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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
32/46

暗がりの港町


 ひどい雨だった。馬車の屋根にあたる雨音は砂利が降るようにうるさく会話もままならない。

 現代日本のようにアスファルトで舗装されているわけではない、馬車が二台すれ違う程度の幅をとっただけの道は水たまりだらけで泥もひどく、それに足をとられた馬は半分もいかないうちに動きが悪くなってしまった。馬屋を借りて一休みさせることにし、私たちも横の小屋で珈琲とクッキーを頼んだ。何も言わなくとも砂糖とミルクたっぷりの珈琲と人数分にしては多い量のクッキーをキヨナガが頼んでくれていた。まぁ、半分は自分で食べる気でしょうけども。


「お昼前までに着けると思う?」

「努力します!でも昼は過ぎるかもしれません。足元が悪すぎますよ、沼のようです」


 御者は布をもらってびしょびしょに濡れた体を拭きながら頭を下げた。幸い気温は高いが、お見舞いに向かっている私たちが風邪をひいてしまったら洒落にならない。三人がかりで上着を絞ったり髪を拭いたりと手伝った。


「僕とユリアはともかく、お二人は着いたら泊まる場所を確保したほうが良さそうですね。日帰りは厳しそうだ」

 ルカの提案に、キヨナガも御者も頷く。ガラスも張られていない簡素な窓の外の雨はまだ弱まる気配がない。


「昨日の夜のうちに出発したらよかったのに、お兄さまったら止めるんだもの」

 私はまた唇を尖らせる。


「とはいえ、タイミングとしては最悪ですからね。盗賊にもそれ以外の賊にも、狙われやすいタイミングです」

 キヨナガはクッキーをおいしそうに頬張りながら厳しいことをいう。心なしか普段より口元が緩んでいるので、表情と発言が合っていない。

 狙われやすい? どういうこと? 


「セレスティンの叙爵式の直後がということですか?」

ルカが少し前のめりになる。いえ、とキヨナガは首をふる。本当にクッキーの半分はキヨナガの胃の中に収まりそうな勢いで木製の大皿があいていく。

「セレスティンさまが爵位を継ぐのは誰もが予想していたはずです。伯爵よりもむしろユリアさまですね。突然、十歳の令嬢がお披露目されたわけですから」

 クッキーが詰まりそうになり、ミルクコーヒーを慌てて飲み込む。

 キヨナガは『十歳』を強調して話した。

 もしや、王子の結婚問題の話?

 ユリア・レッドフォードは襲われやすいタイミングということ? そんな馬鹿な。だって。


「でも、王宮にはほかに二組の貴族しか来ていなかったでしょ。その二組からこんなにすぐに広まるもの?」

 いや、広まるだろうね、とルカが頭を抱えた。ふわふわの明るい黒髪にその指が刺さる。


「レッドフォード家の紋章の入った馬車を目撃した人は多いはずだ。街中でも、凱旋門でも。特にカーテンもかけていなかっただろう? ユリアは丸見えだよ」

 セレスティンはわざと見せていた気もするが・・・とごにょごにょ言いながらルカはテーブルに顔を伏せてしまった。


「でも本人は、異国の御姫様と縁談があるようなことを言っていたよ?」


 雨音にかき消されるのが想像つくとはいえ、少し声をつめて伝える。ルカは頭を突っ伏したままで顔だけこちらへ向けてくる。本人とは王子のことだけど、この二人ならこの言い方で通じるだろう。

 この小屋の店員は奥に引っ込んでいるし周りにはほかの客はいないけど、一応名言は避ける。

 キヨナガはお皿の上に最後に残ったチョコレートののったクッキーとジャムを挟んだクッキーをじっと見ていて、ジャムのほうを食べていいか私に聞いてから口におさめた。


「縁談はあった、といったほうが良いでしょう。過去形です。セイリュウ国の十三歳になる姫が候補にあがっていたはずです」

「セイリュウ国?」

「私の母国です。といってももう長いこと帰国できてはいませんが」


 たったの一カ月と少しで帰省しようとしている身からすると、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 わずかに窓の向こうの雨脚が弱まったのを見て、御者が馬の様子を見に外へ出ていく。


「縁談が無くなるほど国は荒れているの?」


 全然意味がわからない。安定していない国からは結婚相手も迎えたくないということなの?

 キヨナガはじっと私を見て、言葉を選んでいるようだった。

 国も荒れていますが、と前置きをして、淡々とキヨナガは続けた。


「その姫もおそらくもう生きてはいないのでしょう。先月王宮が襲われたので」

 いつもの無表情で淡々といい、さぁ急いでいきましょうかと席を立った。



 



 アルエの港町についたのは午後になってからだった。空は黒い雲に覆われ港と領主の屋敷をつなぐメインストリートも閑散とし、ほとんど店がでていない。かろうじてソニアおばあちゃんのケーキ屋には蝋燭の火が見えたけれど、寄り道している場合ではない。仕立屋の前で馬車をとめてもらい、飛び出そうとしたところでルカに両肩を後ろからつかまれる。

「ちょっと待って、念のためね」

 ルカは出がけにランドルフから受け取ったカバンを開き、ガーゼでできた布を取り出す。それを三角に追ってキツめに私の顔に巻く。目だけが出るように、なんといって説明したらいいんだろう、ヘヴィメタルを好きな人や銀行強盗がバンダナを巻くように布を三角に使って口と鼻を覆ってくれる。ルカは同じように自分にも結び、キヨナガにも結んであげているのを横目に私は馬車を飛び出した。

 

 どんどんどん 

 店は閉まって鍵がかかっていたせいで、扉を叩く。「パパ、開けて。ただいま」


 部屋の中から反応はない。どんどんどんどんっ 続けてドアを叩いているところでルカとキヨナガが追い付いた。


「ドア壊すなよ」


 声がしたのは上からだった。聞きなれた、ルカより少し高い声。

 

 声につられて上を向くと、同じくルカより二回りも三回りも小さい黒髪の少年が顔と腕を窓枠から外に乗り出していた。

 マックス、と呼ぶより早く、空から何かふってきた。

 前世から培った貧乏性もといもったいない精神で反射的に両手を出し、それを受け取る。

 

 鍵だ。見慣れた、うちの鍵。

 お隣に鍵を預けるほど容体は悪いの?


「俺もすぐに行く」

 

 マックスはすぐに窓から姿を消す。雨に濡れる手がわずかに震えるのを無視して、鍵穴になんとか鍵を差し込む。キヨナガが開けてくれた扉の中に飛び込む。

 約一カ月ぶりの店の中はシンと静まりかえっている。一階の仕事場を抜け、急いで階段を駆け上がり二階のベッドルームへ向かう。





たいして話がすすまなかったけど一旦区切ります!


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