貴重な資料だとは思えないがらくたばかりだったからだ。
今にも壊れそうなおもちゃの汽車、色褪せて破れた文庫本、茶色く日焼けした封筒と手紙、清潔とは言えなさそうなボロボロのシャツ…
そう言えば、高校生の時に修学旅行で行った、原爆の資料館にもよく似ている。あそこにあった、命を落とした名もなき人々の遺品の展示に。
だとすると、これらも有名な人の遺品なんだろうか。
そう言えば、この博物館は、何のための博物館なのだろう。
一通り見て回って、はたと俺はそう思った。
そういえば、一体何の博物館なのかわからない。入口には書かれていなかったし。考えてみれば、おかしな話だ。何の博物館なのかわからなくては、誰も来ようと思わないではないか。
人はいないし、展示も統一性がなくてわけがわからないし。こんな博物館、世界の珍百景になってもおかしくなさそうだ。
「いらっしゃいませ」
最初の展示まで戻ってきたとき、前触れもなく背後から声をかけられた。
思わずみっともない悲鳴を上げて、振り返る。
男の人が、一人、立っていた。
燕尾服にシルクハット。昔の無声映画の登場人物が飛び出てきたのかと思ったぐらい、変わった格好だった。
「す、すいません、あの、勝手に入っちゃって」
「勝手に?何をおっしゃるやら。
ここは博物館ですから、お客様が出入りされるのはご自由ですよ。当館は、入館料も一切いただいておりませんので」
その人は、優雅な仕草でシルクハットを取ると、俺に向かって丁寧にお辞儀をした。
ぽかんとつっ立っていると、
「何かご質問がおありでしたら、なんなりとお聞きください」
そう言って、ちょび髭と金縁眼鏡の顔をにこやかに緩ませる。
黙っているのもいたたまれないし、このままさっさと立ち去るのも何なので、お言葉に甘えることにした。
「…ここに展示してあるのは、一体誰の資料なんですか?」
「そうですねえ…誰の、と申されましても」
彼は、少し苦笑して、
「ここには、たくさんの人の展示品がございますから、一つ一つ説明をしますときりがありませんねえ」
「そ、そうですか…」
「まあ、かいつまんで紹介をいたしますと、」
ゆっくりと、ショーケースの中に納まっている一番最初の展示を示す、燕尾服の男。
小さなレールの輪を延々と、カタコト走っているおもちゃの汽車だ。
「こちらは、「遠藤孝明」様の、幼少期に捨ててしまったおもちゃの汽車でございます」
「………?」
エンドウタカアキ?
俺は、今まで習ってきた日本史の記憶を片っ端から引っ張り出して、その名前と照合しようとした。けれど、駄目だった。まったく覚えがない。
「それから」
彼は俺の反応を待たずに、次の文庫本の展示に移っていく。
「これは、「佐藤かおり」様の持っていた、お気に入りの本でございます。著者は夏目漱石、かの有名な、「吾輩は猫である」ですね」
夏目漱石ぐらいは、俺も知っている。
でも、夏目漱石の資料というのならわかるけど、そうではなくて「佐藤かおり」という人の展示品らしい。ますますわからない。
「それから、この手紙は…」
「あのう」
俺は、彼の言葉を遮って尋ねた。
「「遠藤孝明」さんも、「佐藤かおり」さんも、そんなに有名な人なんですか?」