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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
寄宿学校編
45/46

体験入学


 右よし、左よし、背後よし。

 部屋には私一人だ。


 そうっとベッドから降りて、鏡台へ向かう。カーテンを開けると私が目が覚めたのがバレてしまうので、薄暗いままで深呼吸する。


 今日は月に一回の生存率確認の日なのだ。


 ゆらり、ゆうらり、鏡に映る寝ぼけ眼のユリアレッドフォードの金髪の上に、赤く文字が滲み浮かび上がる。この国の言語ではない、私にしか読めない日本語で。


《12歳までの消滅確率 50%》


 ぃよっし!!!


 無言で唇を噛みしめ勢いよくガッツポーズをする。順調に数字が下がって、ようやく生存と消滅の確率がハーフ•ハーフになった!


 誘拐事件、異国の花火、王子の訪問、舟遊び、けっこう波乱万丈な一ヶ月だった。モブではなくなる方向に寄ってきている、良いこと良いこと!


 嬉しくて鏡の中の数字をニヤニヤしながら指でなぞってしまう。そうこうしているうちにじわじわと文字は消えてゆき、鏡はただの鏡に戻って行った。異世界への転生案内人のお爺さんがもし今の私を眺めていたら呆れていることだろう。やっと50%、まだ50%なんだから。でももともと消滅確率9割からスタートしてるので、50%も十分嬉しい。ニヤニヤへらへら緩んだ顔を鏡台へ突っ伏していると、ドアを控えめにノックする音がした。


「おはようございます」


 メイドのゾフィーが入ってきた。一礼して早速身支度を整えてくれる。


「本日は体験入学ですから、お出かけ前にセレスティン様が一緒にサンルームで朝食をとりたいと仰っていましたよ」


 ゾフィーはご機嫌で髪をとかし、手際よくツインテールを結っていく。ドレスも例によってお兄さまが選んであるという。お出かけのときにはよくあることなので慣れてきたが、お兄さまには私に着せたい服やつけたいアクセサリーが明確にあり、しっかりリクエストしてくる。紅色の秋らしい生地のドレスで、首元には尖った大きめの襟がついており、その下へ真っ白なリボンを通し大きく結ぶ。ジャケットワンピースといえば良いのだろうか、深紅色の膝裏あたりまであるジャケットのようなかっちりしたドレスが上着で、その下に二重に足首までのドレスを着ている。下の生地は涼しげな白、ギャザーとフリルがたっぷり入ってふわりとしたシルエットをつくっている。金髪を結ぶリボンは薄紅か白かどちらが良いかと聞かれ、薄紅を選んだ。ウエストに切り替えがあるせいか鋭い襟のせいか、鏡に映るユリア•レッドフォードは、いつもよりクールな印象になっている。


「おはようユリア。ドレスよく似合っているね。いつもより少しお姉さんに見えるよ」


 先にサンルームへ来ていた兄は、ソファとオットマンに長い脚を投げ出して朝の紅茶を飲んでいるところだった。私が席へつくとすかさずキヨナガがワゴンを押してやってくる。


「本日はこれから王都へ移動がありますから、よく目が覚めるようにストレートでダージリンをご用意いたしました。ご朝食もいつもより少し多めにしてあります。スクランブルエッグ、ウィンナー、サラダ、ヨーグルト、スコーン、付け合わせはクリームチーズとオレンジのジャム、フルーツはリンゴと葡萄を」


 たしかに多い。いつもはこの半分くらいの量を部屋で食べる。朝食はあくまでもお昼までのつなぎでほんの少しというのがいつものレッドフォード家なのだけど。


「学校に軽食の用意はあるそうだけど、口に合わないかもしれないからね」

 と言うのはお兄さま。なるほど抜かりないですね。


「それと、一応虫除けも準備させたから王都に着いたら合流してね」

 セレスティンお兄さまはにっこりと微笑む。え?虫除け?

「虫の季節は終わってもう秋なのに、虫除けですか?」

 私の返事に兄も給仕していたキヨナガも吹き出した。「念のためだよ」といってまた兄は微笑んだ。




 王都のはずれにある寄宿学校に向かう馬車には、フットマンのキヨナガとメイドのゾフィーが一緒に乗り込んだ。

 カードゲームをしながら時間をつぶす。今日は晴れたが少し風が強い。ゾフィーは着いたら髪を結い直しましょうといっている。蛇足ながらカードゲームの結果を書いておくと、キヨナガが4勝私が1勝ゾフィーは完敗だった。そのせいでしばらくキヨナガに対するゾフィーの当たりが強かった。


「ユリア様、見えてきましたよ」

 ゾフィーからの口撃を逸らすように馬車の外に目を向け、キヨナガは道の先を指差した。私の角度からは見えず、窓の外へ身を乗り出す。私が誤って落ちないように、すかさず腰にキヨナガの手が回る。

 ゴシック様式のような尖塔の目立つ建物が見えて来る。門にはいくつもの豪華な馬車が入っていく。


 シュタイナーパブリックスクール。


 レミリア国における共学制名門学校の一つで、創立は百年前に遡ると体験入学の案内状に書いてあった。事業家や芸術家を多く排出している一方、近年レッドフォード家からここに通った人はいない。王の弟妹は通っていたことがあるそう。

 

 と、門のところに見覚えがあるようなないような少年が立っていて、こちらに向かって大きく手を振っている。


「あれ?もしかして」

 私の声にゾフィーはにっこり微笑み、キヨナガはいつもの仏頂面のまま小さく頷いた。もう一度窓の外へ目を向ける。御者に合図を出すまでもなく、門から少し離れたところで馬車は止まった。彼が歩み寄ってくる。


「へへ、びっくりした?」

 馬車を降りようとする私を制し、キヨナガが扉を開けた。驚いたことにキヨナガは彼に手を差し出した。

 一瞬面食らった彼も、素直に手を取って馬車に乗り込む。くるりと迂回し、馬車は学校敷地へ入っていく。

 これは、つまり。


 知らなかったのは私だけということらしい。


「もー、なんで来るって言ってくれないの!?マックス!!」


 ここへいるはずのない、アルエの港町で夏に別れたままの幼なじみがいつもより少し良い服を着て門で待っていたのだった。

 私の反応にマックスは大満足らしく笑っているし、キヨナガは淡々と「セレスティンさまのご命令でしたので」とすましている。


「ちょっと待って、お兄さまがマックスを呼んだの?」

 信じられない。

 そんなに仲良くなっていたっけ?

「あぁ、服もくれたし手続きもうまくやってくれたらしいぜ。ユリアを一人で行かせるのは心配だからってさ」

 気慣れない絹のシャツの首をつかんで、マックスはケロリとしている。「どうせそろそろちゃんとした学校に行く歳だし丁度良いだろ」


「セレスティンさまが心配なさったのは今日の体験入学だけのようですが」と小さくキヨナガが呟いたのは、マックスの耳にはたぶん入らなかったらしい。

 ゾフィーが景気良く手を叩く。


「さぁ、少し髪を整えたら早速行きましょう。王子にも頼まれてしまったとのことですし、しっかりと良い学校か見極めてきてくださいね!」

 ゾフィーは例によって明るい顔。王子の話をするときはいつもそうだけど。あぁそれにしても緊張する。前世でもこんな立派な学校通ってなかったんだから!

 

 車寄せで馬車を降りるとすぐに市松模様にタイルの敷き詰められた広い玄関ホールがあり、そこに受付のテーブルが出ていた。がやがやと賑わう話し声の中、うちも手続きをすませる。


「ユリア•レッドフォードさまとマックス•ブラウンさまでございますね。本日は当校へお越しいただき誠にありがとうございます。お二人は1年A組の教室にお入りください。まずは講師から学校の説明会があり、そのあと体験授業、最後に学内ツアーの予定です」

 

 今日だけの仮クラスとはいえ、マックスと同じ教室に割り振られて良かった。説明会とか退屈そうだもん。


 きっちりとスーツを着込んだ受付係は続ける。

「ホール奥に軽食とお飲み物を用意してございます。宜しければそちらへ寄ってから教室へお入りください。付き添いのみなさまは音楽室へどうぞ。本日は音楽室が大人のための待合室となっておりますので」


 キヨナガとゾフィーに手を振って、マックスと二人でホール奥に走る。

 白いクロスのひかれたテーブルにサンドイッチ、スコーン、クッキー、果物などが出されている。皿にいくつか取って(マックスは山盛りサンドイッチとケーキをのせていたけど)、こぼさないようにそうっと運びながら教室へ入った。自由席らしい。随分社交的らしく、子どもたちはみんな自己紹介などをして賑やかにおしゃべりしている。壁一面の黒板、チョーク、教台、子供用の高さの低い木の机たち。この世界では初めて入る場所だけれど、なんだか少し懐かしい気持ちになる。マックスと隣席になるよう真ん中あたりの席へついた。


 さぁ、一限目。説明会。学校の特徴から寄宿舎での暮らしまで、子ども達にわかりやすいよう平易な言葉で先生が語っていく。寄宿学校といっても立地が王都の端のため、自宅や別邸から通う学生も多いとか。馬車で半日すらかからない距離なので、私も週末はレッドフォード領に帰ることになるのかも。アルエは遠いからマックスは寮に入るのかな。

 男女比は半々で、男子だけ女子だけが受ける科目など妙な区別もないとのこと。希望や適性により選択科目はあり、剣術、音楽、化学、馬術、歴史、工作、外国語など好きなものを少人数授業で学べるのだとか。

 学内ピアノコンクールがある!挑戦してみようかな。

 美術もちゃんとある。あ、この臨時講師の画家、アーサーが気に入っている人だ。

 眠くなるかと思ったが、意外と楽しい。先生の話術もあるしパンフレットが読みやすいのもあるかも。

 横のマックスも真剣にシラバスをみている。


 十分間の休憩時間をはさんで、その後は模擬授業。


「このクラスの模擬授業は幾何学です。授業では最初に毎回出欠をとります。今日もとることにします。名前を呼んだら返事をしてくださいね、それでは1番…」


 日本の小学校もそうだったなぁ。席にだれがいてだれがいないなんて見ればわかるのに出欠とるやつ。みんなおしゃべりしながら順番を待つ。マックスは早めに呼ばれた。私はなかなか呼ばれない。アルファベット順かな。


「次、ユリア•レッドフォードさん」


 ざわっ…


 レッドフォード?え、レッドフォード伯爵家の?ユリアってもしかして…

 まわりの子ども達のおしゃべりの声が大きくなり、「はい」と返事をすると教室ほぼ中央の席にいた私に一気に視線が集まった。


 ん?何?私の名前が何?

 突然の衆目に、なんだか怖くなってくる。


「…気にするな」

 

 横からマックスが耳打ちする。じわりと汗をにぎる手の甲にマックスの手が重なる。彼がギッと青い目で強く教室中をぐるり睨むと、半分くらいの子ども達は気まずそうに目を逸らした。


 中年の先生はわざとらしく咳払いをし、「出欠確認を続けますよ」と次の名前を呼んだ。






 


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