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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

真面目ホラー

あざけ

作者: 七宝

  挿絵(By みてみん)

 ふぅ、けっこう歩いたなぁ。暑い暑い。アイスでも食いてぇなぁ。でもアイスなんてこんな山の中で手に入るはずないよなぁ。


 よし、エアアイスを食おう!


 俺の右手には、あずきバーが握られている⋯⋯


 俺の右手には、あずきバーが握られている⋯⋯


 ⋯⋯見える、見えるぞ!! あずきバーが見える!! ハハハ!!


 俺はエアあずきバーに齧り付いた。けっこう硬かったので、少し歯が痛くなった。

 でも美味いので食べ続けた。


 完食。ごちそうさまでした。


 ⋯⋯腹が冷えたな。よし、そこの草むらで野グソをしよう。


 ゆるめのうんちだった。


 エアあずきバーを食べて元気になった俺はまた歩いた。あいつを探してどこまでも歩いた。


 ある時、ガサガサ、と草むらから音がした。


 むむ、奴か! そう思って近づくと、何やら巨大な音を立てながら謎の物体がこちらに飛んできた。

 なにこれ、カナブン!? 驚いて後ずさりした俺はなにかに(つまず)き、後ろ向きに転んでしまった。


 いてててて⋯⋯と思いながら目を開けると、上から何者かの尻が迫ってきていた。この毛の量⋯⋯もしや、あいつか!


 そう思った瞬間『ぶりぶりぶりびぴやー!』と音を立てて大量の下痢便が俺の顔に降り注いだ。俺はあまりのショックに気を失ってしまった。








 目を覚ますと、俺は見知らぬ民家にいた。


「あら、目が覚めましたか」


 声のする方を見ると、俺と同じ30代前半くらいと思われる綺麗な女性が立っていた。

 そうだ、俺は気を失ってたんだ。この人が助けてくれたのだろうか。


「助けてくれたんですか」


「はい、山の中で倒れていたので」


「ありがとうございます、俺、森川川(もりかわかわ)っていいます。このご恩はいつか⋯⋯」


「気にしなくていいんですよ、森川川さん。今日はもう遅いので泊まっていってください。あ、私はゆうかっていいます」


 ゆうかさんっていうのか。素敵な名前だ。でもこれ以上お世話になる訳には⋯⋯


「いや、さすがに申し訳ないですよ」


「ダメです、泊まっていってください」


「⋯⋯そうですよね、夜の山道なんて危ないですもんね。ありがとうございます」


 なんて優しい人なんだ。


「そうですよ、万が一何かあったら取り返しがつかないですからね。そういえば森川川さん、あんなところで何してらっしゃったんですか?」


「ああ、実は俺、珍獣ハンターでしてね、人を900人殺した伝説のクマを追ってたんですよ。捕まえて食ってやろうと思って」


「ええっ!? あの山そんなのいるんですか!」


「いるんですよ。んで、探してたら急にカナブンが顔の近くに飛んできて、うわっ! ってなって後ずさりしたらつまづいて転んだみたいで⋯⋯」


「そんなやばいクマ探してるのにカナブン怖いんですか」


 だってあの羽の音、ブーンて! 今思い出しただけでもうおおっ、ゾゾゾ⋯⋯! なんて恥ずかしくて言えないな。


「まぁ、人並みに」


「面白い方ですね。で、カナブンに驚いて転んで、そこで気を失ったんですか?」


「うーん、どうだったかな⋯⋯あっ! そういえばその(あと)上からお尻が降ってきた記憶があります! めっちゃ毛がボーボーで、多分あれ雪男ですよ! 真夏の雪男ですよ! それか伝説のクマ! その恐怖で気を失ったんでした!」


 そう言った瞬間、頬に強烈な痛みが走った。ゆうかさんの般若のような顔が俺が見た最後の光景だった。








 いてて⋯⋯あ、しょんべんしてぇな。


 トイレ、トイレ⋯⋯ゆうかさん寝てるな。あ、娘もいるんだ。てことは結婚してるのか。エッチなこと期待してたけど、こりゃダメだな。


 でも旦那さん見当たらないな。今日は帰らないのかな? もしかして、母子家庭だったりする? だとしたら俺、ゆうかさんのお婿さんに立候補しちゃおうかな⋯⋯ぐふふ。


 ああ、トイレだった、漏れる漏れる⋯⋯


 トイレあった。玄関のすぐ近くなんだな。全部剥き出しって感じの木で出来てるなぁ。古い家なんだろうか。


 トイレも和式のボットン便所だった。小便のビタビタという音が静かな家に響く。


 15分くらいかけて大量の小便をした俺は、洗面所がどこか分からなかったので、手を洗わずに戻ることにした。その時だった。


 コンコン


 玄関を叩く音がした。こんな夜中に来客か? 時計を見てみると、すでに12時を回っていた。


 一応出てみるか。


「はーい」


 俺は戸を開けずに対応した。


「ワシだ。(くそ)をしに来てやったぞ」


 ⋯⋯?


 は? 何このじじい。


 ゆうかさんの知り合いか? こんな夜中に? もしかしてトイレ借りに来たのか? だとしたら態度デカ過ぎない?


「あの、どちら様ですか?」


「神だ」


 ⋯⋯?


「ゆうかさーん、なんか変なじじいが!」


 訳が分からなかったので寝ているゆうかさんを起こすことにした。


「人参なんて英語喋れりゃ十分なんよむにゃむにゃzzZ⋯⋯」


 起きてくれない。


「ゆうかさん、起きてください!」


「あれ? 鼻なくね? ⋯⋯鼻なくね!?」


 これもう起きてるだろ。


 コンコン


「糞が漏れる」


 知るか!


「ゆうかさん、トイレ貸してほしいって人がいるんですけど、入れちゃっていいですか!」


「⋯⋯⋯⋯(せみ)


 せみ?


 バンバンバンバン!


「はよせんかぁーっ!」


 漏れそうじゃん! 早く入れてあげないと! と思ったけどなんなんだあの態度、腹立ってきたわ!


「えっ! なになになに!?」


 やっとゆうかさんが起きた。俺の声よりじじいの玄関バンバンの方が響いたのだろうか。


「でも夕方からチンパンジー⋯⋯zzZ」


 寝言だったの!?


 バンバンバンバンバンバンバンバン!!


「おい! おい! 開けろーっ!」


 じじいも必死だな! もういいわ、開けるわ! 家の前でうんこ漏らされても嫌だからな!


「はいはい、今開けますからもう少しだけ我慢してくださいねー!」


 ガラッ


 玄関を開けると、ピンク色の巨大な帽子を被ったムキムキのじじいが立っていた。全裸だった。


 じじいは尻を締めたままチョコチョコ歩きで家の中に入ると、俺の方を見て言った。


「誰じゃお前は」


 お前が誰だよ!!!!!!


 いや待てよ、さっきから「ワシだ」とか言ってたし、やっぱりゆうかさんの知り合いなのか? もしかして旦那? だとしたら俺の方が相応しいだろ! ていうかこいつ裸なんだけど、マジでなんなの!?


「誰だと聞いている」


 じじいの雰囲気が変わった。干からびた梅干しのような顔に刻まれた無数の皺が、一気に眉間に集まったのだ。


「珍獣ハンターのマッスル森川川(もりかわかわ)ですけど⋯⋯」


「名前を聞いているんじゃない! ゆうかとの関係を聞いているんだ!」


 やっぱ知り合いなんだ! あ、もしかしてお父さん?


「新しい亭主か?」


 ん?


「いや、違いますけど」


「付き合っているのか? ならお前でもいい」


 えっ、なに? なになに?


「お前、ワシの糞を食え」


「はぁ!?」


 なんなんこいつ! 頭おかしいだろ! こんなやつがあんな綺麗で優しいゆうかさんの知り合いなわけないわ! こいつが一方的にゆうかさんを知ってるだけで、こいつはただのヤバいやつなんだ! そうに違いない!


「出てけじじい!」


「なんじゃと? お前、ワシが誰だか分かって言っているのか?」


「えっ」


 やっぱゆうかさんのお父さん?


 認知症とかになって、すっ裸で深夜徘徊しちゃってて、今戻ってきたとか⋯⋯? だとしたら俺めっちゃ失礼なこと言っちゃったじゃん!


「先程は失礼いたしました、どうぞお上がりください」


「ん? ああ、分かればよろしい」


 頭に疑問符を浮かべたような表情で家に上がるお父さん。


 ゆうかさんの眠る寝室に歩を進めるお父さん。ゆうかさんとその娘を見た途端、目付きが変わった。


「ワシが来たというのに⋯⋯起きんかバカども!」


 何を思ったのか、じじいがゆうかさんの腹を蹴り上げた。すぐに止めたが、ゆうかさんは腹を押えてうずくまっている。


「なんじゃゆうか、痛いのか?」


 痛いに決まってるだろ。ふざけんなよボケ老人が。


「いえ⋯⋯痛くないです⋯⋯」


 ゆうかさんが力なく答えた。

 なんなの? このじじい何者?


「糞をしに来てやったぞ、娘を起こせ」


 ゆうかさんはこくりと頷き、隣で眠る娘の肩を叩いた。


「みよこ、起きて」


 みよこというのか。


「3人そこに並べ」


 え? 俺も?


「森川川さん、来てください」


 分かんないけど、ゆうかさんが言うなら⋯⋯


 俺は2人の隣に行き、正座した。


「誰からがいい」


「私からで!」


 ゆうかさんが元気に声を上げた。何が何だか分からない。


「そうか、では、来い」


「はい!」


 そう言うとゆうかさんは、仁王立ちをしているじじいの股の(あいだ)に入り、上を向いて口を開けた。


 おい、もしかして⋯⋯


「ふんっ!」


 ぶりぷっ


 小さめの便がひとつ、ゆうかさんの口に落ちた。ゆうかさんはそれを咀嚼し、美味しそうに食べ進めている。


 ⋯⋯夢か? なんなんだこの光景は。さっきまで普通に会話していたゆうかさんが、正体不明のピンク帽子じじいの糞を食べている。意味が分からない。


「次あたい!」


 みよこちゃんが手を挙げた。マジで?


 ゆうかさんと同じように股の下に入り、第2弾を口に含むみよこちゃん。目の前で起こっていることが理解出来ないのと臭いがひどいのとで、吐き気を催してきた。


「最後はお前じゃな」


 俺も!?


 え、どうすればいいの?


「ゆうかさん⋯⋯」


 俺は(すが)るような目でゆうかさんを見た。


「遠慮なさらずに」


 口のまわりを黄土色にしたまま、彼女は微笑んでいた。


 やばいところに来てしまった。こんなとこ、泊まらなければよかった。そんな後悔が頭を埋め尽くす。


「おかわり!」


 みよこちゃんが叫んだ。


「おっ、もっと欲しいか! よーし、そーれっ! ふんっ!」


 ぶびりぽっ!


 第3弾は、みよこちゃんの顔を覆い尽くすほどの量だった。


「すまんの君、全部出してしもうた。残り物で申し訳ないのじゃが、コップに尿を摂っておいた。後で飲むといい」


 じじいはそう言うと、尻も拭かずに家を出ていった。


「うぅ⋯⋯うぅ⋯⋯」


 糞まみれになったみよこちゃんが泣いている。もしかして、おかわりしたかったんじゃなくて、俺を助けてくれたのか?


「目にしみるぅ⋯⋯」


 しみてただけかい。


「みよこ!」


 ゆうかさんが怒鳴った。昼間に俺をひっぱたいた時と同じく、般若のような顔をしている。


「あんたって子はぁ! ダメじゃないの!」ビタン!


 ゆうかさんが糞まみれのみよこちゃんの頬を勢いよく(はた)いた。


「せっかく! しげおさまが! 森川川さんの分も! 用意して! くれたのに! あんたって子はぁ!」


 何度もビンタするゆうかさん。止めたいけどじじいのうんこに触りたくなかった俺は、見ていることしか出来なかった。


 あのじじい、しげおって名前なのか。様って⋯⋯


「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」


 まっ茶色の顔で必死に謝るみよこちゃん。俺にうんこを渡さなかったことで怒られているのだ。意味が分からないが、とりあえず俺は要らなかったということだけ伝えておくことにした。


「あの、俺は別にうんちは要らなかったんですけど」


「えっ!? そうなんですか⋯⋯?」


「なので、みよこちゃんのことを許してあげてください」


「森川川さんがそう言うなら、分かりました」


 そう言ってゆうかさんはみよこちゃんの顔を舐め始めた。いや、洗えよ。


 ゆうかさんが舐め尽くしてピカピカになったみよこちゃんを、俺は洗面所に連れていった。洗面所はトイレと真逆の方向にあった。


「痛かったね、みよこちゃん。ごめんな⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 鏡にゆうかさんが映った。満面の笑み、という感じだった。


「大丈夫だよおじさん、ぜーんぜん痛くないから!」


 みよこちゃんは俺の方を向いて笑ってみせた。俺おじさんなんだ。32っておじさん?


「痛くないわけないだろ?」


「だいじょーぶだいじょーぶ!」


 Vサインまでしているが、みよこちゃんの頬は真っ赤になっていた。

 日常的な虐待を疑った俺は、後ろにいるゆうかさんに説教をすることにした。


「ゆうかさん、あなたの教育は間違ってる」


 俺がそう言うと、みよこちゃんが俺の服の裾を引っ張って言った。


「おじさん、あたいは大丈夫だから」


 一人称あたいなんだ。


「大丈夫なわけないだろ? これまでもやられてたんだろ?」


 おそらく7歳くらいの、こんな小さな子をあんなにぶつなんて。


「それが大丈夫なんですよ。この子の痛みは全部〈いずみさま〉が引き受けてくださるんですから。大丈夫よね? みよこ」


「うん、ぜんぜん痛くないよ! だいじょーぶ!」


 ゆうかさんもみよこちゃんも、2人とも笑っている。なんだか気持ち悪いな、と思った。


羊羹(ようかん)の網焼きzzZ⋯⋯」


 ゆうかさんが突然寝た。網で焼いたら溶けて全部落ちちゃうだろ。


「ゆうかさん、ちゃんと布団で寝てくださいよ、ゆうかさん、起きてください」


 なんで客の俺がこんなことを⋯⋯


「ママたまに立って寝てるから、大丈夫だよ」


 忍者かよ。


「あたいも眠い、おやすみ〜」


 みよこちゃんは1人で寝室のほうに歩いていった。

 ゆうかさん本当にこのまんまでいいの? 洗面所は電気消していいの? いや、夜中に急に目覚めた時真っ暗だと危ないから点けておくか。


 めちゃくちゃ寝たはずの俺もやたら眠たかったので、みよこちゃんに続いて寝ることにした。


 この家は真っ暗で寝るんだな。俺の家は真っ暗だと怖いから豆にして寝てたなぁ。


 今日は疲れたなぁ、脳がびっくりしてるよ。あぁ眠い、眠⋯⋯鼻クソそぼろ丼⋯⋯むにゃむにゃ⋯⋯zzZ








 いてて⋯⋯あ、左足にみよこちゃんが噛み付いてる。なんか俺目覚める時「いてて」ばっか言ってない?


(から)っ! ぺっぺっ! なんじゃこりゃあ!」


 みよこちゃんも起きた。俺の足そんなに辛いの?


「牛乳牛乳牛乳〜!」


 そんな辛いの?


「みよこ〜、朝からどうしたの〜?」


「おじさんの足が辛くて辛くて」


「食べたの?」


「朝起きたら口の中に入ってたの」


「入れられたの?」


「分かんない」


 なんか不穏じゃない?


「森川川さん、あなた夜中に娘に何かしました?」


 疑われているのか。


「何もしてませんよ。朝起きたら足を噛まれていたんです。それだけです」


「⋯⋯変態」


 えっ!?


「ちょっとゆうかさんそれはないですよ!」


「いやだって普通の寝相じゃそんなふうには⋯⋯」


「ああーっ!」


 みよこちゃんの叫び声と、何かが落ちるような音がした。


「みよこ!」


 ゆうかさんが飛んでいった。気になったので俺も見にいくことにした。

 キッチンに入ると、みよこちゃんを中心に床が真っ白になっており、その白い水溜りの(ふち)に、牛乳のパックを持ったゆうかさんが立っていた。


「なにやってんのよあんた!」ビタン!


 またビンタだ。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 泣きながら謝るみよこちゃん。


「床が傷んじゃうじゃないの!」


 そう言ってゆうかさんがみよこちゃんの腹を蹴った。みよこちゃんは軽く吹き飛び、壁に打ち付けられた。

 それを見て、俺の頭の中でプツンと何かが切れた音がした。


「なにしてんだ!」


 いつの間にか俺はゆうかさんにつかみかかっていた。彼女の上に馬乗りになり、動けないようにした。


「いつの時代の教育だよ!」


 俺は力の限り叫んだ。


「昨日も言いましたけど、大丈夫なんですって。森川川さん、早くどいてください」


 いずみさまってやつの話か? 大丈夫なわけないだろ。バカじゃねぇか。


「なら、今から俺があんたの顔を殴っても大丈夫なんだよな? 痛くないなら怒ったりしないよな?」


「痛くありませんし、怒りませんよ。どうぞ好きなだけ殴ってください」


「⋯⋯⋯⋯!」


 助けてくれたから良い人だと思っていたが、この人は完全に狂っているんだな。説得を諦めて、警察に通報しよう。


 ゆうかさんの上に乗ったまま、ポケットからスマホを取り出す。


「なんですか、それ」


「通報するんだよ」


「⋯⋯⋯⋯?」


 バカなのか?


 俺は110番を入力し、通話ボタンを押した。


『圏外です』


 ファッ!?


「ゆうかさん、ここ圏外なのか?」


「けん⋯⋯がい?」


 バカなのか?


 じゃあ固定電話だ。


「電話はどこだ!」


「でん⋯⋯わ?」


 いやさすがにそれはおかしいだろ。


 もういいや、みよこちゃんを連れて交番に行ってやる!

 俺はゆうかさんをダイニングテーブルの脚に縛りつけ、みよこちゃんを(かか)えて家を出た。


 家を出ると、田舎!!!!!! という感じの景色が広がっていた。村!!!!!! という感じもする。


 すぐ近くにあの山もあった。が、この村はデカい柵で囲まれているようで、出られなくなっていた。ひどくね?


「おじさん、あたいは大丈夫だから」


「大丈夫なわけあるか! 殴られてうんこ食べさせられる子どもがどこにいるんだ!」


「うんちはみんな食べてるよ?」


「えっ?」


 俺は耳を疑った。


「なんで?」


 マジでなんで?


「しげおさまのうんちを食べると元気になるんだ! ごりやくっていうのがあるの!」


 あんなふざけたじじいのうんこにご利益(りやく)が? この村、おかしいな⋯⋯


 しばらく歩くと『村役場』と書いてある建物を見つけた。見た目はゆうかさんの家とあまり変わらないが、役場と書いてあるのでとりあえずここに相談しよう。


「すみませーん!」


 インターホンもないなんて。


「はい、どうされました? ⋯⋯あなた、どちら様ですか?」


 中から50代くらいの男性が出てきて言った。


「珍獣ハンターのマッスル森川川(もりかわかわ)です! この子を保護しました!」


「珍獣ハンターのマッスル⋯⋯? 分かりました、とりあえず中へどうぞ」


 中もあんまり綺麗じゃなかった。なんとなくうんこの臭いがした。


「お話を伺いましょう」


 男性が紅茶とお菓子を出してくれた。そういえば、こういうものはどこで手に入れているんだろうか。

 とりあえず今はみよこちゃんのことが優先だ。


「この子、母親に虐待されてるんです」


「失礼ですがあなた、この村の方じゃありませんね?」


「そうですが、それは今は関係ありません。この子を助けてあげてくれませんか?」


「ああ、もちろん引き取りますよ。で、あなたはこれからどうするおつもりですか?」


「普通に帰りますけど」


「あの柵が見えていないんですか?」


「見えてますよ。開けてください」


 役場の人だし、この人なら開けられるだろう。


「はっはっは」


 男性は急に笑いだした。お前、明らかに笑うタイミングじゃないだろ。


「何もご存知ないんですね、あなた」


「えっ」


 なに? どゆこと? ヤバい感じ?


「この村に入ったら、2度と外には出られないんですよ」


「そんなの聞いてないですよ!」


 ひどすぎない? なんでいきなりこんな意味の分からない村に連れてこられて、出られませんって言われなきゃなんないの?


「そういうことなんで、どうします? うちに住みますか?」


 え、住まわせてくれるの? いや、でも帰りたいんだけどな⋯⋯


「おじさん、トイレ行きたい」


「行けば?」


「1人じゃ怖いの」


 そんな小さくないだろ。と思ったが仕方がないのでついて行くことにした。


「そこをまっすぐ行って、右に曲がって、また右に曲がって、まっすぐ行って、また右に曲がって、3回ジャンプしてください。そしたらトイレが開きます」


 めんどくっさ。


「漏れる!」


 なんでギリギリになってから言うかな。なんて言っている余裕もなかったので、みよこちゃんを抱えて男性の言った道順で走った。


「おじさん」


「なに!」


「実はあたい、おしっこはしたくないんだ」


「なんそれ! トイレ行きたいって言ったから来たのに!」


「しーっ! あのおじさんもダメ、私たちの敵だよ」


 どういうことだ?


「みよこちゃん、詳しく」


「とにかくこのまま外に出て!」


 なんか分かんないけど外に出ることになりました!


 出口が分からなかったので、俺はそのへんの壁を珍獣ハンターのマッスルパワーで破壊して外に出た。


「おじさんすごい! そんな力があったの!?」


「珍獣ハンターは全員これくらいは簡単に出来る」


「す、すギョい⋯⋯」


 さかなクン?


「そういえばみよこちゃん、ずっと『大丈夫だから』って言って遠慮してたけど、やっぱりあれはお母さんの前だから言ってただけなのか?」


「お母さんだけじゃないの。この村はみんな狂ってるの。だから無闇に人を信じちゃダメなの。でもおじさんは私のためにこうして頑張ってくれたから、信じてもいいかなって」


 照れる。


「他の子もみんな逃げ出したいと思ってるのか?」


「分かんない。もしかしたら、あたいだけかも⋯⋯」


 他の子は洗脳されているのだろうか。


「みんな狂ってるってことは、この村のヤツらは全員敵ってことか?」


 もしそうならどうしようもないじゃん。


「村人はそうなんだけど、おじさんみたいに外から来た人たちが住んでるところがあって、多分そこは大丈夫。ママからは『あそこの人たちは危ないから絶対に近づいちゃダメ』って言われてたけど」


 そんなスラム街のような場所が⋯⋯


「案内してくれ」


「あいよ!」


 寿司屋の大将みたいだなぁ。

 そんなことを思いながら、みよこちゃんの言う場所へ向かって俺は走った。








「ようこそ、あなたも『外』から来たんですな。そのへんに自由に寝転がってくだされ」


 痩せすぎて年齢が分からない老人が迎え入れてくれた。

 そこは屋根のない、ゴミまみれの廃墟だった。


「はい、外から来ました。よろしくお願いします」


 ミイラのようにやせ細った腕と握手をし、挨拶を済ませた。


「みよこちゃん、すごい所だな」


「うん、思ってた以上にすごい」


 辺りを見渡すと、ざっと20人ほどの仲間がいた。彼らは全員ボロボロで、何日も風呂に入っておらず、何日も食べ物を食べていないというような見た目をしていた。


「こんなところで生きていけるのだろうか⋯⋯」


 みよこちゃんが隣にいるにもかかわらず、つい弱音を吐いてしまった。


「生きていけなくってもいいもん!」


 いやダメだろ。


「そんなこと言っちゃダメじゃないか」


「ううん、本当にいいの。だって、ここにいれば痛くないから⋯⋯」


 やっぱり痛かったんだ。あれを毎日やられていたのかと思うと胸が痛くなった。


「それに、おじさんと一緒にいられるのなら、あたい⋯⋯」


「昨日会ったばかりなのに、そんな、照れるんだけど」


「会ったばかりとか関係ないよ。おじさんはあたいの王子様なんだ。初めてあたいを助けてくれた人だから」


 王子様! 32年生きてきて初めて言われたよ! 王子様て! 照れるわ!


 にしても、本当に閉ざされた世界なんだな、ここは。俺みたいなやつが1回も現れなかったなんて⋯⋯


「だからあたい、おじさんと一緒に死ぬのなら本望だよ! きゃっ、言っちゃった! はじゅかちっ!」


 いまいちキャラが掴めんな。だがとりあえず、こいつの言ってることは間違ってる。


「俺は死ぬつもりはねぇよ、必ずお前と一緒に逃げ出してやる」


「え、さっきまで『みよこちゃん』って呼んでくれてたのに⋯⋯」


「あれはお前がよその子だからそう呼んでただけだ。今はもう大事なお姫様だからな」


 王子様って言われた仕返しだ。恥ずか死ね!


「ボッ⋯⋯!」


 みよこは顔から火を吹き、茹でダコのようになってその場に倒れた。ついに俺にも春が来たか⋯⋯と言いたいところだが、残念ながらこの子は子どもだ。ってこんなヤバい状況で何考えてんだ俺は。


「あの、逃げ出すって言葉が聞こえたんですけど⋯⋯?」


 先程のガリガリの老人がみよこが意識を失ったタイミングを見計らったかのように話しかけてきた。


「言いましたけど?」


「無理ですよ」


「みんなで力を合わせて作戦立てて、あいつらをマッスルパワーでぶっ飛ばせば解決じゃないですか」


「なんちゅー脳筋な⋯⋯ついて来なされ」


 骨と皮だけの(からだ)を器用に動かし、トコトコと瓦礫の中を進んでいく男性。


「いや、見てないでついて来てくだされ」


「すみません」


 なんかぼーっとしてたわ。


 男性は俺を大きな壁の向こう側に案内した。


「見なされ」


 一瞬、叫びそうになった。


 無数の人骨と、腐りかけの死体の山があったのだ。


「これって⋯⋯!」


「『外』から来た人たちの成れの果てじゃよ」


「な、何百人いるんですか! こんなの外の人たちが騒がないわけないでしょ!」


 大々的なニュースになるはずだ。そもそもなんなんだこの村は、こんな死体置き場があるなんてどうかしてるだろ。


「ほとんどは山から来た人たちでしてな、外では彼らは山で行方不明になったとか、猛獣に骨ごと食われたとか言われているそうで、この村のことは一切表に出んのじゃ」


 人を食べる猛獣⋯⋯もしかして、あの伝説の殺人グマのことか!? じゃあ俺が追ってたのはただの噂だったってことか!?


 あんな噂信じなきゃここに連れてこられることもなかったってことか。なんて不運だ⋯⋯

 いや、そうでもないか。俺がここに来たからみよこは助かるかもしれないんだ。そう考えると運が良かったといえるだろう。一生虐待なんて、かわいそすぎるからな。


「この死体たちは餓死だけじゃない。奴らに殺された者もおる。そういう事じゃ、無謀だと分かったじゃろう」


 この人たちは俺よりマッチョだったのだろうか? もし俺がこの人たちの中で1番のマッチョだったとしたら、マッスルパワーでなんとかなるかもしれないだろう。


「無謀だとして、何もせずに餓死するんですか」


 マッチョと細マッチョの力を合わせれば出来ないことはないはずなんだ。珍獣ハンターとして生きてきた俺にはそれが分かる。


「神に祈るのじゃ。それだけが我々に残された唯一の希望なんじゃ」


 俺は無神論者だ。当然神などいない。俺の筋肉こそがすべてだ。


「もう諦めてるってことですね。分かりました。俺たちだけでやります」


 突き放すような言い方になってしまったが、祈っているだけで助かったケースなど今までにあっただろうか。技術を磨いてきた人々が勝ってきたのではないだろうか。俺は神より筋肉を信じる。


「諦めてなどおらん!」


 男性は私を睨んで怒鳴った。どういうことだ?


「神はいらっしゃるのだ」


 ああ、こいつもヤバいやつなんだな。はやく離れたいなぁ。


「今のこの村の神のことは知っておるか?」


 神⋯⋯あ、確かあのじじいが「神だ」って名乗ってたな。でもあれはただのふざけたじじいだよな、これは言わないでおこう。バカだと思われるから。


「知りません」


「そうか、ならばそこから説明せねばなるまい」


 別にいいんだけどな。神様の話は小学生の頃留守番してる時に訪問してきた変な宗教のおっさんに聞かされまくってたから、マジで飽き飽きしてんのよ。


「この村には〈しげおさま〉と〈いずみさま〉と呼ばれる神がおるのじゃ」


 しげおさまってあのじじいだよな。本当に神なのかよ。いずみさまもなんか名前だけ聞いた気がするな。


「といってもこやつらは神を名乗っておるだけのただの人間じゃ」


 そうだろうな。うんこしてたもん。


「この村では〈しげおさま〉は人々に力を与え、〈いずみさま〉は人々のあらゆる苦痛を肩代わりしてくれると言われているのじゃが」


 だからみんなうんこ食べてたのか。別にうんこにしなくてもいいのに⋯⋯鼻くそとかだったらまだ抵抗薄いからさぁ。いや、もちろん嫌だけどね? 特に人の鼻くそなんて寒気がするわ。


「50年ほど前までは別の神がおったようなんじゃ」


 ん?


「よう、といいますと?」


「この村の文献を漁っている時にチラッと見たんじゃが、〈しげおさま〉と〈いずみさま〉が現れるまでは、この村は預言者(よげんしゃ)がリーダーを務めていたようなんじゃ」


 預言者⋯⋯神様の言葉を伝えるってやつか。俺は信じてないけど。


「その文献は今どこにあるんですか?」


「それが、役場の人間に見つかって燃やされてしまったんじゃ」


 役場の人間がそんなことを⋯⋯みよこを渡さなくて本当によかった。


「おじさーん!」


 みよこが走ってきた。


「おじさん! 急にいなくならないでよ! ⋯⋯なにこれぇ! ぎぃやぁ〜〜〜〜〜!」


 大量の死体を見たみよこはショックで気を失ってしまった。


「「森川川(もりかわかわ)さん!?」」


 突然後ろから俺を呼ぶ声がした。なんか二重に聞こえた。


 後ろを向くと、同じ顔の青年が2人立っていた。もしかして俺、酔っ払ってる?


「あなたは⋯⋯?」


 ちょっと分かんないので聞いてみた。


「あっ、すみません! こっちが名乗らないのは失礼ですよね!」


 右側の青年が言った。どうやら俺は酔ってはいないようだ。ということは同じ顔の人間が2人いるということになる。酔ってたほうが現実的じゃないか!


「僕たちは双子の珍獣ハンター、フンボッポーズです! いつもテレビで見てました!」


 フンボッポーズ、知らない名前だが、いつもテレビで見てくれていたというのは素直に嬉しいな。


「僕が兄の祐介(ゆうすけ)で、こっちが弟の」


「ホモラッシーボーボーチンです!」


 えっ?


「ごめん、弟くんの名前もう1回聞いていい?」


「ホモラッシーボーボーチンです!」


 兄が祐介だったから弟は宗介とか俊介とかかと思ってたけど、よく考えたら似たような名前に揃えなきゃダメなんて決まりはないもんな。危うく本物の双子を前にして偏見を言ってしまうところだった。


「俺はマッスル森川川だ、よろしくな!」


「すげー! 森川川さんの生自己紹介だぁ!」


「最高の記念になりました! ありがとうございます!」


 嬉しいねぇ。


「それにしてもなぜ森川川さんがここに?」


「お姫様の助けを求める声が聞こえたんでね、来ちゃったよ」


 さすがに見栄張りたいからね。


「かっけぇえええええ!」


「一生ついていきます!」


 そうだ、俺のファンだったら何か協力してくれるかもしれないな。


「なぁ2人とも、一緒にここから脱出しないか?」


「え⋯⋯そりゃ脱出したいですけど」


 ん?


「無理なんですよ、絶対に⋯⋯」


 テンション下がりすぎだろ。なんなんコイツら。


「絶対なんてものはこの世にないだろ?」


「この村の警備はとてもハイテクで、アリ1匹逃がさないくらいの勢いで電撃が飛んでくるんです」


 なんちゅーこった⋯⋯


「分かったら諦めてください。あなたの死ぬところなんて、僕たち見たくないです」


 2人とも俺の事を心配して⋯⋯名前なんだったっけ。ブンボッピーズ? ビンビッポーズ?


「おじさん!」


 みよこが起きた。


「なんだ」


「お腹へった!」


 そういえば俺も腹がペコペコだ。ずっと何も食ってなかったからなぁ。こいつも夜中にうんこ食べたきりだし、そりゃ腹も減るよな⋯⋯


「森川川さん、ここには食べ物はありませんよ」


 祐介(多分)が言った。


「お前たちは何を食べて生きてるんだ?」


「ゴミです」


「そんな⋯⋯!」


「それか、食べ物を盗むかですね」


 盗みなんて、俺の筋肉道に反するようなことは絶対に出来ない。ゴミか⋯⋯


「いいよおじさん、あたいはおじさんと一緒ならなんでも美味しいよ」


 みよこ⋯⋯


「俺はゴミ食べたくないんだけど」


「えっ」


「えっ」


「そ、そうだよね⋯⋯じゃあ、あたいも我慢する!」


「ごめんな、みよこ」


「謝らないでよおじさん! あたいは今、人生で1番幸せなんだからさ! おじさんとなら何日でも耐えられるよ! っておじさん、なに泣いてんの!」


 みよこの今までの人生を思うと、涙を堪えることが出来なかった。


「泣いてねぇよ、もう寝るぞ!」


「まだ早いよー!」


「空腹は寝れば忘れるから、腹が減った時はとにかく寝るんだ!」


「おじさん、天才!?」


 そんなこんなで俺たちは無理やり寝ることにした。ゴミの中は臭くて硬かったが、俺は珍獣ハントで慣れていたため、なんの問題もなく眠ることが出来た。

 みよこは時々「河童(カッパ)の肉は親子丼が至高」とか言いながらとても幸せそうな顔をして寝ていた。

 河童の親子丼ってどうやって作るんだよ。そもそも河童があんまりいないのに、ましてや卵なんて見たことないぞzzZ⋯⋯








「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯あぁっ⋯⋯」


 どこからか聞こえる色っぽい声に目を覚ますと、隣でみよこが喘いでいた。


「なにやってんだよ」


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」


 頬を赤らめて甘い吐息を漏らしている。


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯寒い⋯⋯」


「寒い!? 真夏だぞ?」


「熱があるんじゃないですか?」


 ホモラッシーボーボーチン(多分)が教えてくれた。そうか、俺の隣で寝たから興奮したんじゃなくて、ただ単に風邪っぽいのか!


 みよこの額に手を当てると激痛が走り、手のひらから『ジュ〜』という音がした。


「100度はありそうですね」


 祐介(多分)が言った。


「風邪かぁ、どうすっかなぁ。ここ、医者とかいないの? どこ連れてけばいい?」


 俺は2人に聞いた。


「医者はいません。どこにも連れて行っちゃダメです」


 は?


「なんで? このままだと最悪死ぬかもしれないだろ?」


「そうです。終わりなんです」


 なんかこいつら、俺の敵っぽくない? 邪魔ばっかしてない?


「なにが終わりなんだよ」


「病気になったら終わりなんです。この村の子たちは病気になっちゃダメなんです。痛がっちゃダメんです」


 痛がっちゃダメだと⋯⋯?


「もしかして、あの〈いずみさま〉ってやつが関係してるのか?」


「はい。この村では痛みや苦しみを感じるということは、〈いずみさま〉のご加護を受けられていない、つまり邪悪な心があるとされているんです」


「んなアホな」


「こんな村で『邪悪な心』認定を受けたらどうなるか、分かりますよね」


「⋯⋯⋯⋯」


 殺されるとでもいうのか? ふざけた村だ。


 一刻も早くこの村を脱出して、町の病院に連れていかねば⋯⋯


「2人とも、俺は今からみよこを連れてここを脱出する。協力してくれるか?」


「昨日言ったじゃないですか。無理ですってば」


「なにか作戦でもあるんですか?」


「この村のボスをぶっ殺して、なんらかの方法で外に出る! あいつらは食べ物をどこからか仕入れているはずだ。必ずどこかに抜け道はある!」


 4分間に渡る説得を終え、俺は2人の仲間を手に入れた。


「祐介、ホモラッシーボーボーチン、頼むぞ!」


「「イエッサー!」」


 元気に応えてくれた。


「んで、ここのボスって誰だ?」


「しげおさまですね」


「いずみさまは? そっちは倒さなくていいの?」


「いずみさまは見たことないんで、気にしなくていいんじゃないですかね。存在自体怪しいです」


 なんじゃそら。ずいぶん適当な神様ごっこだなぁ。


「じゃあそのしげおをぶっ殺そう。しげおがどこにいるかは分かるか?」


「分かります! ただ、しげおさまは武器を持っています。ピストルとかナイフとか⋯⋯」


「大丈夫大丈夫、この俺のスピードがあればピストル避けるなんて朝飯前よ」


「かっけぇえええええ!」


「一生ついていきます!」


 ということで俺たちはゴミ溜めを出発した。


「おじさん、あたい、おじさんがいい⋯⋯」


 2人に抱っこさせていたみよこが言った。


「俺は俊敏に動いてヤツを仕留めなければならない、少しの間我慢しててくれないか?」


「うぅ⋯⋯分かった⋯⋯あとでいっぱい抱っこしてね」


 子どもだなぁ。マジで子どもやん。そして俺は大人。かっこいい所を見せるべき立場。


「ああ、約束するよ」


 怪しまれないようみんなでうろ覚えの白鳥の湖を踊りながら歩いた。その中で祐介が足を捻ってしまった。


「大丈夫か?」


「もちろんです! ⋯⋯ぐっ! 森川川さんのために働かせてください!」


 痛そうだけど、まあ大丈夫か。外出たら病院行けよな。


「そういえば、いずみさまのご加護を受けられないとどうなるんだ?」


「いずみさまにされます」


 ⋯⋯?


「どういうこと?」


「しげおさまは地上、いずみさまは地下の守り神なのですが、邪悪な心を持った人はいずみさまになって改心しなきゃいけないんです」


「なんで? ていうか、〈いずみさま〉っていうあのじじいみたいなババアがいるってことじゃないの? 他の人がなれるもんなの? 改名するの?」


「いや、そこまでは知りませんよ。僕たちにそんなに聞かないでくださいよ。ただ、痛がったり苦しがったりすると地下に連れていかれるってことです」


「ひどい話だ。だから皆自分だけ仲間外れだと思われたくなくて、痛がらないのか」


「そうですね、全員が騙し合ってる感じです」


 そんな会話を交わしていると、やがてしげおの家に着いた。要塞のような見た目をしている。


「潜入しよう」


「「イエッサー!」」


 従順な部下を持つとこんなに楽しいんだなぁ。


 要塞の入口は簡単に開いた。


 家の中に入ると、高級そうな宝石やネックレス、指輪などがビッシリと並んでいた。

 リビングらしき場所には巨大なテレビが置いてあり、ソファーも信じられないほどにふかふかだった。


「眠くなってきますね⋯⋯」


「ふぁ〜あ」


「寝るなよ」


 この双子はすぐに俺の邪魔をしようとするな。こういうタイプは本当に嫌いだ。でもあと少しのことだから、我慢するしかない。

 多分こいつらは外に戻っても全然仕事出来ないタイプだな。


「森川川さん!」


「なんだ、あんまり大きい声出すな」


「これ多分黒毛和牛ですよ、しかもA5ランクだと思います」


「お前冷蔵庫の中漁ってんじゃねぇよ」


 マジでなんなのこいつら。あいつピストル持ってんだろ? 緊張感なさすぎだろ。


 ギュンン⋯⋯ギュンン⋯⋯!


 変な音が!


 音のする方を見てみると、ホモラッシーボーボーチンがフードプロセッサーでなにかやっていた。


「これ、餃子界に革命が起こりますよ! 手がギトギトにならない!」


 フードプロセッサーの中には餃子のタネのようなものが見える。なんでこいつ餃子作ってんの? 誰か説明してくれる?


 プシュッ!


 なんだ! なんの音だ!


「くぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」


 祐介がビールを飲んでいた。


「お前らいい加減にしろ!」


「はーい」


「すいませーん」


 なんなんこいつら。緊張感なさすぎるだろ。

 それにしても、あいつはどこにいるんだ?


「しげおどこにもいないけど、外出中か?」


「地下じゃないですかね?」


「地下?」


「はい、1回外出て、裏に回ると地下に続く階段があるんで」


 なんでこんな知ってんの? もしかしてこいつらも過去に潜入したことがあるのか?


「おじさん⋯⋯寒い⋯⋯」


 みよこ⋯⋯


「ごめんな、もう少しの辛抱だ」


 みよこのためにも、俺のマッスルパワーで必ずすべてを解決する。


 裏に回ると本当に階段があった。


「俺が先に行くから、お前らは後から降りてこい。みよこをしっかり抱えててくれよ」


「「イエッサー!」」


 返事だけはいいんだよなこいつら。

 地下にはキッチンはないだろうから、さすがに暴走しないよな。


 階段を降りると、薄暗い道があった。ところどころに電気があるため真っ暗ではないが、よく目を凝らさないと危ないだろう。地面もなんかヌルヌルしてるし。


 しばらく進むと、奥の方に光が見えてきた。といっても地上ほど明るいわけではなく、ここより少し明るいだけだ。

 上から水が垂れてきた。鍾乳洞みたいだ。洞窟なんて何年ぶりだろうか。


「何があるか分からないから、抜き足、差し足、忍び足だぞ」


「「イエッサー!」」


 うるせっ。


 また進むと、ピンク色の帽子を被ったマッチョの姿が見えた。しげおだ。後ろ姿だが間違いない、あんな派手なじじい他にいないからな。


 深呼吸をしよう。今まで数々の珍獣を捕まえて来たんだ、武器を持ったじじいくらいなんてことない。いつものように深呼吸だ。


 しげおの向こうには泉のようなものがあり、しげおはそこに何かを流し入れていた。


 俺はゆっくり、音を立てないようにしげおに近づいてゆく。後ろを向いているおかげで、俺に気づく様子はまだない。


 あと40メートル。まだ気づかない。


 35メートル。気づかない。


 余裕そうだな。さすが俺の筋肉。抜き足差し足忍び足をマスター出来たのもこの筋肉あってこそだ。


 30メートル。気づかない。


 20メートル⋯⋯セーフ。


 15メートル⋯⋯


「「しげおさま!」」


 えっ!? 双子が声を出しやがった!


「なんじゃ!? ⋯⋯ん、お前は!」


 ふん、気づかれたところで何も変わらんわ! ここまで来たらもう殺せるんだよ!


「くらえ、一撃必殺! マッスルマッスルトルネードォオ!」


「動くな!」


 !?


 祐介の声だった。


「動いたらこの子を殺します」


 抱きかかえたみよこを見ながら言った。


「お前な、ふざけてる場合じゃねぇのよ」


「よくやったぞフンボッポーズ」


 しげおが言った。フンボッポーズってなんだっけ。あ、こいつらのコンビ名か。ふーん。


 えっ!? よくやったってなに? こいつらもしかしてグルなのか!?


「お前ら騙しやがったな!」


「騙される方が悪いんです」


「ここから脱出したくないのか!」


「無理なんですってば」


「いやだから、今出来そうだったやん!」


「無理なんですってば」


 なんだこいつ! 無理なんですってばbotかよ! なげーよ!


「⋯⋯なんで裏切った」


「しげおさまの命を狙う者から彼を守れば、僕たちは逃がしてもらえるんです」


「そういう約束を前からしていたんです。それが今日、ついに⋯⋯!」


 こいつらにもだが、まんまと騙された自分に腹が立った。

 もしかしたらみよこは2人に何か嫌なものを感じて、それで俺に抱っこされたがったのかもしれない。本人たちの前ではあまり言えなかったようだが。


 しげおはこちらに銃を向けている。万事休すか⋯⋯


「祐介、その子を渡しなさい」


 しげおが命令した。


「イエッサー!」


 チッ。


「どうぞ、しげおさま。これで僕たちは解放していただけるんですよね」


「ああそうじゃ、この苦しみから永遠に解放してやろう」


 そう言うとしげおは、俺に向けていた銃を祐介の顔に向け、引き金を引いた。


 パァーンという乾いた音が洞窟内に響いた。


「祐介ーっ!」


 パァーン!


「ざーんねんっ♡」


 しげおはホモラッシーボーボーチンも撃ち殺し、銃をみよこに向けた。


「その子にだけは手を出すな」


 俺はしげおを睨んで言った。


「お前が大人しくしてくれていればな」


 しげおは不敵な笑みを浮かべて俺を見た。


「お前、村で指名手配されているのは知っているか?」


 えっ、俺が?


「知るはずないだろ。なぜだ!」


「ゆうかを机に縛り付けて、その娘を連れ去っておいて『なぜだ!』か! 笑わせるな!」


 あ、確かにそっち側から見たら俺極悪人だったわ。


「そういえばお前、昨日ワシの糞を食わなかったな」


 え、当たり前じゃん。


「こんな無礼を働かれたのは何年ぶりかのぅ」


 無礼て、ひどくね? うんこなんてみんな嫌でしょ。


「なにかお前の嫌がることをしてやりたいのぅ」


 なんなんこいつ! なにが神様だよ、ただの嫌なじじいじゃねぇか! こんなやつが調子に乗ってるなんて許せねぇわ!


「まあいいか、殺すだけじゃ」


 やっぱ殺されるよな。どうしよう。


「最後に言い残すことはあるかの?」


 今!? もうやられるの!?


「おじさん、ごめんなさい⋯⋯あたいのせいで⋯⋯」


 みよこが号泣している。

 もう1度、抱きしめてやりたかった⋯⋯


「みよこのせいじゃないさ、あの双子の本心を見抜けなかった俺が悪いんだ。俺の方こそごめんな、約束守れなくて」


「言い残すことがないのならもう撃つが」


 うーん、う〜〜〜ん、うーん。あ。


「おっさんが神様をやってる理由を知りたい。あと、なんでうんこなんか食わせてんのかも知りたい」


 最後なんで、気になったこと全部聞いて終わりにします。


「おっさん!? ワシ、おっさん!?」


 なに驚いてんだよ。俺なんか32なのにおじさんって言われたんだぞ。


「こんなじじいをおっさんと言ってくれるのか、そんな若く見えるかの?」


 そっちかよ。


「ワシがこうなった理由か⋯⋯久しく忘れておったわ」


 忘れてんならやめちまえよ。


「お前は、人を愛したことがあるか」


 え、なんなの急に。


「50年前、ワシの妻はこの村で殺され、神への供物にされた」


 えっ。


 50年前⋯⋯そうか、前の神様がいた頃か。


「当時のこの村の人々はみな、いもしない神を盲信しておった。そんなもののためにワシの妻を殺したのだ」


「おっさんたちは何でこの村に来たんだ? 観光って訳でもないよな?」


「山でエッチしようと思って夜に2人で来たらはぐれてしまったんじゃ」


 なんなんだよ。山でエッチっておい。


「その時ワシは決意したんじゃ。この村を永遠に呪うとな。永遠に苦しめるとな」


 山でエッチ⋯⋯


「それからワシはこの村に移住し、預言者を殺し、全員が新しい神を(まつ)るようこの風習を必死に作り上げた。洗脳したのだ」


 山でエッチ⋯⋯


「それがすべてじゃ」


 すべて⋯⋯あれ? いずみさまは?


「じゃあいずみさまっていうのは?」


「いずみはこれじゃ」


 そう言ってしげおは背後の泉を指さした。


「そうじゃな、最期に見せてやろう。いずみの儀式を」


 そうじゃなってなに? なにを見せられるの?


「みよこ、お前風邪を引いておるな?」


「いや、引いてないです。元気です」


 なにするつもりだ?


「嘘はよくないな」べシッ!


 しげおがみよこの頬を叩いた。


「みよこになにしやがる!」


「動くな、この子を撃つぞ」


 汚い奴め! くそゴミが! クソうんこチラシじじいが! 死ね!


「みよこ、痛いか?」ビタンッ!


 容赦なく何度もビンタをするじじい。


「痛く⋯⋯ないです!」


 涙を流しながら、必死に声を絞り出すみよこ。


「痛いか?」


 しげおの暴力はエスカレートし、みよこの胸を蹴ったりしている。


「うぅっ! えぐっ!」


「痛いんだろう?」


「嫌っ、ですっ! いずみさまには、なりたくないです⋯⋯!」


 身体中を蹴られながらも、必死に叫ぶみよこ。


 辛かった。俺が動くとみよこが殺される。動かなくても暴力を受ける。どう転んでもみよこがひどい目に遭ってしまうのだ。


「おいお前」


 しげおがこちらを見て言った。


「この子がこんな目に遭っているのはお前のせいなんだぞ?」


 えっ。


「お前がこの村に来なければ、この子はいつも通り暮らせていたんじゃあないのか?」


 俺の⋯⋯せい⋯⋯?


「この子が風邪を引いたのは誰のせいだ? 昨日はどこで寝かせた? どんな環境で寝かせた? ワシの目を見てはっきり答えられるか?」


「⋯⋯⋯⋯」


 俺のせいだ⋯⋯


「ちがう! おじさんのせいじゃない! こいつのせいだよ!」


「⋯⋯こいつ?」


「ひぃっ!」


 しげおがひと睨みして踏みつけると、みよこは大人しくなった。


「よし、今から〈いずみさま〉の儀式を行う。これ以上やってもお前はどうせ痛いとは言わんじゃろうしな」


「なにする気だ!」


「黙って見ておれ。騒げばすぐにこの子を殺すぞ」


「見てろって言われても暗くてよく見えねぇんだよ!」


「じゃあ⋯⋯」


 しげおはそう言って地面から何かを拾いあげた。


「ほれ」


 懐中電灯だったようだ。みよこの体が照らされている。


「みよこ、服を脱ぎなさい」


「は? なにするつもりだてめぇ!」


「何度言ったら分かるんじゃ? 今撃ってもいいんじゃぞ? それに、脱いだ方がいいからそう言っとるんじゃ。ほらみよこ、脱ぎなさい」


「⋯⋯はい」


 みよこは渋々全裸になった。


「元気がないのう」


「⋯⋯⋯⋯」


 みよこは下を向くばかりで、ひと言も発しようとはしなかった。


「おいお前、見えるか」


 しげおが自分の足元を照らした。そこには、真っ赤に染まった大きめのフードプロセッサーがあった。

 なんなんだこの色は⋯⋯


「これをワシが動かすから、みよこは右腕から入れとくれ」


 はぁ!?


「みよこ! そんなやつの言うことなんか聞くな!」


「もし出来たら、あいつを外に逃がしてやるぞよ?」


「えっ⋯⋯?」


 みよこが久しぶりに顔を上げた。


「みよこの漢気(おとこぎ)に免じて、あいつを外の世界に送り届けてやると言っておるんじゃ」


「そいつの言うことは全部嘘だ! 聞くな!」


 さっきだってあの双子が殺されたし、こいつは嘘しかつかないんだ。


「そうだとしても、この子はそうする他ないだろう」


 どういうことだ?


「⋯⋯やります」


「ダメだって言ってるだろ! そいつは嘘つきなんだ!」


「黙って見ておれと言ったじゃろ。それ以上喋ると本当に撃つぞ。ワシが嘘つきだろうが正直者だろうが、この子にとってはこれが最善の道なんじゃ」


 そんな、自分が死ぬことが最善だなんてあるわけないだろ!


 ギュウウン⋯⋯


 しげおにボタンを押されたフードプロセッサーが唸り声をあげる。電源どこに繋がってんだよ。


「ふーっ⋯⋯」


 みよこが深呼吸をしている。


「あいつに何か言いたいことはあるか? お前をこんな目に遭わせたあいつに」


 ニヤニヤしながらしげおが言った。


「何回も言うけど、おじさんのせいじゃないからね。おじさん、好きだよ⋯⋯」


 違う⋯⋯俺のせいだ。俺に会いさえしなければ、虐待が続いていたとはいえ、ここまで酷い事態にはならなかったんだ。


「もし助かったらあたいのことは忘れて、可愛い彼女見つけて、あたいの分まで幸せになってね。⋯⋯さよなら」


 みよこは目を閉じ、歯を食いしばりながら右手をフードプロセッサーに突っ込んだ。


「あぁぁぁぁああああああ!!!」


 今まで生きてきて聞いたことのないような少女の悲鳴と、ゴリゴリと骨を砕く音が洞窟内に響いた。


「うぁあああああああああ!!!」


「やはり最新型の機械はすごいのう」


「ごめん、聞こえんかった!」


「やはり! 最新型の! 機械は! すごいのう!」


 ふざけんなじじい!


「一旦抜こうか」


「うぅ⋯⋯ぐっ⋯⋯」


 みよこは肘までなくなった右腕を押えながらその場に倒れた。


「みよこ⋯⋯!」


 一か八かで今からじじいを殺しに行ったほうがいいのだろうか。失敗したら2人とも殺されるだろうが、この子にもうこれ以上酷い目には遭ってほしくない⋯⋯


 どのみち殺されるなら苦しまないほうがいいに決まってる! 俺は確実に殺されるし、みよこもこのままだと最大限の苦しみを味わって死ぬことになる。そんなのダメだ!


 俺はしげおに向かって走り出した。


「ダメ!!」


 俺を止めたのはみよこだった。


「みよこ、どうして⋯⋯!」


「希望を捨てちゃダメ⋯⋯おじさんだけでも、生きられる可能性が⋯⋯ほんの少しでも⋯⋯あるのなら⋯⋯」


「嫌だよ! お前が死んで俺だけ助かるくらいなら一緒に死んだ方がマシだ!」


 しゃがんでいたしげおが立ち上がり、俺の方を向いた。


「どうするんじゃ。お前が決めるんじゃぞ。ワシはピストルの準備は出来ておるからの」


「そんなのみよこと一緒に――!」


「おじさん」


「なんだみよこ!」


「あたいの最期のお願い、聞いてよ⋯⋯」


 血だらけの小さな体をこちらに向け、潤んだ目で俺を見ている。


「でも、これ以上お前が傷つくところを見たくないんだ⋯⋯」


「それでも⋯⋯お願いだから⋯⋯お願い⋯⋯だか⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 みよこは力なくその場に伏した。


「みよこ!」


 ⋯⋯死んだ!?


 人って腕1個なくなると死ぬの? そんだけで死んじゃうの⋯⋯?

 いや、血が出すぎたのか? なんでだ? ちょっと待って、パニックになりそう⋯⋯


「じじい! 殺す!」


「待て待て、みよこはまだ生きとる」


 !?


「どういうことだ!」


「まだ殺しておらんからの」


 ⋯⋯は?


「人はこれくらいじゃ死なんよ」


 そうなのか?


「とりあえず1回分⋯⋯と」


 しげおはフードプロセッサーに溜まった赤いドロドロを泉に流し入れた。


「何やってんだお前⋯⋯」


「いずみさまを作っとるんじゃよ」


「次は左腕かのう、右足にしようかのう⋯⋯悩むのう⋯⋯よし、右足じゃ!」


 しげおは足の指でフードプロセッサーのボタンを押し、みよこの体を持ち上げた。こいつ、意識のないみよこの体を刻む気だ!


 そう思ったと同時に俺の体が動いた。


 しげおがこちらを向く間もなくヤツの懐に侵入し、俺は渾身の蹴りを入れた。


「ぐぁあっ!」


 悲痛な声をあげながら泉に落ちるしげお。

 懐中電灯で照らしてみると、泉の水が真っ赤に染まっていることに気がついた。


「なんじゃお前そのフィジカルは! オリンピック選手か何かか!」


「俺はただの珍獣ハンターだ」


 もしかして、最初からこうしてても大丈夫だった? いや、これは結果論だ。あいつが気を抜いていて、みよこを持ち上げていたからこそ出来たことだ。


「おいお前、ワシはカナヅチなんじゃ、助けてくれえ!」


 浮いたり沈んだりを繰り返しながら必死に叫ぶしげお。


「バカかお前。勝手に溺れてろよ」


 俺はみよこを抱き上げた。


「ごめんな、やっと抱っこ出来たのに⋯⋯」


 右腕はなくなってしまったが、すぐに病院に連れていけば命は助かるだろう。

 みよこの命懸けのあの行動のおかげで、俺もみよこも助かった。あの行動がなければ2人とも死んでいた可能性が高い。ありがとう、みよこ。ごめんな、みよこ。


 外に出たらいっぱいいっぱい幸せにしてやろう。好きな物たくさん食べさせて、好きなおもちゃを買ってあげて、いろんなところに連れて行って⋯⋯あー! 今から楽しみだわ!


 よーし、おじさん頑張っちゃうぞ! 下ヌメヌメだから安全な速度で走っちゃうぞっ!


「助けてくれぇ! おーい! 聞こえてるだろ! おーい!」


 しぶといじじいだなぁ。


「せいぜい頑張れよ」


「薄情者ーっ! 神様⋯⋯神様⋯⋯どうか助けてくだされ⋯⋯!」


 ごめん笑ったわ。散々「この世に絶対はない!」って言ってきたけど、ここまで絶対に無理な神頼みは笑っちゃうわ。


「神様⋯⋯あぶぅ! ⋯⋯神様! 神様ぁ!」


『神はお前ではなかったのか?』


 どこからか声が聞こえた。ここには他に誰もいないはずだが⋯⋯


「⋯⋯!?どこから声が!? もしかして、神様!? 神様ぁっ!」


『如何にも。お前に呼ばれたから来てやったのだ』


「願いが通じで出てきてくれたんですね!」


 しげおが涙を流して喜んでいる。


 本当に神様なのか⋯⋯?


「神様! 私を殺そうとするこの男にどうか天罰を!」


 なんちゅーことを! 神様って悪いやつの味方なのか!? なんでこんなやつに呼ばれて出てくるんだよ!


「あいつの首を、ちょんぎってください!」


 しげおが神様にお願いをしている。どういうことか分からないが、いきなりピンチになったようだ。せっかくチャンスをものにして逆転したのに、神様介入はさすがにあかんて⋯⋯


 子どもの喧嘩に親が出てくるようなもんじゃんよ。千利休ブチ切れちゃうぜ?


 はぁ⋯⋯神様なんか勝てっこねぇよ⋯⋯


「ギャハハハハ! 死ね侵入者ぁ!」


 侵入したわけじゃないのに!


「クソが⋯⋯! ここまでか!」


 諦めかけた瞬間、シゲオの首が飛んだ。


「は⋯⋯へ?」


 そんなような声を出しながら頭が俺の足元に落下し、残された胴体は首から血を噴き出しながら沈んでいった。


「神様、あいつの味方じゃなかったのか!」


『私は莫迦(ばか)ではないのだ』


 そうだよな。


 ゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴゴ


 上の方から轟音が聞こえた。崩れるのか?

 とにかく早く外に出よう。


 俺はみよこを抱えて出口へ向かった。


 ヌルヌル滑りながら出口まで戻ると、階段が大量の泥で埋め尽くされていた。


 泥だらけになって隙間を無理やり通って外に出てみると、土砂崩れにより家々が押し流されていた。

 みよこも泥だらけになってしまった。早く外の世界に出ないと⋯⋯!


「おーい! 誰かいないかー!」


 シーンとするばかりで、返事をする者はいなかった。


「神様! これもあんたの仕業なのか!」


『いかにも』


「なんでこんなことするんだ!」


『⋯⋯⋯⋯』


「なんとか言いやがれ! 神さ――!」


 一瞬、意識が遠のいた。


 気がつくと俺は宙に浮き、落下していた。


 逆さまに立つ自分の身体を見ながら、落ちていた。

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― 新着の感想 ―
 良識と不条理。  なるほど、作者こそが最悪の災厄。  こんな究極のアンチテーゼホラーを書けるのは多分この『小説家になろう』ではあなたくらいです。  凄い。
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