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自壊の王  作者: 嘆き雀
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前編 狂騒の宴

 忌み嫌う太陽が、赤黒い霧により薄れていく。人間がその霧に触れると発狂し、喉が枯れそうなほどの声量で音痴な歌や奇妙な踊りをしている。

 僕はその様をじっと見ていると、隣にいる母が何言か呟く。


「―――やっと?」


 僕はその言葉の一部を拾い上げる。


 母は誰もが見惚れるような、満面の笑顔を浮かべている。

 僕も見惚れた。初めて見た笑顔だった。


 *



 その日、人間の国が滅び、新しい国が誕生する。王は人間の天敵である吸血鬼で、僕の父親にあたる。


 王は自らの子を集めて教育し、男女関係なく競わせる。王になる前から様々な女に子種を仕込んでおり、成人から成人前の幼い子どもまでいた。

 六歳である僕もその対象だった。母は元人間と、父によって眷属化されているが、混じりけのない吸血鬼とは異なり半端ものと蔑まれる。それでもその子どもは教育の対象内らしい。


 太陽に隠れなければならない上、父がいないことから母との二人で貧乏にも懸命に生きてきた。苦労ばかりであったが母がいることで十分満足していた生活が一変し、僕だけ王城に放り込まれる。他の王の子どもと共に武芸や学問に励まされ、競わされた。


 なぜ競わせるのか。

 後継者探しか、人材探しか。


 その推測には半端な僕も後継者や優秀な人材と見なされることで、面白く思わない者が出てくる。大量にいる王の子どもから名誉にも選ばれて扱かれる。体格差や優れた吸血鬼の能力により、徹底的に死ぬ寸前まで遊ばれた。


 このままじゃ殺される。


 王の子を集めて教育し、競わせる。そんな場に僕が来たのは強制だったからで、母からの期待を一心に背負っていたためだ。

 逃げることはできない。母は今もただ一人で待ってくれている。でも、もう限界だ。


 死にたくない。だから、その前に僕が殺す。


 青あざが残る右腕で剣を握る。僕を丹念に遊んでくれた一人に狙いを定め、不意打ちで剣を振り下ろす。吸血鬼は再生能力を持っているため、丁寧に執念深く剣を何度も振り下ろし続けていく。悲鳴はいつのまにか聞こえなくなっていた。


 衝動的で短絡的な殺害。僕を虐め倒し、殺された吸血鬼の側にいたお仲間はいつのまにか遠ざかって唖然としているが、あと少し経てば怒りに染まり僕を殺してくるだろう。

 なりふり構わず死にたくない一心だった。時と場所は選ばなかったことで、お仲間以外にも衆目はあった。どちらにせよ捕らえられ、罰により死ぬ可能性は高い。



 王城の一角は、王の子どもの教育の場としている。城は王の住まいだ。王は城にいて、この殺害現場に遭遇してもおかしくはない。

 例え、これまで自らの子どもを、一度たりとも見に来たことがなくても。


 返り血に染まったまま棒立ちしていると、王がいるのを見つける。目が合うと、踵を返して去っていく。

 その後、父が側近に言いつけたらしい。僕を罰する必要はない、と。


 僕は生き残った。命を脅かされることも減った。王の子どもがお互いに殺しあいを始めたから。僕だけに構っていられなくなったから。

 僕を罪に問わないということは、王は殺しを認めるということだ。少なくとも王の子どもはそう解釈した。王の後継者になろうと、日々殺しあった。


 王は何を考えているのだろう。


 この狂騒の中でも、教育は受けさせられた。殺し合いをなしにしても、競わせることは続けられている。逃げることも相変わらずできない。

 僕は教育を受けて知識を蓄え、武芸を磨き、毒入りの食事で死にそうになり、僕以外の王の子どもの情報を積極的に集めて分析し、武芸の時間の打ち合いで叩きのめされて死にそうになり、突如始まった決闘に巻き込まれて何度も死にそうになり、部屋の端で影薄く潜んで先生の話を聞いたり、死にそうになったときに唆して別の王の子どもに矛先を変えたり、身の危険のため授業を欠席して王城内でかくれんほをし、誰もいない授業を真面目に受けて、先生を味方につけて隠れ場を確保し、剣の腕前を高め、全く伸びない吸血鬼の能力に希望をもって寝るまも惜しんで練習し、真っ正面から王の子どもを剣で殺し、五人までも減った王の子どもとの間で早々に興味ないと権力争いを放棄し、味方にならないと殺すと脅されて、徹底的に叩きのめした後はやりたいやつらで勝手にやれと捨て置き、捨て置いた奴が()の下につくと言い出して、俺は王になったやつの下につくと表明して、王の子どもはようやく好きなやつらで権力争いし、だが時々俺に刺客を差し向けるので迎え打つ。



 強制的に受けさせられ、いつしか生き残るために進んで受けていた教育は終えていた。その対価として国に報いるよう王城で勤めさせられる。長年の苦労にて逃げることはないとようやく認められ、王城外にも出られるようになる。


「いつまでもお待ちしておりました。おかえりなさいませ、スチュアート様」


 俺が行く場所は決まっていた。母の元だ。何年ぶりだろうか。数えてみると生年十六歳なので、母の元から離れて十年が経っていた。

 母が狂うには十分な時間だったらしい。スチュアートという名前は、吸血鬼の王にして俺の子種となった父と存在つけられる奴のことだ。


「ハッ」


 失笑がこぼれる。つまり、母は俺を王と勘違いした。狂っていると判断するには妥当な材料だ。悲しみ、怒り、失望、戦慄だろうか。数々の感情が渦巻き、訳が分からなくなるが、とにかく暗澹たる思いには変わりない。

 確かに、俺と王は似ていると言われる。だが、若さが違う。背が違う。体格が違う。目の形が違う。髪の長さが違う。声が違う。表情が違う。服が違う。好みが違う。考えが違う。感情が違う。能力が違う。強さが違う。


 俺は王だけでなく、母の血も流れている証左をこの身に持っている。それなのに、息子と気付いてくれない。父と認識し続け、感涙している。









































 気付いたら、母が死んでいた。


 首のところで、体が切断されている。


 血に濡れた剣を持っている。


 ()が。



 何があったのだっけ?





 母と話をした。


 ()は絶望した。憐れんだ。




 ああ、だから()は殺したのだ。


 父に囚われている母を解放するために。




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