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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
38/46

二人組2

ダンゴムシ注意報! 虫は出てこないけど比喩も苦手だよ、という人は回れ右が良いかもしれません。

 


「そろそろいいか、まだ生きてるか?」


 長い間地面に転がされていたと思う。見えなくとも土の香りが近かった。

 目隠しと猿轡を外されると、そこは洞穴を使った古びた狩猟小屋のようだった。空はとうに真っ黒で、キヨナガが言っていた通り月明かりもなく、暗闇だけが洞窟の外に広がっているのだった。


 言っておくけど叫んでも無駄だよと背の高いほうの女はいう。続けて、半径3キロ以内に人間の匂いはしないのだと信じられないことをいった。背の低いほうの姿は見えない。

「うるさくしたら喉を焼くからね」

 焚火をしながら彼女は白い歯を見せて笑う。この女なら本当にやるだろう。私は黙って頷いた。

 私は両手両足を縛られ頬を土につけたまま、顎だけを動かして下から上までジッとその背の高い女性を見た。

 これほど黒い肌は、転生して以来レミリア国では見かけたことがない。日焼けしたインド人くらいの肌色だと思った。根っからのナイジェリア人ほどの深い黒ではなくとも、この外見で昼間このあたりの町を歩いたら目立つだろう。背が異常に高いだけでなく胸も大きい。腕や足は引き締まり、格闘家のそれである。服の脇からちらりとみえる腹筋も割れていて、とても私では戦えそうにない。

 そして何より目立つのが、血色の髪から覗く大きな黒い耳だ。


「なんだい、初めて見るのか?あたしたちみたいな身体の人間」


 地べたに転がったまま私は頷いた。人間といっていいのかも本音でいえば、わからない。キヨナガは彼女を『獣人』と呼んでいた。

 私のそれよりも高い位置に耳がある。頭部におけるバランスでいえば猫の耳の位置よりはいくらか低い。猫と人の間ほどのところに三角形の耳があり、それは私のよりずっと大きく、自在に動くらしいのだ。獣人とキヨナガが言ったのもわからないでもない。

 人の言葉を話すし、服も来ているし、武器も使う。

 当人が『あたしたちみたいな身体の人間』というからには、哺乳類ヒト科ヒト属なのだろうけど、耳の位置にしても身体能力にしても同じ人類だとは到底思えなかった。こんな人が例えばオリンピックに出場してきたら大パニックになるだろう。

 ああ、でも、昔々黒い肌の人に初めて出会った白い肌の人も同じように思ったのかもしれない、こんなに身体能力の高い生き物はヒトではないなどと罵ったのかもしれない、などと思いを馳せそうになる。

 今はそんな場合じゃなかった。私は誘拐されたのだ、どうみても。


「あの、私はどうなるの? もう一人の小柄な人は?」猿轡をしていたせいで唾液が気持ち悪い。

「あんたんとこの伯爵次第さ。 もう一人については、内緒」

 巨人のような女は竹でできた水筒からぐびぐびと水を飲んでいる。水と二本の刀くらいしか持ち物は無いようだ。

 この細い洞窟の奥も暗闇で、外も暗闇。ここがどこなのかもわからないし、外から人の声など全くしない。隙をみて逃げるとしたらどうすればいいか、算段しようにも途方にくれる。

 そもそも隙なんてあるのだろうか。

 彼女は覆面で顔を隠すでもなく、ただ私のすぐ隣で焚火をやりながら寛いでいるのだ。


 顔を見てしまったからには普通、殺されるのではないか?


 理屈でたどりついた考えにゾクリとする。

 どうしよう、ここで殺されて消滅するの? ユリア・レッドフォードの十年間の人生はここで終わりなの?

 短い人生だったな。膝を抱えて反動で起き上がり、焚火にあたるため少し火に寄ることにした。高地にいるのだろう、半袖のドレスでは寒いくらいだ。薄い緑色のドレスは赤土に汚れてしまっている。

 『獣人』は焚火に枯れ枝をくべ、ウサギの肉を焼いている。あくびをして、火の通り具合をみているが、まだまだ肉が焼けるまで時間がかかりそうだ。

 暇だから少し話そうぜ、洞窟の外に向けて耳を動かした後、女は口を開いた。 

 断る理由はない。何よりこの状況で彼女のご機嫌を損ねたくない。


「あたしたちはこの国じゃ珍しいけどさ、セントウ民族っていってね」


 セントウ民族?


「お風呂が好きなの?」


 長いこと横になっていたせいか、ぼうっとした頭で銭湯民族という字を浮かべ、つい聞き返してしまった。

 今、たった3秒前に、ご機嫌を損ねたくないと思い誓った私はどこへいった最悪だ。

 あぁ殺される!と肩をはねたのは一瞬で、赤髪の女は大声で笑いだした。コオロギのような虫がかすかに鳴いているだけの闇夜に明るい笑い声が響く。


「のんきなお嬢さんだ。銭の湯じゃない、戦い闘うんだよ」

 よく笑い、その声はよく響く。

「ははっ 銭の湯なら入りたいところだね」苦しそうにまだ笑っている。


「あたしたちは戦闘民族シャンガーラっていうんだ。この国には領地をもたない日陰ものさ」


 自己紹介まで始めた。こうなってくると、もうほぼほぼ殺されるんだろうなと開き直るしかない。彼女は続ける。


「シャンガーラってのはさ、女は女だけで群れをつくり旅をするんだ。うちらは二人組で動くことが多いけどね。海の向こうにはうちらだけの国もちゃんとあるらしいよ。あたしは行ったことないけどさ」


 オレンジ色の炎が彼女の褐色の肌と金色の鋭利な瞳を照らす。不本意にも、美しいと思ってしまった。

 大きな一重の目はやや釣り目で唇は薄く、猫のようなひとだ。獣耳があるだけでなく。


 ん? 美しい?


 そこでふと、私が生きている世界線を思い出した。転生の案内人によれば、私は「恋愛」小説の中に生きているはずなのだ。バトルアクションものでもハイファンタジーでもなく、恋愛小説だ。


 ということは、

 これはもしや、ねぇ、転生案内人のおじいちゃん。

 もしや私たちは、

 百合小説に向かっているのではないか?


 女主人公に女の相手役の、いわゆる百合。

 なんなんだ美しいって。私はなんていう感想を彼女に対してもってしまってるの!

 ほかにだれもいない洞窟に二人きり、私は手足を縛られている、ってどういうシチュエーションだ。

 いやいや、しかし。続けて客観的に考える。

 この女性は果たして、百合小説の読者受けするだろうか。私のキャラクターは百合受けするだろうか。お姉さん×幼女?私はもう十歳だよ?仮にそうだとしても、その場合お姉さんは巨乳なだけではなくゆるふわ設定がいるんじゃないのかな。巨乳クール長身筋肉質ってどこ需要があるの? 


 私が悶々としている横で、女はウサギに細い枝を通して焼き加減を確認している。

 おいしいのかな。ちょっと分けてくれないかなぁ。お腹すいた。


「シャンガーラのなんていうの。名前は?」


 もし本当に百合小説だったらいつまでも「大きいほう」とか「女」なんて呼びはしないだろう。博打を打つつもりで聞いてみる。

 どうせ顔を見た以上殺されるだろうから、と考えると哀しいけれど。


 女はその豹のような金色の目を見開いて私をみた。金色の虹彩の中に細く黒い瞳孔が浮かんでいる。

 小さく「変わったやつだね」と笑って、彼女はまた枯れ枝を火に投げ入れる。


「ザジ」


 ザジ? どういう意味だろう。聞き慣れない音の名だなと思った。


「ま、すぐに忘れる名さ。あんたの兄貴が金もってこなかったらこの洞窟があんたの墓場だよ」

 ああ、さっき伯爵次第っていったのはそういうことか。身代金を要求したのね?

「ちなみに、いくら要求したの?」

 ザジと名乗った女から家が五棟は立ちそうな金額をさらりと返された。な、そんな。たかが十歳の何も成し遂げていない私に?

 十歳まで別々に暮らした、先月兄妹になったばかりの私に、そんな法外な金額要求したの?

 爵位をついですぐの、これから事業を始めようというお兄さまが、先月知り合ったばかりの妹にそんな大金を払ってくれるだろうか。

 これはもうもしかしなくとも、十二歳までの消滅確率がいまだ75%もある理由はこれだったんじゃないだろうか。 


 ああ、ここで殺されるんだ私。ここまでかぁ。


 頭がくらくら、ぼうっとしてくる。熱いお風呂に長時間入った後のようなそんな感覚だ。

 優しいセレスティンお兄さまの顔が思い浮かぶ。

 同時に、王宮でアーサー・ヴァンハイム王子が言っていた言葉を思い出す。

 だまされていないか? と。

 もうため息しか出ない。


「そう落ち込むな、いざってときには楽に殺してやるからさ」


 ザジはニカッと白い八重歯を見せて笑い、私の頭を撫でた。いやいやいやいやいやいや、そんな綺麗な笑顔向けてもダメだから!顔とセリフが合ってないから!!

 ザジは私の横で、ほどよく焼け色のついたウサギにかぶりついた。胡坐をかいて豪快に食べていく。やっぱり私への分け前はないらしい。そりゃそうか。

 ぴくりと黒い獣の右耳が動いた。それを見て私は洞窟の入口に顔を向ける。・・・何もいない。なんだったんだろう?

 そう思ってしばらくすると、足音が聞こえてきた。終止ザジの耳はピクリピクリと動いていた。

「ただいま」

「おかえり。どうだった?」

 高い声は、さっきの小さいほうの女だ。黒いフード付きのワンピースを着ていてほとんどそのピンク色の髪は隠れている。ショートパンツからのぞく脚は余計なぜい肉もなくやわらかな筋肉で、やはり黒い肌に覆われている。ザジもこの女も二十歳そこそこくらいだろうか。

 小さいほうの女は左手に鳥を捕まえてきていた。首をつかんでいるが、もう死んでいるようだった。私を間にはさんで焚火の近くへ座ると、その羽をむしりとりはじめる。


「気持ち悪いくらい落ち着いた男だったわ。身代金要求の手紙を開いても涼しい顔で紅茶を飲んでいたのよ」


 彼女の声は抑揚がないがアニメの女の子より高く細く、声からしたらまだ十代かもしれない。

 ザジ同様に猫のような釣り目がちな顔をしている。姉妹だろうか。金と青のオッドアイで、より珍しい。

 ザジはまた大声で笑った。「ははっ そりゃいい。やっぱりあんた、血ぃつながってないんだろ」私の方にウサギを刺していた串を向ける。

 首をふるふるとふって答えるが、正直私自身も確かなことは知らない。ただ同じ髪色をしていて、一カ月前には兄だといわれてすんなり受け止めた。

 まぁぶっちゃけ、伯爵令嬢になることも転生時にわかっていたせいで違和感はなかった。


「どうするの、血つながってなかったら。もう殺しちゃう?」


 小さいほうがひどいことをさらりと言いだす。

 そんなこと言い出すなお願いだから!

 幸いザジはまた口を大きく開けて笑った。ご機嫌は随分と麗しいらしい。

「ま、一応期限までは待ってやろうや。あたしは心が広いんだ」

 ザジはまた竹筒の水を喉に流し込む。よく香りをかいでみると、どうやらお酒のようだ。酒豪で長身巨乳筋肉質って、ほんとにどこ需要?

 それに、とザジは続ける。


「よく見ると結構かわいいじゃん? シャロの小さい頃よりかわいいぜ」


 舐めるようにこちらを見て上体を近づけてくる。顎をつかまれ、つうと冷や汗が背中を流れていく。

 ああ、百合なのか?でも需要は(以下略)

「ザジ、ダメよ」

 小さいほうが大きいほうを睨む。するとザジは「いいだろ、あたしももう名乗ったしどうせ軍人だろうが伯爵だろうが誰が来たって、どうせあたしらよりはずっと弱いんだ。身体のつくりが違うんだよ」などといっている。

 どうやらシャロとは小さいほうの名のようだ。今でも平均的な大人より小さいが、もっと小さいころと比べて私のほうが可愛いといわれているらしいぞ。それで首の皮一枚今つながっているならこの外見に感謝しよう、ママありがとう。


 ビクッと二人の右耳が跳ねた。

 今度は何? 


 何か飛んできたものをザジが抜刀して切り裂く。はじかれたそれは地面に落ちる。

 矢だ。羽の部分の大きい矢。


「シャロ!」

「わかってるわ」


 矢はさらに容赦なく洞窟の入口から降ってくる。シャロは伏せ、片手にナイフを四本扇のように開いている。

 わ、わ、わ、ちょっと、手も足も縛られて逃げられないんですけど!!??

 私はダンゴムシの要領で腹筋と膝を使ってなんとか洞窟の奥に移動を試みる。もちろんほとんど動かない。

 ザジは舌打ちし、手際よく矢をはじいていく。ねぇシャンガーラって、視力もめちゃくちゃ良いのでは?

「どういう技使ってんだ。めちゃくちゃ遠くから射ってきてやがる!」

 そうなのか、と感心した。なんにせよありがたい。

 なんとか、逃げなくちゃ。


 しばらくすると矢が止まり、しかし盗賊二人組の獣の耳はぴくぴくと動き情報を集めているようだ。

 私より後ろ、洞窟の奥に二人とも立って構えている。ええ、今度矢が飛んできたらきっと私、盾にされるやつ。


「・・・なんだか変だ」

「ええ、距離感が、つか、み、にくい・・・・」


 小さいほうが膝から崩れ落ちた。 何? なんなの?

 彼女は頬を少し赤く染めて瞼を閉じている。


「おい、シャロ!?」 


 ザジは耳を入口の方に向けたまま、シャロという少女(のような女性かもしれない)の体を抱き起した。

 が、間を置かずザジの方も首で船を漕ぎ始め、ぱたりとシャロの上に覆いかぶさった。

 洞窟の外で足音が、する。


 私はなんとか、なんとか縄をほどけないかとナイフを探す。ザジの手元にあるナイフを、どうにかしてつかめれば! ダンゴムシの足より短い今の自分の手の可動域を恨みながら、必死で肩がつりそうになりながら背中側に縛られた手を伸ばす。

 足音は近づいてくる。そして入口の前で音は止まった。


「ユリア? 起きている?」


 この声。

 声を聴いてほっとした。

 知っている。この声なら知っている。

 姿は見えないけど間違いない。


「セレスティンお兄さまでしょう?」


 詰めていた息がふぅと胸から吐き出される。ああ、よかった、助かった。

 少し間があって、洞窟の入口に人影が二つ見えた。ああ、間違いない。助かった!

 そう思ったところまではよく覚えている。嬉しい哀しいことほど記憶に残りやすい。だからというわけではないが、そこでさっきからぼうっとしていた頭にさらにモヤがかかりのぼせるように、私の意識は途切れた。







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