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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
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ハニーミルクティー

 


 意識を取り戻したときには既に瞼は開いていた。刺繍入りの見慣れた天蓋が視界の中央にあり、脇に見えるカーテンは閉まっている。裏から強く光が射しているから、もう真昼間らしい。

 目の奥が重く、こめかみにかけて鈍い痛みがある。

 手を伸ばしてみる。手首には縄の跡が薄くあるような無いような、はっきりしない。

 長い夢を見ていたんだろうか。戦闘民族だという二人組に誘拐され、縛られ洞窟に転がされていたはずなのに。


「あぁお嬢さま!!お目覚めですね!?どこか痛いところはございませんか」


 私付きメイドのゾフィーにぎゅうと抱き着かれて、正確には抱き起されて、彼女の三つ編みから淡くシャンプーの香りがした。あぁ、うちに帰ってきたんだという気持ちと、やっぱりあの事件は現実だったんだという気持ちとが綯い交ぜになる。肩をつかんでそっと離され、ゾフィーは目に少し涙をためて私のほうをじっと観察している。

「頭が少し、痛いけど」

 喉から出た声は想像より小さく枯れていて、自分でも少し驚いた。ただ頭痛以外は大丈夫そうだ。手を動かしてみる。脚を動かしてみる。痛みはなさそうだ。

 洗面器にためた水にタオルを浸し、ゾフィーは丁寧に私の頬や首筋をぬぐってくれる。その布をついじっと見たけれど土がつくわけでもなく、すでに一度体をふいてくれた後のようだった。

 ちょうど体を拭き終わった頃、ドアを小さくノックする音がした。


「ふふ、たぶんキヨナガですわ、お嬢様。少々お待ちを」

 そう言って扉を開けに行ったゾフィーの予言通り、ティーセットの載ったお盆を左腕に抱えたキヨナガが静かに入ってくる。


「キヨナガ!良かったぁ、無事で・・・」

 声の最後の方はもうほとんど息だけだった。私が縛られ馬車に載せられたあと彼がどうなったのか、見えていなかったのだ。「運が良かっただけですが」と彼はため息をついた。いつもより低い声色で意気消沈しているようにも見えるが、仕事はしっかりこなす人である。


「お目覚めになられたと聞こえましたので、お飲み物と軽いお食事をご用意いたしました。食べられそうでしょうか?」

「うん、紅茶ははちみつをたっぷり入れて」


 頭が痛いときは少し甘いものを飲みたい。まぁ、そうでないときも大概甘いケーキを食べているけれど今日は忘れることにしよう。

 ベッドに座ったまま起き上がり、枕とヘッドボードに背中を預けた。すぐそこの窓辺にある椅子とテーブルのセットまで移動するのも億劫なくらい、目の奥が痛い。キヨナガはいつも通りの半ズボンにシャツ、ジャケットを羽織った制服に身を包み、そっとテーブルへお盆ごと置いて紅茶にミルクとはちみつを入れて準備してくれる。ティーセットの横、ガラスの器に入っているのはジュレのようだ。今はこういう軽いものが嬉しい。


「キヨナガはどこも怪我はない? 今日くらい休めば良いのに」


 言いながら紅茶を受け取る。ほとんどミルクと蜂蜜で、ほんのり味付け程度に紅茶が残っている。今日はこれくらいがいい、本当、疲れた。

 彼も昼まで起き上がれずに眠っていて、今はもう夕方なのだと言われた。あのあとキヨナガもやはり縛られて道端に転がっていたところを、幸い商人の馬車が通りがかり夜遅くにこの屋敷へ帰ってきたのだと。その話を聞いてまたぞくりと昨夜の恐怖を思い出した。珍しくカーテンも開けずに薄暗いままなのは、昨日の件のせいだろう。

 そうはいってもお腹はすいていた。いつも三食食べているのに昨日の夜から今日の昼まで何も食べていないのだ。今度はジュレを受け取ってスプーンですくい、青葡萄のさっぱりした果汁で乾いた喉を潤す。うちのシェフは優秀、優秀。ぺろりと平らげてしまい、ゾフィーはキッチンに追加の料理をリクエストに行った。


「昨夜はお守りできず申し訳ありませんでした」


 光を隠した窓辺に立ったままだったキヨナガは目を伏せ、頭を下げた。

 私は慌てて首と手を振る。「あんなプロ相手に私たちがかなうわけないじゃない、本当無事でよかっ・・・」末尾まで言い切れずに、くらりと頭痛がよみがえってきて、一瞬目の奥が真っ暗になった。その様子を頭を上げたキヨナガにみられ、ヘッドボードに打ちそうになった後頭部をあと一寸のところでなんとか支えてくれる。そのままそっと枕まで体を戻してくれて、すぐにベッドの反対側へ回り、そちらにおいてあった洗面器でタオルを絞りはじめた。

「頭痛ですか」

「少し」

「医者を呼びますので、お休みになっていてください」

 ここで上品な貴族令嬢なら頷いて静かに布団にもぐりこむところなのだろう。が、私の場合はそうはいかなかった。


 ぐぅううううううぅうううううう


 盛大に、ユリア・レッドフォード十歳のお腹の蟲が歌い上げた。タオルを額に置いてくれたばかりのキヨナガと思い切り目が合い、私は文字通り目だけを、目玉だけを横にそらした。

「ふ」

 口に手をあてて、キヨナガはこらえきれずに笑い出した。ちょっと、一応従者が一応主人に対して失礼じゃない? とは思うが、それよりなによりこのタイミングで鳴るお腹が恥ずかしかった。文句も口から出せずに、ただただ唇をかみしめる私。頬が赤くなっていくのがわかる、熱があつまっていくのがわかる。

「医者も呼びますが、その前に腹ごしらえですね。間もなくお持ちいたします」

 語尾が笑っている!声が笑っている!

 文句を言いたかったけど、そんな気力もなく、私は一度瞼を下した。




まだ本題に行きつかずに目を覚ましただけですが、長くなりそうなので一回区切ります。

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