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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
31/46

手紙2


「大丈夫? 眠れそう?」


 しばらくして部屋に蜂蜜入りのホットミルクを持ってやってきたのは、メイドのゾフィーではなく黒髪の青年だった。キヨナガではなく、ルカだ。さっきの広間で引き続き兄とキヨナガとカードで遊んでいたところへミルクをもったゾフィーが通りかかったらしい。まだ夜九時過ぎで、彼らにとってはまだ宵の口だ。


「入っていい?」

 ドアのところでミルクの入ったカップとソーサーを持ったままのルカが聞く。地元では何も言わずに入ってきただろうけど。

「もちろん。ゲームはいいの?」

「負けたからちょっと気分転換」


 ルカが負けるなんて、キヨナガはどれだけ強いのやら。


 朝ごはんのときに使う窓辺の丸テーブルをベッドに少し寄せてもらい、そこにミルクと蝋燭を置いてもらった。この時間の廊下は薄暗くて、歩き回るなら蝋燭は必須だ。

 ちょっとお行儀は悪いけれど、私はベッドに座ったままミルクとはちみつをかき混ぜる。横の一人掛けソファにルカも座って、窓の外に首を伸ばした。暗闇の中にぼんやり庭が見えると思う。ここのところ月明かりが強いから。


「ねぇユリア、正直どうなの?このお屋敷での生活。セレスティンのやつ根は優しいけど要求も多いだろう?」


 思わずミルクをむせそうになった。

 要求が多いというか・・・


「ええとね、自然にやることが増えている感じかなぁ・・・」


「自然に?」ルカは首をかしげる。


「ピアノを弾こうとしたら、ピアノの先生がついてくれることになって、その先生が礼儀作法も教えてくれることになって。ここまでは私の希望でもあったんだけど」


 ルカは頷いて、次を促す。

「歴史とか算数とかもいつの間にかレッスンが始まっていて、とくに何も言っていないのにお茶やランチはガヴァネスのご指導のもとで楽しむことになったり、叙釈式に出ることになったあとは、とくに何も言っていないのにレッスンの時間が延びたり、それから・・・」

「あぁ、うん。だいたいわかった」


 ルカの声がワントーン低くなって、噴き出しそうになる。「まあでも、思ったより元気そうで良かったよ」とルカも笑った。


「・・・ルカは、私がレッドフォード家にひきとられるの反対だった?」


 ここへ来る前に逃がして隠してくれようとしたのは、ほかでもないルカだ。なんだか昨日今日と謎解きをしているときは急に大人びて見えたけれど、彼はマックスのお兄ちゃんでもあり、私の幼馴染でもある。

 彼はまた少し笑った。


「弟思いなだけだよ。近所にユリアしか友達いないような奴なのに、急にいなくなったら泣くだろうと思ってさ」


 教会裏の学校にいくときも、学校から帰ってきてからも、ずっと二人で遊んで過ごした。親はお互いに仕事で忙しかったし、ほかの友達と遊ぶより楽しかったから。

 はっとルカが少し背を伸ばした。

「そういえばさ、マックスが何か袋を渡していたと思うけど、ユリアまだ開けてないだろう?」


 ・・・袋?

 ・・・・・・袋!!!

 

 もらった。そういえばもらった。ビロードの小さな袋をアルエを離れるときにマックスに渡された。


 そのあと見た消滅確率91%が衝撃すぎて、すっっっっかり忘れていた。

 

 ごめん、マックス。十年間きょうだいみたいに育ったのに、毎日一緒に遊んでいたのに、ほんとゴメン。

 ミルクを飲み干しベッドから飛び降りて、スリッパを履く。猫脚の鏡台の引き出しに入れたはずだ。

 ・・・・・・あった!


 何かの切れ端でつくったと思われる小さな袋を縫ったのはアルエの両親だろうか。丁寧に縫われているのがわかる。細革の首紐を通した小さなビロードの袋をもってきて、ベッドの上に中身を出す。


 ・・・暗くてよく見えない。


 ギシリとベッドが音を立てた。

 ルカがテーブルから蝋燭を片手に寄ってきて照らしてくれたので、二人でベッドに座りこんでマックスからのプレゼントを眺めることになった。


 一つは、貝殻に小さな穴をあけたネックレスだった。アルエの砂浜で見つけたものだろう。淡い水色を基調にいろいろな色が混ざっているようだ。

 晴れた昼間に太陽に透かしたら綺麗だろうな。

 じっと眺めていたら、「なんだか柄じゃないな」とルカは笑った。マックスほんとごめん、あなたの兄ルカの横で開封してしまいました。いじられたらごめん。


 他には丁寧に折りたたまれた紙が入っている。そっと、開く。


 うち一つは写真のようにリアルな、絵。プロの画家が描いたものだろう。

 色あせた葉書のような大きさの少し厚い紙に、色鉛筆で二人、いや三人が描かれ、背景は階段のようだ。

 この階段はなんだか見覚えがある気がする。ルカのもつ蝋燭に少し写真を近づけて、二人おでこがくっつくくらいの距離でジッと見る。「燃やさないように気を付けよう」と注意され、わずかに紙を下げる。

 ・・・この階段は、


「もしかしてこの、お屋敷の階段?」


 一階の主玄関を入ってすぐ、二階へつながる大理石貼りの階段のようだ。鋼鉄製の手すりのデザインがまったく同じだと思う。階段の前には女性が一人赤ちゃんを抱えていて、その横には口ひげを蓄えた男性が立っている。絵の裏のサインは、聞いたことのない画家の名前あった。葉書の端が少し燃えていて、裏面にはススの跡がある。


 マックスは、どうしてこんなものを?


 私はルカを見上げた。彼の淡い蒼の瞳の中で蝋燭の火がオレンジ色に揺れている。

「この女性もしかして、おばさんじゃないか?ユリアの」

 

 ルカに言われてもう一度よく見る。

 長い金髪を後ろで一つに括った女性は、動きやすそうな黒の服を着て、腰から下だけのエプロンにはハサミや定規が刺さっているように見える。ここで仕立屋をしていたころのママということ?


 そうなると隣の男性は誰なのだろう。質の良さそうなスーツを着てタイを締め、ママらしき女性の肩に手を当ててこちらへ笑顔を向けている。どう見ても私の知るパパではない。


「このお屋敷で描かれたと考えたら、先代レッドフォード伯爵かな?」

 私は声を潜めながら、なんだか見てはいけないものを見たような気がして、折り目に沿ってもう一度それを折りたたみ、ビロードの袋に収めた。


「わからないけど、そうかもしれない。明日本人に問い詰めるといいよ」とルカは首を傾げた。


 最後は、わら半紙の一枚紙だった。走り書きで文字が書かれている。筆跡は雑で荒く、発展途上な文字だ。これをだれが書いたか判定するなら100%の自信がある。間違いなくマックスの筆跡だった。

 

「・・・・・」

「・・・・・」


 私とルカは顔を見合わせて笑い始めた。

 『アルエ』と書いてあるのが読めて、これが住所らしいとわかった。

「ねえ、これルカとマックスの家の住所?」

 笑いながらルカは何度も頷く。


「そういえばあいつ、手紙が全然こないって嘆いてたよ」

 ルカはクスクス笑う。

 マックスにしては賢い。ずっと隣の家で、一緒に育って、私たちはお互いの住所も知らなかった。アルエの自分の家の住所だって、正直書けるかあやしい。ブラウンおじさんがルカに手紙を送ることはあっても、封筒の宛名や連絡先はおじさんが書いてくれていたから。そんな私に自分の住所を書いて渡すのは、とても賢い。



 トン、トン  


 ゆっくりドアがノックされ、私たちは笑いつかれた腹筋に力をいれて体を起こした。


「困るなぁルカ。うちの妹のベッドに潜りこむなんて」

 

 浴衣姿の兄がドア枠にもたれてこちらをのぞき込んでいる。言葉とは裏腹に怒っている様子はない。穏やかないつも通りの調子の声。


「まだ子供なんだから大丈夫だよ」

「そういう問題じゃない」

 少し(笑いすぎて)涙目になりながら、ルカはベッドから降りた。蝋燭とともに部屋を出ていこうとする。

「あぁよく笑った。明日目が覚めたらすぐにアルエへ向かおう。おやすみ、ユリア」

 私は頷いて、手をふった。


「おやすみなさい、お兄さま、ルカ」


 静かに扉が閉じられると、かけ布団の中に咄嗟に隠していた小袋を取り出し、首にかけなおした。隠す必要もなかったかもしれないな、と布団にもぐりこんでから思った。


 これが先代レッドフォード伯爵なのかどうか、お兄さまに直接聞けばよかったのに・・・

 そんなふうに後悔を始めたところで、眠気とともに意識を手放した。






 翌朝はひどい雨だった。遠く丘の向こうには稲光が見える。ここしばらく降っていなかったような土砂降りの中、ルカと私、それからキヨナガは昨日使ったよりも一回り小さい馬車に乗り込んだ。


「ユリア」

 来客用の恰好で見送りに出てきてくれた兄に呼ばれ、窓から顔をだす。車寄せに馬車をとめてもらっているのでまだ濡れはしない。両手をぎゅっとつかまれ、


「何があっても、絶対この家に帰ってくること。いいね?」


 私は正直なところびっくりした。そのつもりだったけれど、兄がそんなことを言うとは思わなかった。

 よくよく考えれば、キヨナガはお目付け役なのかもしれない。

 私は頷いて、「行ってきます」と伝える。兄がドアの方まで少し下がると、御者が手綱を引いて馬車は走り出した。





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