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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
43/46

夏の終わり、王子の訪問3

※作中は八月です

 

 ーーーーーーーーー。


 無難、なんだよねえ。普通というか、無難というか。


 昨日と違い自室の厚いカーテンは開かれ、南窓から強い日差しが射しこんでいる。昨夜遅くシャンガーラの女二人組は領地外へ出たらしいと情報が入ったからだそう。他にも刺客がいる可能性は考えないの?とは思いかけたけれど、お兄さまがもう安全だというならそうなんだろう、と寝起きの私は続きを考えることをサボってしまった。昨日夜遅くまで花火をしていたので、今朝は眠くて仕方ない。


 金色の花の彫刻で縁取られた全身鏡の前で下着一枚になり、ペトリと額を冷えた鏡にくっつける。

 白い肌、二重瞼に深い緑の瞳、十歳としては痩せすぎも太りすぎもせず、高すぎも低すぎもしない身体。艶やかな肩にかかる金色の髪。


 外見は転生時の希望通りかわいく仕上がったと思う、我ながら。


 見た目がよければそれで十分だというひともいるだろう。実際世の中の男性の半分以上は面食いだ。残り四割は『自分のことを好きになってくれた人を好きになる』タイプで、最後の一割弱が外見以外の要素にこだわりあるタイプだと推定している。いずれも、前世の私調べである。

 だから外見が良くて、相手のことを大好きアピールすれば、なんとなく生きていくことは可能なはずだった。そういう生き様を好きか嫌いかは別として、一応そんなふうに打算はしたのだった。


 ただし、私が今、小説の中に生きていないのならばね!!!


 鏡の中に映る私ユリア・レッドフォードをもう一度見つめて、小さくため息をついた。

 なんでもうちょっと濃いキャラ設定にしなかったかなぁ、異世界転生時の私。

 顔の良い女主人公と顔のいい男主人公が知り合うだけの物語なんて無いだろう。そんな話全員モブみたいなもので絶対退屈だ。うまく物語になるとしたら、きっと場面設定の方が大きく動いていくんだ。例えばシャンガーラと戦闘になったり、あるいはセイリュウ国の紛争に巻き込まれたり…

 そこまで悪い妄想を巡らせて、私は激しく頭を横に首を振った。まだツインテールを結っていない、寝起きのままの髪がバサバサ揺れる。やめやめ!なんとか、平和な世界の恋愛モノにもっていくんだ!


「あらお嬢様、どうされました?」


 衣装部屋から服をもってメイドのゾフィーが戻ってきたので、考え事をしていただけと正直に答えた。ゾフィーはニコニコと満面の笑みで、「昨夜はアーサー王子も花火をお楽しみだったようですね」なんていう。正直王子のことなんて欠片も考えていなかったけど、とりあえず頷いておいた。

「お嬢様、本日のお召しものはこちらの桜色のドレスと白地のサマードレス、どちらがよろしいでしょうか?」

 私はちょっと面食らった。

「珍しいのね、今日は二択なの?」いつもはドレスを持ってくる前に、何がいいか聞いてくれるのに。

「セレスティンさまが今日はこの二着のどちらかが良いと強く仰るので」

 ゾフィーの頬は緩みっぱなしだ。叙爵式のときもそうだったけど、お兄さまはときどき私が身に着けるものに口を出してくる。私に何が似合うか、お兄さまはよく知っている。


 少し朝は肌寒く、少し厚地のピンクのドレスの方を選んだ。それを着せてもらい、白いリボンでツインテールを結わえる。貝殻とガーベラを象ったネックレスをつけて、完成。

 ランドルフに急かされるようにして、私は馬車に乗り込んだ。

「なんだ、寝坊か?」

 白い歯を見せてアーサー王子が笑う。一番上等な当家の馬車の中にはすでにアーサー王子とセレスティンお兄さまが乗り込んでいた。二人ともゆったりしたシャツ一枚で今日はジャケットも着ていない。杖は持っているし、仕立ての良い軽装ではあるのだけれど。王子に向かい合うよう、兄の隣に座る。

「女の子は身支度に時間がかかるの!」

 つい乱暴な言い方で返した私の口を隣から兄が大きな手でサッと覆う。その指を噛みそうなところだった。

「失礼しました、アーサー王子」

 頭を下げた兄に、王子は「子ども同士のことだから気にしなくていい」なんて笑っている。いや、それ子ども本人がいうセリフじゃないと思うよ?

 五分か十分ほど走ると、馬車は澄んだ湖のほとりで止まった。兄の提案で今日は急遽湖に遊びに来ることになったのだった。まだ強い夏の終わりの日差しを水面がきらきら照り返している。波があるほど大きな湖でもないけれど、水際の一部には白い砂浜もある。続いて二台目の馬車から護衛が、三代目の馬車からレッドフォード家の使用人たちが下りてくる。泳ぎが得意な面々なのだそう。


「舟だ! なぁ、あれ乗ってみて良いか?」


 ほとりに係留してある数隻の木造ボートを指さして、アーサーが振り返る。もちろんですとお兄さまも自らオールをとっている。


「ユリア、こっち!」


 アーサー王子に手首を引っ張られ、二人で手漕ぎボートに乗り込んだ。使用人の一人が小さ目のオールを渡してくれて、王子は少しふてくされながら大人用のものと引き換えにそれを受け取る。大人用のオールはさすがに重いだろうな。

 護衛の何人かは陸に残り、一人が別の手漕ぎボートでついてくることになった。当家の使用人たちもそれぞれのボートに分かれ、少し距離を取りながらもついてきてくれる。王子は意外と慣れた様子でぐんぐん漕いでいく。


「アーサー王子、舟、乗ったことあるの?」

「アーサーでいい。ほぼ同い年だろ?」

 

 そういう問題なんだろうか。王子と伯爵妹じゃ大分身分が違うと思うけど、身分より年齢が重視される異世界なの? 混乱する私にアドバイスをくれる人はこの場にはいない。

「去年叔母様の城に遊びにいったときに川で舟に乗ったんだ。ここの湖は流れがないし、ずっと簡単だよ」

 砂浜に残って日光浴しているお兄さまが豆粒大にしか見えなくなると、王子はオールを漕ぐ手をとめた。ボートに引っ掛けて、ぐーっと両腕を伸ばす。少し休んで、湖に二人で手を差し入れた。透明で冷たい。水の下を泳ぐ小魚を眺めて身を乗り出したところで、遠くから使用人たちに怒られて、二人顔を見合わせて笑った。王子はまたオールをとって、使用人たちと反対方向へゆっくり漕ぎ始めた。


「ごめんな、一昨日夜のうちにお見舞いに来れなくて。知らせを聞いてすぐ行こうと思ったんだけどさ、疲れているだろうし女子はそんなところ見られたくないだろうと母上に止められて」

 私は小さく首を振った。そんなこと、謝らなくていいのに。

 一昨日誘拐され、夜遅くレッドフォードのお屋敷に戻ってきたけれど、朝までは土埃の残った髪のまま眠っていただろうから…正直なところ人に会いたい状態じゃなかった。しかも昨日の寝起きの自分の体調は最悪だった。頭が痛くてしょうがなかった。今日は全然元気なのだけど。

「昨日夕方までは寝ちゃってたし、頭が痛くてぼーっとしていたから、丁度良かったよ」

「何?」

「なんだか目の奥が痛くて、頭が痛くて、なんだかのぼせたみたいになっちゃってて。お医者さんは脱水症状だろうっていってたんだけど。今日はもう調子良いよ」

 昨日の話を笑い話よろしく王子に伝える。寝起きで調子が悪くて、お医者さんを呼んでもらったのに、頭痛は寝すぎのせいだって言われたことも。

 王子は明らかに顔をゆがめた。顔に「は?」と書いてある上、オールを漕ぐ手が数秒止まった。水面を眺めながらも見ていない、何か考えている様子で、彼は再び船を漕ぎはじめる。


「アーサー?」

「なぁ、お前の救出にあたって、うちの兵が何か薬をつけた矢を放ったのは聞いたか?薬はうちじゃなくてお前ん家で用意したらしいんだ」


 薬? 私は知らない。あぁ、でも、


「マタタビを使ったってお兄さまが笑ってたわ。一か八かだったけど効いて良かったって」


 王子は少し肩をすぼめてこちらを一瞥した。口元はやはり「は?」と言っている。そよ風が王子の銀色の前髪を撫でていく。


「いくらシャンガーラだってマタタビだけで眠りやしないさ。お前だって夕方まで寝てたんだろ? 何か睡眠薬を混ぜたって考えるのが自然だろ」


 睡眠薬? 


 王子はようやく顔ごと視線をこちらへ戻した。オールを漕ぐ動きは止めず、まひるの日差しが彼の銀髪と透き通るほどの白い肌を照らす。


「もしかして、頭が痛いのはその睡眠薬のせいじゃないのか」


 今度は私が顔をしかめる。誘拐されたときのシャンガーラ二人の様子を思い出す。先に体の小さいシャロが倒れ、その上にザジが眠り込んだ。睡眠薬と言われればそうかもしれないけど、だったら、どうして。


「睡眠薬なんて調合できるのは医者くらいだろう? お前を診察したその医者もグルじゃないのか。本当は睡眠薬が残っているせいだと気づいていて、寝すぎだなんて笑ったんじゃないのか」


 アーサー王子はいつも兄に対して手厳しい。

 そんなひどいことしないと言い返したかったが、実際どうなのだろう。兄はともかく、医者は初対面で彼が良い人なのかそうでないのかは検討もつかない。人当たりは良さそうだったけれど。


「よく考えてみろ。今回、得をしたのは誰だ」

 得?

 得なんて、だれも・・・・


 いや、一人いる。一人、今回の件で、王都とのコネクションを強くしたとみてとれる人が。


 私の顔が青く血の気が引くのをみて、アーサー王子は続ける。


「ユリアに何かあったと聞いて僕は兵を派遣した。ユリアは無事に帰ってきた。派遣したからには様子を見にくるだろう?王都からここは幸い遠くない。その様子を他の貴族はお抱えの諜報員から聞いているはずだ。いい牽制になるだろうさ」


「そこまでわかってて、なんで来たの?」

 素朴な疑問として、つぶらな瞳で聞いたのだが。


「なんだ、来ちゃ悪いのか」


 王子は口を尖らせた。あああ、いや、そうじゃない、来てくれたのは嬉しい。心配してくれたのは嬉しい。私はブンブン顔を横に振った。


「心配してくれてありがとう。来てくれて嬉しかったよ」


 これは本当。昨夜はまだ本調子じゃなかったけれど、知り合ったばかりの同年代の子が来てくれて、嬉しかった。


「なら、いい」


 アーサーは口元を緩め、そっぽを向いた。兄がいるのとは反対側の、湖の沖合を眺めていた。






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