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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
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王子の遊び場


 三日といいつつ今日はもう午後三時を過ぎていて、明後日夕刻までというと実質丸二日程度しかない。

 兄は今日のうちに早速その事件のあった遊び場を見たいといい、家令のランドルフがうまく話をつけてくれて経緯を使用人の一人に説明してもらうことになった。

 

 兄、ルカ、名前を忘れた二人の学友、ランドルフ、私の五名で王宮の端にある王子の遊び場へ向かった。ランドルフが先に入り安全性を確かめた後、残る四人と案内人が入る。

 そこは灰色の石で作られた壁と床が残り、全面ガラスが張ってあったらしい外壁の一部はガラスが割れ穴があいている状態だった。そこから午後の日差しがよく入ってきている。元はサンルームだった部屋を王子のために改装したようだ。部屋の中の様子は子供の遊び場というよりクリエイターのアトリエに近い。そこかしこにカンバスや粘土があり、家具といえば木造の椅子と引き出し、作業台くらいのシンプルな部屋だった。

 廊下を歩いている間つないでいた兄の手をそっと離れ、私も部屋を見回す。   

「王子の命を狙ってのものだろうけれど、ユリアも十分に気を付けて。危ないものがあるかもしれないから勝手にそのへんのものに触ったりしないようにね」 


「あ、画材があるよお兄様」


「ねぇ、話聞いていた?」

 

 引き出しを開けてみると粉末の絵具が大量に出てきた。五センチ角ほどの小さな引き出しがざっと五十以上ある。絵具で汚れているが、あまり古くない。机の上に取り皿やパレット、筆がある。

 腰をを両手でつかまれ、ひょいと持ち上げられる。こういうことができるのは、言うまでもなくセレスティンお兄様だ。つかつかとそのまま赤ちゃんのように運ばれ、画材の入った引き出しから離れたところで降ろされ、今度はしっかり手をつながれる。


「各自、部屋を見て回って妙なものが無いか教えてくれ。俺は念のためユリアをみているから」


「わかりました」

「大人しくしていろよ、ユリア」

 それぞれ語尾が笑いになっている。ランドルフはともかくルカに笑われるのは悔しい。アルエの港街にいた頃なら一緒に探したんだろうなぁ。やっぱり伯爵令嬢の設定失敗したかなぁ、などと考えている間に案内をしてくれた使用人が人数分の木製椅子をもってきてくれる。座って待つこと十分ほど、ルカが最初に戻ってきて私と反対側の、セレスティンお兄様の横に座った。


「どう思う?」

「ここなら、いろいろと難しくはなさそうだよ」

「さすがは俺のブラザー殿」


 他の面々を待ちながら、セレスティンお兄様とルカの通っていた全寮制学校でのブラザー制度の話を聞いた。上級生と下級生で組んで勉強を教え合うペア制度のことで、普通は貴族は貴族、商人は商人で組むのが暗黙の流れになっている。もうひとつ、普通ならば上級生が下級生を指名するが、この二人の場合下級生で貴族のセレスティンお兄様が上級生で医者の卵のルカを指名したのだそう。主席のルカと組んで効率よく学習したセレスティンお兄様は飛び級で卒業してしまったのだとか。

 なんだこの小説より小説を書きやすそうな設定は!やっぱりこのまま放っておくと私程度の人間なんてモブでレッドフォード家を出た瞬間消滅するのかもしれない、とこの世界の残酷な理を思い出す。

 そういえば明日は生存確率が見える日だっけ。数字はどうなっているだろう?

 

 間もなくランドルフと名もなき同級生さんが戻ってきて、使用人から事の経緯を聞くことになった。


「事件があったのは一昨日の晩なのですが」


 二十歳前後とみられる比較的若いその使用人は、おびえた様子で話し始めた。

「たまたま小柄な使用人が片付けをしていたとき、何か火の気のあるものが投げ込まれたようなのです。おそらく王子に間違えられたのではないかと。ガラスが割れる音がしてすぐ近くにいた私が駆けつけますと、怪我をしたその使用人が倒れていてカンバスに火が燃え移っていました。彼は火傷を負って休暇をいただいております。こちら側の壁と床は石造りで、ほかの部屋に延焼しなかったのは不幸中の幸いでございました」

 ランドルフが確認のための質問をする。


「怪しい者は見つかっていないということですね?」

「はい。すぐに外を調べるよう伝えましたが、特に何も。ここは城の外壁にも近いので、何かを投げれば届いてしまうのです。王子が部屋にいるときには護衛に見張らせているのですが」


 続いて背筋を今日一日ずっと背筋を正したままのルカが口を開く。


「火傷を負ったのは体のどのあたりですか?」

「顔、顎、手、腕、胸など主に体の前面でした。彼はあちらの割れた窓の方を向いていたとのことです」

「なるほど・・・」

 ようやく椅子の背もたれを使い始めた。ルカも今日はなんだか別の人みたい。


「当日事件が起こる前にこの部屋に出入りした者は?」


 セレスティンお兄様に問われると、その使用人はピシッと姿勢を正した。

「はい、毎朝、清掃のためメイドが入っています。彼女らはもう三年以上勤めているもので信頼できると思います。よろしければご紹介します。

 午後からは王子のお気に入りのアーティストとそのお弟子さんが来て、王子は紙粘土で作った動物に着色していました。あちらの壁際に飾ってあるものが王子の工作した動物です。多くは壊れてしまいましたが、いくつかは無事でした。途中で我々召使がお茶やお菓子をもって出入りしたほかは、道具屋が顔を出したくらいで、特に怪しいものはおりませんでした」

「そのアーティストや弟子、道具屋というのは王宮に長く出入りしているのか?」

「アーティストの方はここ2カ月ほどでしょうか。お弟子さんも次の二回目から一緒に来られています。道具屋も同じですね、そのアーティストの紹介なのです。王子があれもこれもと要求するので、毎回一緒に」

 2カ月といわれると全員怪しく思えてくる。偵察をして帰りがけにプロが何か投げ込んだのかもしれない。


「片付け、ねぇ」


 セレスティン・レッドフォードは両手を顔の前で組んだまま、ちらとルカ・ブラウンと目を合わせた。ルカは特に何も言わないけれど、何か意思疎通があったらしい。

「その怪我をした使用人の話をまず聞きたいな。ここに医者もいることだし見舞いに行きたい。そのあとアーティストやらと弟子、道具屋と面会したい」

「承知いたしました。手配いたしますが、明日になることをご承知ください。病院の就寝時間は早うございます」

「あぁ、わかった」

 えぇ?わかった、でいいの?

 実質2日しかないのに、お兄さまには焦りの気配もない。ねぇ、本当に大丈夫なの? 

 心配そうな私を見て、兄はまた頭をぽんぽん撫でる。髪を結んでいるときはこれ以外やりようがないのかも。

「大丈夫だよ。そんなに難しい事件じゃない。たぶんね」

 兄もルカも余裕の笑みで、名も知らぬ同級生の顔には「?」が浮かんでいた。後で聞いたことだけれど、兄の同級生の中で一番階級の高い貴族の長男なのだそうだ。ルカを今日の式に呼ぶにあたって、声をかけざるをえなかったという感じかな。


 庭や廊下、外壁も歩いて回り、焦げ跡や怪しいものがないか調べてまわった。ただガラス片などはすでに昨日のうちに片付けが終わっており、直後であれば何かがあったとしても今はもう証拠隠滅されている可能性はあった。

 続きの調査は翌日朝からということになって、荷物をまとめて王宮を出ようとしたところで呼び止められた。ランドルフが王都内のこの近くに宿を手配してくれていたのだが。


「おい、とんずらされてはかなわないからな。その小さいのは人質においていけ」 

 見ると、王子の横にいた騎士(仮)であった。『その小さいの』と指さされているのはもちろん私ユリア・レッドフォードだ。胸をはって偉そうな調子でいるけれど、どうも彼は私たちを玄関横でずっと立って待っていたらしい。想像するとちょっとマヌケだ。王子の遊び場を離れてうろうろ調査していたので、ここで待っているのが早かったんだろうけど。

 ジッとルカがその騎士を睨み返す。

「人質とは、物々しい単語だな」

 それを制するように兄が前へ出る。

「それならば私も残っても良いでしょうか?王宮に泊めていただけるのであれば大変光栄にございます」

 騎士(仮)は首を大きく横に振った。

「爵位を賜ったばかりの貴殿と妹君を共に泊めたとなれば、勘繰るものも出てくるだろう」

 兄は少し考え、ルカへ目配せするが、二人が何かいう前に騎士(仮)は「残っていいのは女性のみだ」と言い切る。

 仕方なく若干十歳の私とメイド長のポリーナだけが王宮に宿泊することになってしまったのだった。


 八月九日の夜が更けてゆく。



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