幼なじみ2
レミリア国西方の港町アルエ。
それがいま私の住んでいる街。
丘の上にあると言う貴族の屋敷には近づいたことがないけれど、それ以外はだいたいわかってきた。
西の港では漁業のほか他国や他の街との物品のやりとりがあり、その一画は漁業に使われていて、タラに似た魚や鮭に似た魚が多く取れる。海老の大きなやつも見たことがある。たしかロブスターとかいうやつだ。
港から真っ直ぐに教会までメインストリートが続き、商店やレストランが連なる。うちの仕立て屋もこのメインストリートから一本入っただけの比較的視認性の良いところに立地している。メインストリートから看板が見えるかどうかは重要だ。
教会の裏には学校があり、十二歳か十三歳くらいまでの子はここで学ぶ。私やマックスはもう最年長で、そろそろ寄宿学校に入るのか丘の向こうの高等学校まで通うのか、それとめ仕事をするのか決めなければならない年齢ではある。
「あんた達乗ってくかい?領主様に野菜を届けた後で荷は空っぽさぁ」
マックスと並んで学校から帰っている途中、荷馬車の上から近所で八百屋を営むおばちゃんが声をかけてくれた。「もちろん!ありがとう」「礼ならうちの馬にいっとくれ。働くのはこのこだからね」
家の前まで荷馬車で十分とかからなかったと思う。マックスに一旦手を振って別れ、部屋まで荷物をおきにいく。教材の入ったカバンが重いせいでカバンを持ったまま寄り道する気にはさらさらならない仕様である。荷物を部屋の隅におき、また階段をかけおりて、釣竿を抱えたマックスと合流する。メインストリートへ出て今度は学校や教会の反対側、西側に向かおうとしたところで、港側から品の良い馬車が凄い速さで走ってきた。
「ユリア!」
マックスに抱きこまれて地面に転がる。馬車は続けてもう一台走っていった。貴族のだと思う。全然通行人なんて見てないふうだ。転がったときに膝をすりむいてちょっとヒリヒリする。
「大丈夫か?」
馬車が完全にいってしまってからマックスは起き上がった。起き上がって上から下まで確認して、膝にふれる。まじまじ見られるとはずかしい。ママが仕立ててくれた深い緑色の半袖のワンピースは膝下までの長めのものだけど、タイツをはくような季節でもなくすりむいてしまった。
「あんたたち大丈夫かい?ありゃどこのお貴族様かねぇ」
雑貨屋の屋台のおばちゃんだ。商品は無事みたい。
「だ」いじょうぶらと言おうとしたところでマックスに遮られる。
「こいつが膝擦り剥いちまった。おばちゃん、消毒液とかもってない?」
「もってるよ。屋台じゃちょっとした傷なんてしょっちゅうさ。ちょっと待ってな」
テーブルの下でごそごそしている。
「マックスは大丈夫?あ、ほら、擦り剥いてるじゃん!」
肘が少し赤くなっている。彼の日焼けした肌にそっとふれる。マックスのシャツもうちで仕立てたやつだ。黒いズボンは足首まであって、膝が大丈夫かどうかはわからない。
「あぁ、気付かなかった」
本当に気づかなかったみたいに今肘をみている。おばちゃんに手当てさせてもらって、港まで歩いていく。港に近づくほど賑やかに威勢の良い店が増えるのは海風のせいかなぁ。
ここの砂浜のビーチはさほど広くない。ほとんどが漁業や貿易に使われて船着場ばかりになっている。
「よし、釣るぞ!」
「ガッテン!」
堤防まで走っていってすわりこみ、釣竿を振り上げる。おしゃべりな私達だけど、釣りをしている時間だけはけっこう静かにしている。魚が逃げてしまって夕飯無しは悲しいからね。
あれ?そういえば伯爵はいつ迎えにきてくれるんだろう。
このままの生活も楽しいけどマックスかルカがスパダリに化けない限りこのままじゃモブまっしぐらなんですけど!!!
鯛に似た大人の手のひらより少し大きな魚を五匹釣った。恋愛小説の主人公が魚なんかつるかなぁとちょっと心配になるけれど、これはこれで楽しい。
もたもたしながら釣竿を片付けて、魚を持ち帰る準備を済ます。
気付いたら太陽が傾いてきて、マックスの黒髪もいつもより明るく赤く光をあつめていた。
異世界にきても夕日はとてつもなく綺麗で、東京みたいに高層ビルなんかもなくて赤い空はずっと広くて、私たちはちっぽけで、こんな景色の中にいると少し物悲しくなる。
どこかの伯爵家から迎えがきたら、このマックスともお別れなのだ。
「なんだよ、じろじろ見るなよ」
もしもこの街の領主さまがひきとってくれたら、まだこれからも一緒にいられるのかな。
「えへへ。マックス、昨日お花ありがとうね。部屋に飾ったよ。すごく綺麗」
「どーいたしまして」
いつもより赤い顔をそらす。夕日が海に向かって落ちていくまで、もう時間はかからないだろう。そろそろ帰らないと。
二人並んで来た道を戻る。メインストリートも来た時より人影はまばらになって、来たときより長く細い影がすれ違うひとの足元からのびている。