03 男を追う彼女
今日も昼休み、俺は図書室のカウンターで本を読んでいた。
昼休みというのは、放課後よりも人が来ないのがいい。
放課後になると、君たちは本当にここに来なきゃいけないのか? カラオケボックスでも行けばいいんじゃないのか? という人間がやってくることがある。
本当にやめてほしい。
いいだろうか。
図書室というのは、本を読みたい人のためにあるでもなく、勉強をしたい人のためにあるのでもない。
居場所がない人のためにあるのだ。
戸が開いて、誰かが入ってきた。
男子だ。
ぱっと見て自分とのちがいを感じた。髪に、流れがある。そのまま形が保たれている。
おそらくだが彼は、朝、水で寝ぐせを直さない人だ。
まあ仕方ない。そういう生徒にも図書室に来る最低限の権利はある。
俺は本にもどった。ちょうど、富豪の死体が見つかったところだった。
そろそろ探偵の登場シーンだろう。
そう思ってページをめくったら、また戸が開いた。今度は女子が二人。
三田と高橋だった。
二人でなにか言いながら入ってくる。
また本を借りに来たのだろうか。だがすでに図書室は定員オーバーなので、放課後に来るといい。
彼女たちはきょろきょろと、まわりの様子をうかがいながら進んでいく。本棚の近くに行き、顔を半分出して、様子をうかがう。そういう動きだった。
ぴんときた。
ひやかしである。
だが。完全にひやかしなら帰ってもらうが、読書スタイルは人それぞれである。これが彼女たちのスタイルである可能性は否定できない。それを妨害する権利は俺にはない。
さわいでいるわけでもなく、ただ、ひそひそと笑い合っては、また様子をうかがっているだけである。現状、図書室の法律スレスレ、脱法行為といえるだろう。
まてよ。
俺はぴんときた。本日二度目である。
彼女たちは本棚の中ほどに移動いている。
俺はそっとカウンターを出て、彼女たちの背後の位置から、本棚のすき間を利用し、その先にいるのがなんなのか確認した。
さっきの男である。水で寝ぐせを直さない男だ。
さらにぴんときた。
男から見たら、かっこいい寄りな気がしても平凡なのではないか、と思ったとしても、女が見たらさわぐ。それがイケメンである。
菅田将暉がイケメンなのは、事実であって事実でない。でも事実である。そういうカオスの中にあるものだが、このカオスをかんたんに突破してしまうのが女子である。
要するに、あのイケメンに好意を抱いており、なにか接近するための方法を考えている、あるいは実行するところなのであろう。
俺はカウンターにもどって本を開いた。しおりがずれていたので、富豪がまだ生きている。あと2ページの命だ。
俺が富豪の命をもてあそんでいると、足音が近づいてきた。
顔を上げると菅田将暉だった。
「借りたいんすけど」
学生証とともに本が置かれた。去年なんとか賞をとった小説だった。まあまあのやつだ。
「はい」
俺はカードを読み取った。モニタに表示された名前は菅田でも将暉でもなかった。
「返却は二週間後です」
俺が言うと、無言でニセ菅田将暉は去っていった。たぶん二週間以内に返さないだろう。これが偏見である。
すると三田がやってきた。
「ねえ、いまの人、なんていう名前?」
三田は期待に満ちた顔をしていた。
「……なんで?」
「知りたいの」
三田は依然として、期待に満ちた顔をしていた。
「……それはちょっと」
「え、どうして」
「個人情報だから」
「個人情報?」
「図書委員だけが知り得る情報だから」
「えー?」
「そんなに知りたければ、本人にきいてくればいい」
「えー?」
三田は一歩さがった。
不満そうに俺を見ている。
やはり、三田もそういうことか。
菅田か。将暉なのか。
3の倍数より将暉の歌が聞きたいか。
「ねえ、なんていう名前だって?」
三田の背後から近づいてきた高橋が、三田にささやく。
「うーん。個人情報だって」
「えー?」
高橋はおどろいたように俺を見た。
「個人情報とかあるの?」
「図書委員しかわからないからって」
「えー」
高橋が不満そうにした。
「本人にきけばって」
「えー?」
高橋が照れたように語尾を上げた。
「どうする?」
三田が言う。
「まあ、いいや、行こう」
高橋は言った。
「あ」
俺は立ち上がっていた。
「なに?」
三田が言う。
「さっきのは、3年D組の、山口」
「え?」
高橋が振り返った。
「3年D組の、山口さん?」
高橋が復唱した。
「うん」
「だって」
三田がひじで高橋を押すと、高橋が笑った。
「なにすんの」
「ういうい」
「こら」
「ラインききに行く?」
「行けるわけないじゃん!」
高橋が怒ったフリをして三田を押すと、三田がにやにやしていた。
すると高橋もにやにやして、二人は、じゃれ合いながら図書室を出ていった。
二人目の富豪が死んでから、俺は教室に入った。壁の時計は授業が始まる1分前を指していた。計算通り。
席につく前、廊下に出ていこうとする三田とすれちがいそうになる。
「ねえ」
三田が言って、俺は立ち止まる。
「なに?」
「さっき、なんで名前、教えてくれたの?」
「なんでって……。きかれたから」
「でも最初は教えてくれなかったでしょう?」
「それは……」
「それは?」
チャイムが鳴った。
三田はあわてて廊下に出ていき、ロッカーからなにか持って席にもどってきた。
もう教師が入ってきて、起立、礼、と号令がかかったので、三田の話の続きはしなくてすんだ。