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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
28/46

王子の遊び場3

 階段の上り下りが疲れを誘ったとは思いたくないけれど、ベッドに戻るとすぐに眠りに落ちた。

 翌朝ポリーナが起こしにきてくれるまでずっと熟睡していたのだった。

 半分寝ぼけたまま着替えを終え、馬車に乗り込み、病院の前で兄とランドルフ、ルカ、キヨナガと合流する。名もなき同級生はお帰りになったそうだ。今日は街中を回るので正装ではなく、みんな綿の服を着て目立ちすぎないようにしている。病院の朝は早く、早朝とはいえ面会できるそうだ。


 大部屋の病室に入り、看護係が指さした先のベッドへ向かう。

「失礼する。貴殿がダードンか?」

 ベッドに横たわったままの細く小柄な男は、小さく頷いた。起き上がろうとしたが、「そのままで。楽にしてくれ」と言ってお兄さま自らダードンという事件に居合わせた不幸な使用人をベッドに戻した。顔にも腕にも胸にも包帯を巻いていて、その隙間から覗く唇などから焼けた跡が見える。皮膚の表面はすっかり焼けてしまったらしい。

「・・・話はできるか? もし難しいようなら、」

 言いかけた兄を遮るように、男は「喉は、大丈夫なので」と掠れた声を絞り出した。

 ルカと兄は顔を見合わせ、いくつか質問を始めた。


 それによると、男はやはり当日片付けをしていたのだそうだ。王子が絵を描いたり工作をした後、小皿と筆は毎回洗うのだという。小皿といっても現代日本にあるようなプラスティック製でもなく、この世界での陶器は高価なものだ。一方、油性絵具を使うための木製パレットはそのまま上に絵の具を塗って再利用されることも多いという。当日は木彫りをやっていたそうで、木くずがかなりあり、それも箒ではいて片付けていたという。そのとき突然窓ガラスが割れ、反射的に外を見たのだという。息をする間もなく次の瞬間、顔や胸が焼け、そこから先は覚えていないと。目が覚めたらこの病院のベッドの上だった、ということだ。

 火のついた木炭を投げ入れられたのなら、瞬時に体が焼きただれることはないと思う。火力の小さい爆発が起きたんだろう。とはいえ、この世界に爆発という言葉があるのか、そもそも爆弾があるのかは、自信がないのでとりあえず私ユリアは黙っている。アルエの街でみた船は大型でも木造手漕ぎで、エンジンなんて見たことがないような世界なのだ。


「使用人や画家の中に煙草を吸うものはいるか?」

 兄の質問に、ダードンは片手をあげた。この男も吸うらしい。「あんたたちが昨日会ったっていう使用人仲間のハルトルもたまに吸う。画家は吸わないが、弟子と道具屋は、王子の遊び場でもよく吸っていた」

「怪我をする直前、窓の外に人影は見えなかったんだな?」

 ダードンは頷く。

「外壁まで見通しはいい。まったく見えなかった」

「わかった。療養中のところすまなかった。ゆっくり休んでくれ」

 ランドルフは夏物の服を一枚、ダードンに着せてあげている。お礼もかねてプレゼントらしい。

 病室を出て馬車に乗り込むと、セレスティン・レッドフォードはルカ・ブラウンに「どう思う」と声を潜めて聞いた。隣には私ユリア・レッドフォードがいて、向かい側にはキヨナガがいる。

 うーん、と顎に手をあててルカは考えこんでいる。

「何かこう、一瞬で弾けるように焼けるものでかつ、火力はさほど強くない何かだな」

「心当たりは?」

「ある。あるけど、王子の前に穏便に証明できるかは自信ないなぁ」

 兄と私は顔を見合わせる。

「まもなく穏便じゃないルカが見えるらしいよ。楽しみにね、ユリア」

 はい!と元気よく返事をしていいか迷い、私は照れ笑いの顔を被った苦笑いをした。



 続いて王宮に戻り、アーティスト、弟子、道具屋を同時に呼び出した。面談は一人ずつ行い、その間見張りを兼ねた使用人を残り二人につける算段にしてあった。来る前に関してはどうしようもないが、ここへ来てからの作戦会議は禁止ということだ。


 面談の一人目はアーティストである。


「この度は大変なことになりまして。王子はご無事と聞いて不謹慎ながらほっといたしました」

 見た目五十過ぎで白髪交じりの痩せた男で、原色のオレンジ色のシャツに黒のパンツを着ている。こちらの世界では珍しい幾何学模様のシャツは、自らデザインしたのかもしれない。

「アーティストだと聞いたが生計はどのように?」

「主には絵を描いております。お部屋に合うよう肖像画も抽象画も描きます。アーサー王子には工作も手ほどきさせていただいておりまして、恥ずかしながらそのような呼び名で通っております」

 アーティスト呼びは恥ずかしいということなの?と質問したかったけど、本題と関係ないので遠慮する。兄は矢継早に質問していく。

「画材はいつも同じ道具屋から買うのか?」

「彼から買うこともありますし、王都のメインストリートから二本裏手に入ると画材屋が数件並んでおりまして、そちらで買うこともあります」

「油絵と、染料を使ったものと、どちらもか?」

 この質問はルカから。

「ええ、どちらも。油絵具はあちこちでセールをやることがありますので、本当にいろいろな店で買っていますよ」

「数ある画材屋の中で、その道具屋を王宮に紹介したのはなぜだ?」

「画材屋というと、見汚いやつが多いもんで。彼はその点清潔好きでよく水浴びをするようですし、着るものも悪くない。それに王子はいろいろな道具をご所望されますので、幅広くツテのある彼が良いかと思いまして。港町の方まで仕入れにいっていることもあるんですよ」

「よく連れてくるという弟子とはいつ知り合った?」

「二か月ほど前でしょうか。肖像画を習いたいといってきたので、教えております。五十歳を超えた私よりも若いものの方が良いかと思いまして、こちらへも連れて参るようになりました」

「煙草は吸いますか?何か火の気のあるものをもっていますか」

「いいえ、私は。弟子と道具屋はときどき」

 一通り質問を終えると、兄とルカは顔を見合わせ、頷いた。それを合図にキヨナガがアーティストこと画家を外に見送りし、入れ替わりに弟子を連れてきた。


 弟子は、たしかに若い。まだ十六歳だという。よくあるベージュ色の麻の服を着て、少し長くなった茶髪を後ろ一つに紐で結んでいる。

「あ、ああ、の、この、この度は!」

 声が震えている。貴族に呼び出されるなんて初めてなんだろう。

「そう緊張しないでください。僕もただの町人なんです。訳あってお手伝いしているだけで。まずはお茶をどうぞ」

 ルカが初めての患者に会うときと同じ笑顔を浮かべながら、ポットから熱い紅茶を浅めに注いで差し出す。弟子の手が震えているから、こぼさないように浅めにしたんじゃないかと思う。ちなみにルカの「訳あって」は「たまたま学生時代の友人の叙爵式にやってきたら巻き込まれた」というだけの訳である。私もじっと弟子を観察しながら紅茶をすする。香りの強いディンブラだ。おいしい。

 まだ落ち着かない様子の弟子にルカが煙草を進めると、彼は懐から煙管と安いライターを取り出して吸い始めた。その一服が終わるのを待って、「はい、深呼吸してー」と弟子がすっかりルカのペースに載せられたあと、質疑が始まる。


 いつから、そしてなぜ、件のアーティストの弟子になったのか?

「六月だったとおも、思います。先生の絵が壁紙張りの仕事で入ったお屋敷に飾ってありやして、それが、それがなんとも深みのある色で、すっかり惹かれまして。壁紙の仕事なんかいつでも再開できるし、先生はもうお年だというし、今こそ弟子にならにゃと思いやして」

 画材はいつも同じ道具屋から買うのか?

「は、はい。オレなんか王都の店に行ってもぼったくられちまうから、先生と一緒にいつもの道具屋から、か、買っとります。あとは先生があまり使っていないやつをもらったりです」

 当日もその喫煙具は持っていた?

「は、はい。王子も緊張しすぎだ落ち着けと仰って差し入れてくれるのです。あの部屋でもよく吸います」

 弟子をしていて食事や住む場所なんかはどうしているんだ?家族は?

「最初は田舎から出てきた仲間と一緒にボロ家を借りておりました。今は、ちっとは見込みがあるってことで、先生のパトロンが用意してくれている先生のアトリエの端っこで。夜は賄いつきのそば屋で仕事してるんで、ほぼ毎日蕎麦を」

 蕎麦とかあるのか、この世界。

 ふむ、と私たち聞き手はそれぞれ違う理由で頷き、二人目の聴取を終えた。


 最後は道具屋である。二人目とは反対に社交的な様子の三十代後半か四十前後らしき見た目の日焼けした男だ。頭に緑色のバンダナを巻いている。画家が言っていた通り身なりは清潔で、かといって豪勢すぎない麻の服をきて、ひげもしっかり剃ってある。

 前の二人と同じように、主に兄が質問していく。

 

 得意先はどんなところだ?

「ここら王都の画家が多いですね。紙粘土なんかは着色しやすいしお子さんのいる金持ちが欲しがったりしますねぇ」

 あのアーティストと王子からの売上はどの程度の割合か?

「おっと若旦那、売上の話は勘弁してくださいな」

 粘土や画材や筆などの道具はそれぞれどこで仕入れている?

「郊外に付き合いのある作り手がいますし、色は自分でも練りますし、海の向こうから届いたものを買うこともありますねぇ。筆は最近、熊の毛が描きやすいって流行っていまして、猟師とのツテも開拓しましたよ。化粧筆にもいいらしいんで、そちらのお嬢様にも宜しければどうぞ。お値段はね、なんと破格の、・・・」

 なるほど。自分で調合するようになってどれくらいだ?

「それはもう子供の頃からやっておりますよ。石を砕いてひいて練っては得意な方でね。見てくださいよこの筋肉」

 煙草は吸うか?

「ま、付き合い程度には。最近良い煙管とライターを手に入れましてねぇ。これなんてどうです若旦那・・・」

 話を聞きながら、ランドルフが道具屋に水をついでやっている。

 と、そのとき、

 

 ガシャン!!!!!

 

 ランドルフが手を滑らし、ガラスのボトルごと床に落としてしまった。

 道具屋は慌てて足を椅子の上に引っ込め、破片を回避する。

「△×◆~~△■!?」

「■〇×▼△、◎□◆▽・・・」

 続いてキヨナガが何かわからない言語で声をかけ、道具屋はそれに答えた・・・という場面である。

 

 はっとした道具屋と、

 陶器のような顔をしたキヨナガと、

 ニコニコしたルカとセレスティンお兄さまがいる。


「なんて言ったんだ?キヨナガ」

 笑顔のお兄さまにキヨナガが答える。

「大丈夫か濡れなかったか、と聞きました。そうすると水はちょっとはねたがそれよりガラスのかけらが、と言いかけまして、そこで我に返ったようでございます」

 淡々と、淡々と。いつものキヨナガである。

 道具屋は笑顔をつくっている。

「いやぁねぇ。あんた、二か国語しゃべれるんですか?とっさに同じ言葉で返しちまいましたが、これも商売道具のひとつなんで黙っておきたかったなぁ」

 道具屋は私たちにもわかる言語で、キヨナガに話しかけている。

「そのバンダナの下は黒髪なのだな?」

 この国で黒髪自体はそう珍しくない。明るめだけれどルカだってマックスだって黒髪だ。ただ、黒髪に黒目の組み合わせが珍しい。茶が強いが、道具屋は日本人に近い目の色をしている。

「いいや、そんなことありませんよ」

 にっこり憎めない笑顔を浮かべて道具屋はバンダナを外し、つるりと眩しく禿げた頭をさらした。なるほど、髪をそって日焼けしてしまえば、この国になじむのも簡単なのか。しかも、禿げてしまえば見分けもつかない。

 実は道具屋を部屋にいれる前にキヨナガが何かランドルフに耳打ちしていた。ランドルフはわざと水のボトルを落とし、そのときキヨナガが母国語で話しかけて、慌てた時何語で返すか見るつもりだったんだ。ルカとキヨナガ、セレスティンお兄さまは無言で何かやりとりをしている。口火をきったのはルカだった。

「犯人を説明するとしよう。王子に今日立ち会いたいか、明日報告だけすればいいか、聞いてきてくれないか」

 ランドルフがこれに従い、部屋を後にした。

 さほど時間をあけず、王子は立ち会うと返事をしてきた。

 片付けはランドルフとポリーナにお願いし、一行は昨日の「遊び場」ことアトリエへ移動する。

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