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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
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王子の遊び場4


 王子の遊び場ことアトリエに移動すると、そこには既に先客がいた。

 この部屋の持ち主アーサー・ヴァンハイム王子、

 昨日説明をしてくれた使用人ハルトル、

 王子の護衛が二名。

 そこへ落ち着いた様子のアーティスト、怯えた様子の弟子、バンダナを巻きなおした道具屋とセレスティンお兄さま、ルカ、キヨナガ、私が続いて入る。少し手狭ではあるし、昨日来た時より少し埃っぽい気がする。聞くと今朝、王子がまた木工をやっていたのだそうだ。


「それで、僕を殺そうとした奴がこの中にいるのか?」


 石の壁を背にし、護衛を隣に立たせたアーサーだけが椅子に座り脚を組んでいる。「ご覧に入れますので少々お付き合いください」と兄は微笑む。


「まずは、当日どの材料、どの道具と絵具を使ったのか、こちらのテーブルに並べていただけますか」

「僕がやろう」

 使用人のハルトルが動こうとしたところへ、王子が自ら引き出しを開けて子供の用の少し低い作業台に並べ始める。「これと、これと、これと・・・皿は割れてしまったから別のものだが、素材や大きさはほぼ同じものだ」紙粘土、3本の筆と4つの受け皿、それから7色の絵具が並べられた。


「ありがとうございます、王子」

 セレスティンお兄様とルカは手分けして小皿に絵の具をとりわけ始める。一カ所に混ぜるのではなく、皿の端にピンクと青、黒をちょっとずつ置いていく。 


「これで準備は整いました。我々は外へ出ましょうか」


 室内の台の上には小皿が4枚と筆が並んでいる。「良い天気ですねぇ」なんて暢気な声をあげているのはお兄さまだ。何を考えているんだろう? 兄は王子と私を建物から一番遠い位置に下がらせ、割れて枠だけになっている窓からも距離をとらせた。


「さて、アーティストさん、お弟子さん、道具屋さん、ハルトルさん。各自煙草道具をもってそちらの作業台の小皿の前に並んでください。ライターはこちらを使ってください」 


 至極丁寧な言葉で兄が指示を出し、キヨナガは煙草道具を一人一人に渡していく。

 ねぇ、何をしようとしているの?

 完全にユリア十歳(前世では成人済)は話の流れについていけていない。


「やることはあと二つだけです。では皆さん、色を混ぜてください」

 全員が筆や指で混ぜるのを待って、兄は最後の指示を出す。室内からキヨナガも私の隣まで戻ってきた。アーティスト、弟子、道具屋、ハルトルの4人だけがそれぞれが混ぜた絵具と喫煙具一式とともに、作業台の横に立っている。


「合図をしたら煙草に火をつけてみてください。3、2、1・・・」


 次の瞬間、道具屋が背を向け走りだした。

 それをアトリエ入口外に待機させていた兵が瞬く間に取り押さえる。ガンと石の床に体ごと叩きつけられて道具屋は痛そうに顔をゆがめた。うつぶせにさせられ腕を背中で組まれ、すぐに縄で縛り上げられる。


 何? 何? 何も起こらなかったけど、奴はなんで逃げたの?

 

 私ユリアとアーティストの頭には「???」が大量に浮かんでいて、弟子とハルトルは真っ青な顔をして震えていて、ほかの男性陣は冷静で、お兄さまに促されて室内に戻っていく。王子もとくに怒った様子も安心した様子もなく、厳しい顔で元いた木製椅子に座り脚を組んだ。今度は全員で作業台を囲う格好になる。

 

「うまくいったな」

「あぁ」

 ルカとセレスティンは拳を軽く突き合わせる。

 私ユリアは何がなんだかわからない。という様子を、後ろからキヨナガが白い目で見ている。


「この青い絵の具には純度の高い硫黄が入っています」

 絵の具の入れ物をカラカラと揺らして見せながら、ルカが説明を始めた。 

 待って、・・・硫黄?


「・・・まさか、火薬か?」


 それまで呆けた顔をしていたアーティストが口を開いた。ルカもお兄さまも頷く。

「おそらくそうでしょう。何か窓から投げ込まれたのではなく、材料はこの王子の遊び場の中にあったということです。ご存知でしたか?」

「あぁ、いや。うん。ただ、・・・木炭を使って黒を出すのは仕方がないが、硝石を使った絵具なんてのは買っていなかったはずなのだが」

 アーティストの声が震えている。この絵具の入れ物はまだ新しい。


「試してみましょう」

 ルカが別の皿にそのピンクの絵具を少し取りだし、キヨナガが四人に渡したのとはまた別の、もう少ししっかりしたつくりのライターで絵具自体に火をつけた。そこから小さく桃色の炎が上がる。

 ルカはじっとその炎を睨んでいる。アーティストの顔はもう真っ青を通り越して真っ白に血の気がない。

「ちょっと周りが明るくて見えづらいですが、この炎の色は硝石でしょうね」

「もしかして、炎色反応?」

 私の声に、ルカは少し驚いて頷いた。

 金属はそれぞれ固有の炎色をもつのは、前世の義務教育で習った。

 ピンクの炎は硝石を示す。それを混ぜ込んで隠す絵の具までピンク色を選んだのは道具屋のセンスだろうか。

 炎を眺めながらアーティストは首を振って、信じられないという顔をしている。


 犯人を炙り出すためにルカたちが準備をした三色はピンク、青、黒。小皿にはその比率が見た目の分量でだいたい3~4:1:1ずつくらいだったと思う。

 もし、それぞれが硝石、硫黄、木炭が高い純度で紛れているとすれば。

 比率は荒いけれど、一応簡単な火薬にはなる。


「ちなみにライターの中身は油ではないものに入れ替えておきました。気にせず指示通り火をつけようとした三人とは逆に、道具屋のあなたは逃げだそうとした。この調合が火薬になることをご存知でしたね?」

 道具屋は口をぎゅっと結んで青い顔をしている。

 王子の暗殺およびその未遂は死罪にあたると聞いたことがある。


 ルカに続いてお兄さまが淡々と解説する。 


「片付けをしている途中、火傷を負った使用人ダードンは喫煙していたか、こういった簡易式のライターなどいつでも火のつきかねない道具を持ち歩いていたのでしょう。そして受け皿を片付ける過程で本人は知らずに火薬に近づき、爆発した。被害が王子の作品とダードンだけで済んだのはむしろ運が良かったほうだ。特にお弟子さんは頻繁に煙草を吸っていらっしゃるというし」


 兄は作業台から簡易ライターを拾い上げ、片手で上へ投げながら弄んでいる。


「計画的な殺人未遂だったのか、あわよくばという程度だったのかはこれから調べてもらうとしましょう。道具屋さん、あなたの出自も含めてね。さて、アーサー王子、妹の非礼はお許しいただけますでしょうか?」


 縛られた道具屋が兵に連れていかれるのを見送って、兄は王子に向き直った。椅子に座り、脇に護衛が控えている。

 王子は頷いた。

「そうするとしよう。ご苦労であった、レッドフォード伯爵」

 十歳の少年にしては偉そうだが、偉いんだから仕方がない。アーサー王子は手を振って私たちを見送ってくれたが、私はなんだか釈然としないまま、兄らに付いて王宮を後にした。

 



 来た時と同じレッドフォード家の馬車に乗り込み高台にある王宮を出て、凱旋門を過ぎ、道を下ってゆく。


『お前、あの兄とやらにだまされていないか?本当に血はつながっているのか?』


 昨夜の王子の言葉が頭に残っている。


『都合が良すぎるだろう?』


 馬車の中で夕日をその透き通る白い肌と金糸の髪に受けとめながら目を閉じてウトウトと首で船を漕いでいる兄と、その隣で陶器か蝋人形のように無表情で背筋を伸ばし、異国の本を読んでいるキヨナガ。私の隣で同じくウトウトしているルカ。私の頭頂部はルカの枕替わりにされていて、もはやクシャクシャになったツインテールを結んでいたリボンを、起こさないようにそっとほどく。

 転生するとき伯爵令嬢でってリクエストしたのは楽にスパダリに会えるようにするためで、こんな誰が攻略対象かわかりづらい人達に囲まれた子供時代を過ごすためじゃなかったんだけどな・・・!


 もしも騙されているとしたらどうなのだろう?兄の物語の中の捨て駒として利用されてポイ?

 モブ確定?


 ぎゅっとスカートの上で拳をつかんで、深呼吸する。

 西から涼やかな夕凪が吹いて、まだ十代の少年たちの髪を揺らしてゆく。

 今のユリアから見たらずっと年上の彼らも、前世の私からしたらまだ若く幼い。

 この綺麗な寝顔がユリアをだましてる等、考えたくもなかった。

 私は丘の向こうへ沈む夕日に視線を移して、目を閉じる。


 とりあえず、なんだか疲れてしまった。


 注意しながら過ごせば自ずとこの家族とどう接すべきかは、見えてくるだろう。とりあえず私も寝不足を解消すべく睡魔に意識を手渡すことにした。



 屋敷へつくと、もちろんおいしい夕食が待っていた。お疲れでしょうと今日はじっくり煮込んだポトフを用意してくれているらしい。レッドフォード家のシェフはと気が利く優し気なおじさんだ。


 そして他にも三つ、私を待っているものがあった。

 うち二つは主に貴族を対象とした寄宿学校からの入学説明会案内状、もう一つはアルエの港町からで、母ダーニャに謎の高熱が続いているという、ルカの父ブラウン医師からの手紙だった。






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