幼なじみ
七年がたち、私は明日十歳になる。明日7月7日が誕生日なのだ。前世の誕生日とは違うけど、何回か祝ってもらううちにもう慣れた。七夕なんて文化はこっちにはなく、七月七日は私ユリアの誕生日。
その前夜、日本で使っていたより一回り小さいベッドに横になり、窓の外をみていた。なんだかすぐに寝付けなかったのだ。角度の問題でその窓からのぞく藍色の空はごく小さく、けれどその十字に切られた木枠の中のほんの端だけでもたくさんの星が散っている。この街は空との距離が近い。
そして、あの窓の真正面はちょうどマックスの部屋なのを知っている。
さっきから窓ばかり気になっているのは、そのマックスの部屋にうっすら明かりがついているからだ。
勉強と仕事が忙しいルカならともかく、マックスの部屋にこんな時間に蝋燭がついているなんて変なかんじ。
あくびをして、もう一回寝返りをうったところで、コンコンコン、とガラスに物があたる音がする。
え?ここ二階だよ?
カラスがつついていたら怖いな。
ごろりとまた元向いていた方向へ寝返りをうつ。
また、軽いつつくような音がする。
意を決して、ママが縫ってくれた白いパジャマの上に少し厚手の紫のストールをしっかり羽織って透けないようにして、それからおそるおそる窓に近づく。
「マックス?」
1メートルも離れていない隣の建物の窓から、ホウキをもったマックスがこっちに手をふっている。
マックスもパジャマで、ほうきをもっているのがなんだかおかしい。
たぶんホウキの先で窓をノックしたんじゃないかな。飾り程度の簡易な鍵をあけて、窓を押し上げる。
花を飾るための細いバルコニーは、今は鉢ひとつしか飾っていない。窓から外に出て仕舞えば、マックスの部屋はすぐそこだった。
「どうしたの、こんな夜中に」
「ちょっとだけ、そっち行っていい?」
「いいけど、」
私が言い終わるより早く、手すりを飛び越えて彼はこっちに飛んできた。
び。
びっくりしたぁぁぁ。
慌てて飛びのいたからいいものの、窓から窓へ飛び移ったマックスにぶつかるところだった。鉢植えがぐらぐら揺れるだけで落ちなかったのは奇跡だ。夜露をうけて紫のパンジーもあやしく光る。
ぬるりと窓をくぐってこちらの部屋に入ってきたマックスは素足のまま、私と同じ生地のパジャマを着ている。隣のブラウン家の服もうちの服も、基本的にうちで仕立てるからお揃いの服は結構ある。
この七年で、マックスはフットワークの軽い(窓を飛び越えるくらい軽い)やんちゃな奴に成長した。短めの黒い髪に、長い睫毛、深いブルーグレーの瞳は健在。
そういえば最近また背が伸びたな。私より低かったはずなのに目線が同じになっちゃった。女子のほうが成長早いはずなのに、この時代はそうでもないのか?
そんなどうでもいいことを考えているうち、マックスは背中に隠していたものを「はい!」といって渡してくれた。
花束みたいだ。布でつくったリボンで結んでいる。たぶんガーベラだ。星明かりに照らしてみる。色はよく見えないけど、十本以上ある。
「どうしたの?」
「やる。た、誕生日、おめでとう」
かんだ。かんだぞこの十才。なんだ、かわいいとこあるじゃん。つい自分の顔がゆるむけど、暗いからきっと大丈夫。もう日付は変わったんだろうか。
「ふふ。珍しいね、マックスがお花なんて」
ダメだ、笑ってしまった。声がついはずんでしまい、本人がむくれるのが薄暗くともわかる。
「うるせぇな。朝になったら、もっとよく見て。綺麗なオレンジとピンクのガーベラ。お前に似合うと思ったからさ」
ぶきっちょに結んであったリボンをほどいて、一輪の花を髪にさしてくれる。
「十歳おめでとうユリア。ずっとここにいろよな。ずっと、お前は幼なじみで、家族なんだからな」
髪に手を当てたまま、じっと真剣な顔でいうマックスに面食らう。
まだなんの連絡もないけれど、転生がうまくいっていれば私にはいずれどこかの伯爵家から迎えがきてしまう。それをマックスが知っているなんてことある?
少し考えて、気にしないことにした。
そんなわけは、ない。
転生前の記憶がもしもなかったら、設定を知らなかったとしたら、私ユリアの気持ちはひとつだ。
目を少しの間閉じ、また開いて、何も知らないかのように言葉をつむぐ。
「ありがとうマックス。うん、ずっと一緒にいようね。ルカとマックスと私とママとパパと、ずっとずっと一緒にいよう」
彼のまだ瑞々しい柔らかい頬にキスをして、おやすみをいった。
マックスは頬をおさえて口をぱくぱくさせている。
「ママが起きてきちゃうといけないからもうベッドに戻るね。また明日」
「お、おう」
ふふ、とまどっといるぞ。いいなぁ十歳。ほっぺちゅーで嬉しいんだもん。
そういう私も花束ひとつで喜んでるけどね。これは大人でも子供でも嬉しいよ。オレンジとピンクだという花弁を眺め、また頬が緩む。
「おやすみなさい」
窓はあけたままで、マックスがバルコニーを飛び越えるのを見守る。全然余裕じゃんあいつ。彼が部屋に戻って手を振るのを見送って、ようやく窓の錠を下ろした。