転機
翌朝、目が覚めると私は自室にいなかった。
寝返りをうつ。
左隣にはルカの寝顔がある。
・・・・!?
飛び起きると、後ろから声がする。
「起きたか?」
マックスがホットミルクを二つ、珈琲を一つ、木のお盆に載せて一階から上がってきた。横で男がもぞもぞ動き始めた。目をこすって、起きたみたい。私達は昨日たくさん話してたくさん泣いて、そのまま疲れてブラウン家で眠ってしまったのだった。
「・・・おはよう」
「・・・おう」
変な沈黙があった。寝ぼけたルカの頭が私の頭の上にコテンと乗っかってきて、こんなのも今日で最後なんだと思うとまた泣きそうになる。
「これ、やる」
マックスが首紐のついた小さなビロードの袋をぶっきらぼうに突き出してきた。「何?」
「向こうのお屋敷についてから見ろよ、なんか照れるから。どうせ、行くんだろ」
ふてくされた表情。ルカはそっと私の頭を抱え込むように撫でてくれる。
私は頷いて、二人をしっかり抱きしめた。
自分で決めた設定だもん、行かないと。
1階に降りてパパとママを玄関から迎えにいき、みんなで最後のブランチを一緒に食べた。変に明るく、パパなんかはもう泣きだしそうだった。月並みな言葉しか出てこなくて、「元気でね」と絞りだして両親を抱きしめ、狭い路地を一人で出てメインストリートへ向かう。もう昨日の馬車が来ていた。
馬車の扉が開き、先にキヨナガが降りて、主人に手を差し出している。その手をとってセレスティンさんが降りてくる。透き通るような美しい人の登場に、露天の商人たちがざわめきだった。昼間見るとより一層綺麗で、潮風吹くこの街並みに彼だけ浮き上がっているみたい。
「ユリア。決めたの?」
「はい。ルカのお友達なら、きっと悪い人じゃないから」
ぎゅっとスカートを握って、セレスティンさんを見上げる。今世の私の髪も綺麗な方だと思っていたけれど、彼は本当に美しくて目を合わせるだけで吸い取られそうになる。
「はは。そしたらルカに感謝しなくちゃな。ルカは?」
「お見送りは断ったの。心が揺らぐから。不束者ですが、どうかよろしくおねがいいたします」
しっかり頭を下げてお辞儀をする。
差し出してくれた手をとって、私は人生初の馬車に乗り込んだ。