二人組
小休止は終了、物語を進めるよ。
前世でこんなことが書かれた本を読んだことがある。
二人組の強盗というのはあまり宜しくない。
俺は右、お前は左、とそれぞれ分担制になり、一人で金品を奪うのとそう変わらないそうだ。
三人組ならば悪くない。二人が揉めはじめたら残りの一人が仲裁に入ることもできるし、多数決もとれるからだという。
そんな話を読んだことはあったのだが、その日私たちの馬車を襲った強盗は二人組だった。それも女性の二人組だ。
高原の中のあぜ道を風をきって進んでいく。
出発が遅れたせいで夕日が沈もうとしていた。深い藍色の空の下端にわずかに夕日の赤の気配が感じ取れる程度の暗さに、キヨナガは少しイライラし始めていた。
「御者、あとどれくらいで着く」
「もう四十分もかからないと思いますよ。ちょうどレッドフォード伯爵領に入ったところでさぁ」
窓から出していた顔を引っ込めて、キヨナガははぁとため息をついた。
「だから早く出発すべきだと申し上げましたのに」
「ご、ごめんなさい。でもケーキはおいしかったでしょう?」
ギロリとキヨナガの真っ黒な瞳がこちらに向く。
すぐにまた杖にのせた両手の方へ視線は伏せられ、「ええ、そりゃもう・・・しかし・・・」と口ごもり始めた。その様子を見て喜んでくれたみたいでよかったな、と能天気に考えて、私はいつもに増してにこにこしていたのだった。
馬鹿なやつほど火の海へ飛び込むなんていう表現も、同じ本の中にあった気がする。馬鹿と夏の蟲は同じということだ。
今私はまさにそれだった。
叙爵式後の今、夜に馬車で走り続けるなど愚かでしかなかったのに。
事件が起こったのはキヨナガとケーキの話をしてから間もなくだった。
馬が悲鳴をあげ、ガタガタと馬車が揺れる。御者が「攻撃を受けています!刃物が飛んできています!」と状況を知らせてくれたものの冷静だったのはそこまでで、あとは言葉にならない声を叫びながら馬車は右へ左へと揺れはじめる。
チッ と普段は品の良いキヨナガが舌打ちをする。
何? 何が起こっているの?攻撃?
「だから早く出発すべきだと申し上げましたのに」
淡々とした抑揚のない声に怒気が含まれている。大事なことだからか嫌味なのか、同じセリフを吐きながら。
「今日は新月ですから、敵さんに都合が良すぎますよ」
キヨナガは右手でしっかり杖をつかみ、左手で私の肩をつかんで引き寄せた。
「伏せて!」
ガタガタと馬車の揺れが大きくなり、急ブレーキをかけた車のように強い振動が伝わった。前から後ろへと叩きつけられる。当然背もたれにエアバックなんて装備されていない。
馬の蹄の音が遠のき、逃げてしまったのだとわかったのはしばらくしてからだ。私ユリア・レッドフォードはこんな事態に慣れていない。
数秒の沈黙のあと馬車の扉が開き、俊敏に子供が入ってきた。私と同じくらいかそれより小さい女の子だ。うす暗い闇に明るい金と青のオッドアイ、そして派手なピンク色の髪が視界に突如浮き上がったかと思うと、目の前にナイフを突きつけられた。殺される、と反射的にぎゅっと目を閉じた瞬間、別の低い声がする。低いが丸みのある女性の声だ。
「気が早い。まだ殺すな」
褐色の肌の女性がその子どもの後ろに立っていた。曼殊沙華のような燃えるように赤い髪から真っ黒な獣の耳がのぞいている。猫のような豹のような黒い耳はひくひくと前へ後ろへと器用に動き、目の前にいるこの人が何なのか、何者なのか、私は頭が回らずにいた。
「獣人か」
小さな声でつぶやいたキヨナガに、その女性はハッと鼻で笑った。
「失礼なことをいう小僧だね」
小さな女の子どもの方の首根っこをつかんでひょいと馬車の外に出してしまうと、今度はその大人の女性に刀を突きつけられる。カチリとつばが鳴る。小太刀のような短めの刀だ。彼女の金色の相貌はひどく鋭利で冷たく、自分の背筋から二の腕にかけてゾッと凍るように鳥肌が立つ。
「後ろのあんた、レッドフォード家の娘に違いないな?」
何が、何が起きているんだろう。
震える手でギュッとキヨナガの燕尾服をつかむ。がたがたがたがた、寒くもないのに指の振動が止まらない。
これが恐怖なの?
「沈黙は肯定とみなすよ」
彼女が刀を振り下ろすより早く、キヨナガがどこからか剣を出して彼女の目へ突き刺そうとした。瞬きをする間もなく彼女は後ろへ飛び、キヨナガも外へ出る。
「仕込み杖かい!? 異国の子が粋なモン持ってるじゃねぇか」
カンッ と軽い音がした。
キヨナガの杖に仕込んであった細い剣は彼女の小太刀に弾かれ十メートルほど先に飛ばされてしまっていた。女性は小太刀を二本もち、片方をバトンかおもちゃみたいにくるりと回転させている。
「面白い発想だけど、あたしらの敵じゃないね」
どうしたらいいの、だれか、 だれかいないの? 泣きたい気分だが泣いている場合じゃない。
御者は腰が抜けてしまっている。
これではキヨナガ対武器をもった二人組だ。
大人の赤髪の獣人の方は身動きのとりやすい袖のない黒いシャツを着て、同じく黒い足首までの細身のパンツをはいている。忍者みたいだと呆けた頭の隅で思った。要はプロなのだ。そのへんの柄の悪い不良とは立ち姿も構えも違う。すらりと背が高く百九十センチはありそうで、小柄で武器もなくしたキヨナガに最初から武器もない十歳の私では、絶望しか見えない。
子どもだと思っていたほうも良く見ると子どもではなく、背が低いだけのようで隙がない。こちらも獣のような耳があり、黒いフード越しに形だけが見える。
キヨナガの首に手刀を打った後、赤い短髪の方がこちらに近寄ってくる。威圧されるこの感覚は、肉食動物にロックオンされたシマウマなら共感してくれるかもしれない。などとやはり場違いなことを頭で考え、体は震えていた。体の方が正直だ。
「おやおや、よく見たらかわいらしいお嬢さんじゃないか。そう怯えないでおくれ。すぐに殺したりしない」
すぐにじゃなくてもいつかは殺すなら一緒じゃないかと叫びたかったけれど、まったく声にならない。自分の息がうるさい。自分の心臓がうるさい。ガタガタ震える手指がうるさい。
震えて体がうまく動かずわけもわからないまま手足を縛り上げられ猿轡をされ、私だけが商人が荷運びに使うような別の馬車に転がされたのだった。レッドフォード家の馬車からカバンや服なども小さいほうの獣人が運びこんでいる。
この二人、盗賊か。
正直、金品なんて大して運んでいない。勝手に持っていけばいいと叫びたかったけどもう遅い。猿轡が苦しい。
荷台のカーテンを閉じるとフードをかぶったままの小さいほうが静かに私の隣へ座った。そしてさも当たり前のように再びナイフを顎下首元につきつけられる。大きいほうが御者役をするらしい。
いったいどこへ連れて行かれるのか、ひやりと汗が額を伝うが、それは黒い布にちょうど吸い取られる。器用にオッドアイの小柄な獣人は口と左手を使って布を構え、私に目隠しを施した。