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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
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梨のタルトと深煎り珈琲

閑話休題。

伏線回収は一休み。


 玄関の扉を開けると、むわりと湿気に満ちた潮風が顔を包み、大通りの喧騒が大きくなる。

 夏らしい青空が家と家の隙間から見え、ぐっと伸びをする。いい天気だ。本当なら釣り日和だけど。


「こっちこっち!」


 キヨナガの手を引いてソニアおばあちゃんの喫茶店に入る。ルカとマックスは言わなくても行先は知っているので先にどんどん歩いていた。だってアルエの街でケーキといったらソニアおばあちゃんだもの!

 こじんまりした木造一階建てにカフェとだけ書かれた木の看板がぶら下がっている。淡いエメラルドグリーンを塗った木製のドアを開くと、ドアの上でカランと涼し気にベルが鳴る。間を置かずカウンターから「いらっしゃい」と聞きなれたアルトが聞こえる。今日は四人なので迷わず窓際のテーブル席へつく。薄く白いカフェカーテンがほどよく強い真夏の日差しを遮って、お昼寝したくなるような快適な窓辺である。


「おばあちゃん今日は何のケーキがある?」

 気を遣わず声を張り上げて聞く。客は見知った近所の人ばかりだ。

「メロンのショートケーキ、ベイクドチーズケーキ、モンブランがあるよ。あとは果物のタルトは作れるね」

「ちょうどいいや。この梨をタルトにしてくれねぇ? 半分あげるからさ」


 マックスはちゃっかり籠ごと運んできた梨をカウンターで珈琲豆を選定しているおばあちゃんのところにもっていく。おばあちゃんも梨を見定めて「良い取引だ」と応じた。マックスはカウンターの椅子によじ登ったままこちらへ振り返り、「おいユリア、四種類のケーキ全部でいいか」と聞いてくる。まったくなんて幼馴染だ。よくわかってるじゃん。

 良いよと返事をして、人数分の珈琲も注文した。お屋敷ではどちらかといえば紅茶が多いから、ここでは珈琲もいいだろう。香りの良い淹れたての珈琲をおばあちゃんが持ってきてくれると、マックスと私はたっぷり砂糖とミルクをいれてかき混ぜる。


「子供だなぁお前ミルク入れすぎだろ」

「マックスのやつよりはちょっと少ないでしょ」

 二人とも何ならミルクの方が量は多いくらいだけど、これがおいしいの。

「ほら、スプーンを人に向けるな」

 日常茶飯事だった些細なやりとりにも今日は保護者のルカがいるのですぐに窘められる。

 キヨナガはというと、きょろきょろと窓の外の街の様子や店内の様子を見ていた。半分開かれた窓の外で麻や綿の服を着て露店で野菜を売る人、向こうの席でずっとおしゃべりの止まらない老夫婦、十代の子どもばかりのテーブル、一人で紅茶をすするカウンターの男性など。


「何か珍しい?」

「あぁ、いえ。ユリアさまは長閑で平和なところで育たれたのだなと。雨が上がって町の表情も明るくなった気がして」

 彼もティースプーンでわずかに入れたミルクを混ぜている。

「これが本来のアルエの町の雰囲気だと思うな。このあたりは治安もいいよ。子供だけで歩き回るのも問題ないし」

 ルカとキヨナガなら会話は成立する。ルカの方はかなり打ち解けたのか敬語で話さなくなった。でもマックスは別だ。すぐに突っかかるし、キヨナガも反撃するので、トイレに行くときだとかこの二人だけがテーブルに残るようには絶対しないぞと誓う。


「はいお待たせ。ソニアの特製ケーキだよ」

 四つの小さめのホールケーキを巨大なお盆にのせて届けてくれる。

「わあ、バラになってる!」

 これにはマックスもキヨナガも仲良く体を前のめりにする。ルカもその様子をみて歯を見せた。

 タルトの上に飾られた梨は丁寧に薄く切られバラの花びらを模し、ケーキ自体が大輪の花を開いたような形になっている。綺麗。看病したご褒美に最高のおやつだ。

 四等分して全員ちょっとずつ別の味を食べることにする。切るのはルカがうまく、こういうときはほぼルカが切ってくれるのだった。「なんで兄ちゃんそんなうまいの?」と羨ましそうにきく弟に「ナイフもメスも一緒だよ」と笑顔で若干物騒な回答をしている。このときばかりは少し緩んでいたキヨナガの表情が冷たく白い陶磁器に戻ってしまった。


「メロンを二種類使っているんだな。どちらも甘さ控えめの生クリームによく合う」

 ほうと頷きながら食レポを始めるキヨナガに、マックスが隣で「そんなこと今更気づいたのかよ」等と突っかかる。だから、もう、いい加減にしたらいいのに。私はぱくりとチーズケーキを口に入れ、その濃厚でほろよい甘さにうっとりする。モンブランは栗のクリームは栗の味が強くほとんど味付けをしていない感じだ。山をフォークで切るととけだすカスタードクリームはしっとり甘い。あぁ幸せ。

 どれを口に運んでも全員頬が緩んでいる。今度から空気がギスギスしたらケーキ屋につれてこようっと。


 小一時間で仕立屋に戻り、両親がなるべく外出せず過ごせるようパンなどを用意して、体を濡れた布で拭いてあげる。二人とも目を覚ましていたおかげでちゃんと挨拶をしてからお屋敷に向かえる。寝ていたらどうしようか、キヨナガに延泊交渉しようか、内心ひやひやしながら階段を上がった。

 ママは重ねて「早くお屋敷に帰りなさい」といいパパは「いつまでもこの家にいていいんだよ」という。

 どちらも捨てがたい提案だけど、モブにならないためにも私は屋敷に戻るしかない。二人のおでこにキスをしてお別れをする。

「また絶対絶対帰ってくるからね」

 顔色も良い。週明けには元気に仕立ての仕事に戻っていることだろう。

 

「ほんとに行く気かよ。手紙書けるように文字を練習しとけよな」

 マックスはうちの玄関で腕組している。仁王立ちした門番のように。

 先月はちゃんとお別れできなかったからな。

 ぎゅっと組んだ彼の腕をほどいて両手を握る。

「いろいろありがとう。ちゃんと帰ってくるし、マックスとは将来また一緒に過ごす気がするし、元気でいてよね」

 真ん中はこの小説の作者に向けて言ってみているのだけど、ちゃんと届いているだろうか。小さな声で何かいって頷いたマックスの頬に少しだけ背伸びして口づける。とたん、まだ純真無垢な彼は真っ赤に染まる。首から顔、顔からおでこと耳、と血の流れがようく見えた。次に会うときにはこんな幼さはどこかへいってしまっているかもしれないな。名残惜しくて今度は鼻に少し噛みついた。

「いってぇ」

「マックスより上手に文字かけるもんね!馬鹿にした仕返しだもんね」


 そうこうしている間も、この狭い路地を出た大通りにはすでに御者とキヨナガが支度を済ませて待っていた。

 一度仕事に戻ったルカも騒がしい私達の声をききつけてか、また白衣のまま外に出てきてくれて、私が手をつないだままだったマックスを剥がしてハグをしてくれる。たぶんワザとだ。マックスが「おい兄ちゃん!」と小さな牙をむくけどルカは気にしない。


「もうしばらく僕もアルエにいるし、親父もいるから両親のことは安心していて。そのあとは修行先の診療所に戻るけど、うまく時間ができたらレッドフォードのお屋敷にも遊びにいくからね」


 緩く抱っこしてくれたまま、くしゃくしゃと頭をなでてくれる。結わずにブラシで梳かしただけの髪で良かった。ほっとする、生薬と消毒液の匂いに混ざったルカの匂いだ。


 キヨナガがとんとん、と杖で馬車の壁を叩いて急かす。ドアを開けるべく、馬車の外に立って待っていてくれているのだ。

「わかったってば。じゃあね二人とも!次に会うときまで絶対にめちゃくちゃ元気でいてよね!」


 切実に叫んで、私はキヨナガの手の助けを借りて車に乗り込んだ。行きは三人だった馬車の中は私とキヨナガだけになる。杖の持ち手でキヨナガが天井を一度コンとたたくと、馬は走りだした。



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