手紙
「おかえりなさいませ、伯爵位の叙爵おめでとうございます」
屋敷につくと使用人一同が整列して出迎えてくれた。兄は彼らにお礼をいってから着替えに部屋へ向かい、ルカも服を借りるそうで彼に続いた。私にもメイドのゾフィーがクシャクシャになった髪にブラシをいれてくれて、それからすぐに夕食になった。
食堂の長いテーブルに兄、私、それからルカもついて一緒に食事をする。今日はルカもこの屋敷に泊まって明日移動する。王都からアルエまで直接行くと丸一日がかりになってしまうのだとか。
このレッドフォード家に幼馴染がいるのはなんだか変な感じがするけど嬉しい。王都に同行したキヨナガやランドルフ、ポリーナは使用人用の食堂にいて、この後今日はもう休んでよいことになっている。ちなみに今は使用人の立場ではあるものの先代レッドフォード伯爵の友人の子であるキヨナガは、兄と同じこのテーブルで食事をすることもあるらしい。今日はどうするかと聞かれて、使用人用の方を使うと答えているのを見かけた。
兄とルカはワインを開けて、学生時代の話や王宮での事件の話などをしている。私にはココアが出され、楽しそうに飲酒する二人を内心羨ましいなと思いながら見ていた。ココアもおいしいけどさ…
使用人の一人が銀のトレイにのせた手紙をもってきたため、兄は一度席を外した。ルカと私は二階の広間に移動してチーズやクッキーを食べながら他愛もない話をつづけた。休んだはずのキヨナガもカードゲームを片手にいつもの無表情でやってきて、普段なら静かなこの屋敷がにぎやかで、修学旅行のお泊りのような、疲れているのがよくわからないテンションでいた。
そこへ兄も戻ってくる。すでに寝間着に着替えていた。深い藍色の浴衣でちょっと面食らう。きっとキヨナガの国からとり寄せたやつだ。明るい金糸の髪と強い赤の瞳のどちらにも良く似合っていた。
「ユリア、君に手紙がきているよ」
丁度私はカードゲームで負け抜けたところだった。ルカとキヨナガは手持ちのカードを扇子のようにもって睨み合っている。封筒はペーパーナイフで綺麗に開かれており、テーブルにおいて順に見ていく。一つ目は女子校のオープンキャンパスの案内、二つ目は共学制寄宿学校の説明会の案内のようだ。
「早速うちに妹がいることを聞きつけたらしいね。学校に興味はある?」
隣のソファに座った兄に聞かれ、頷く。
これはたぶんチャンス! 当然共学制を選ぶと思う。学校といえば恋愛小説の典型的な舞台でしょう?いや、でも昨日王子が自ら言っていたように王子が相手役の物語の可能性もあるか。まだ子供だけど。だとしたら、お嬢様向け女子校に行っておくのもアリかもしれない。どちらがモブになりにくいか、よくよくよくよく考えなければ!
そして、兄はもう一通をすっと指で押して差し出す。
「それから、これはブラウン医師からの手紙だ」
「・・・ブラウン医師?」
ルカのお父さん?
勝負途中のルカも顔を上げ、私のソファの後ろに回り、一緒に手紙をのぞき込む。
大人が普段使うより大きな文字で書かれたその手紙は、ブラウンおじさんの人柄が伺えた。この大きさなら後ろのルカも問題なく読めそうだ。アルエの街で習った簡単な単語だけを使って、ママに高熱が続いていること、パパも仕事を休んで看病しているうち体調を崩していることなどが書かれている。あの町でも風邪をひく人はよく見かけたが、そういえば高熱というのはあまり記憶がない。ママも(パパも)仕立屋として忙しく働いていたけれど、大きな病気にかかったことはなかった。ママも「近所に医者がいる家ほど医者のお世話にはならないものよ」、なんてよく笑っていたっけ。
末尾には、珍しい症状でお薬が効かずどうなるかわからない、あぶないかもしれない、と書いてある。
あぶないって、そんな。
私は手紙から顔を上げた。兄もキヨナガも、私の表情を伺っている。
「・・・お兄さまはもうこのお手紙を読んだの?」
つい唇が尖る。封が開けられていたからだ。これでは、この屋敷にいると外とのやりとりについてプライバシーは無いということになる。
「ごめんねユリア。君がもう少し大人になったら控える。今はまだ、俺は君の保護者だ」
そういわれるとその通りで言葉がないが、さらに自分の唇が尖っていく。十歳の私と十七歳の兄なのだから仕方がないけど、でも。
「お兄さま、馬車を出してもらえませんか。今からアルエへ行ってきてもいいですか」
兄は首を振る。
「今日はもう夜遅い。アルエまで近くはないんだ。道中盗賊に襲われたらどうする?」
「でも!」
そういわれると、そうなのかもしれないけど!
転生してから十年間だけの家族だったとはいえ、ひとめ様子を見に行きたい衝動にかられる。子供向けの手紙にあぶないと書いてくるくらいなのだ、容体が良いわけがない。ママだけでなく、この手紙をパパが書いていないということは、パパもけして状態は良くないはずなのだ。
あぁもうだれだよ途中で伯爵家に引き取られることにして家族が二つあるちょっと複雑な設定にしてしまったのは!しかも微妙に遠くて気軽に行けないなんて。
・・・ええ、私ですよ私が悪いんですよ。。十年前のその場の思い付きのせいだ。。私ユリアは項垂れた。
兄は結わえていない、肩に下ろしたままの私の髪をゆっくり撫でた。私が落ち着くように、そっと、ゆっくりと。
「明日の朝早くに出られるようにしておく。ルカ、キヨナガ、付き添いを頼めるか?」
二人は頷く。「僕はどうせ帰る先だからね」とルカが補足する。
「俺も本当は付き添ってあげたいところだけど・・・」と言いかけて、お兄さまは言葉を濁した。
続きはキヨナガが「明日は来客が二件ありましたね」と考え込み、兄はうーんと頭に手をあてて唸っている。ルカも少し考えて、首を振った。
「いや、念のためセレスティンは来ないほうがいい」
今度はお兄さまとキヨナガが少し目を開いた。ルカは続ける。
「おばさんだけでなくおじさんも体調を崩しているっていうのがちょっと気になる。何か、なるべく目の細かいガーゼのような布を用意しておいてもらえないか?」
目の細かい、ガーゼ?
「可能性の話だけど、流行り病のようなものだとうつるかもしれない。セレスティンとユリアと、二人一緒には行かないほうがこの家のためには良いと思うよ」
鳥肌の立つ思いがした。
ねぇまさか、十二歳までの消滅確率の中には、十二歳までに死亡して退場する確率も入っているわけじゃないですよね?
そういえば転生するとき、「健康で長生きする」とはリクエストしなかった。長生きって、元日本人からすると当たり前のようで当たり前ではないものだけど、このリクエストをしなかったのは失敗だったかもしれない。
そんな煩悩を考えていたせいか、三人よりはやく部屋に戻りベッドに入っても、なかなか寝付けなかった。昨日と同じでゴロゴロゴロゴロ、天井や窓をずっと見ている。寝不足なのに眠くなってこないのだった。私はドアを開けてメイドのゾフィーを呼び、ミルクを頼んだ。