08 メガネの彼女
図書室で本を読んでいると、三田がやってきた。
受付に近い机に座る。といっても、もちろん椅子に座っている。どうして机に座る、という言葉があるのか、はなはだ疑問である。
三田は、しかし携帯をいじっていた。
携帯をさわりたいなら教室にいたらどうだろうか。
でももしかしたら電子書籍を読んでいる可能性もある。だとしたら、図書室の利用法としては正しい。自分の本を持ち込んで読んでいるだけだし、なんなら、勉強をするより読書のほうが図書室の利用法の、見本みたいなものだろう。
とか考えつつ、三田をちらりと見る。
メガネのフレームがかわっている気がする。
メガネをかけたことがないからわからないが、黒い、普通の? フレームだったはずが、なんだかちょっと、シルエットが丸くなっているような気がする。
だからなんだと言われればなんなのかという感じだが、ちょっと印象が変わる。メガネのフレームの形で印象が変わるというのは、どういう原理だろう。
ただ、ちょっと似合いすぎているような気もする。
変な言い方だが、文学女子っぽい感じ、すぎるのではないだろうか。
そういう感じを装っているように思えてしまう。
まじめじゃない人だから、まじめに見えるメガネをかけている、というか。
だからなんなのだと言われれば、本当になんなんだ俺は。
ううむ。
目が合った。
俺は急いで視線を下げた。
見ていたことに気づかれただろう。完全に目が合ってしまった。
しまった。だったら、急いで目をそらしたのは失敗……!
たまたま目が合っただけなら、たまたま目があっただけですよ、という顔で普通に目をそらすべき……!
そうしなかったということは……!
見ていた……!
三田を……!
なにをするのがベストなのかと考えていたら、椅子が床とこすれる音が聞こえた。
足音が近づいてくる。
まずい。
なにじろじろ見てんの? とクレームを入れられたらなんの反論もできない。
図書係がじろじろ見てきます、と教師に報告されたらなんの反論もできない。
いやその場合はいちおう、かんちがいでは……? くらいは言っておくけれど。
来た。
「ねえ、戸中くん」
言われた。
「はい」
俺は下を見たまま言った。
「ちょっといい?」
「はい……」
俺は顔を上げた。
三田が俺を見ている。
無言だ。
「なに?」
「ちょっとききたいんだけど」
「はい」
「こっち、見てた?」
「はい」
「どうして?」
「あの、なんというか。メガネが」
俺が言うと、三田がはっとしたように俺を見る。
「メガネ? 変?」
「いや、別に、変ってことは……」
「変だったら言ってほしいんだけど」
三田は、どこか真剣な顔だった。
そうか。
助かった。
三田は、見られているかどうかというより、メガネをかえた不安のほうが勝っている。
いける。
「変ってことはないよ。ちょうど、文学とか好きそうに見える」
「文学?」
「図書室にいるのに、ちょうどいいと思うよ」
「そうかな」
「まあ、メガネをかえたばっかりで不安なのかもしれないけど、気にしなくていいと思う」
「え?」
三田はおどろいたようだった。
「私が今日からこのメガネにかえたの気づいてたの?」
「えっ」
あっ?
よけいなことを?
言った?
調子に乗って?
よけいな?
ことを?
「えっと」
「気づいたの? どうして?」
「えっと……」
三田は無言で俺を見る。
「なんとなく……」
「ふうん」
三田は、五秒くらい俺をじっと見てから、ちょっとにっこりして、席にもどっていった。
なんだ……?
助かった……?