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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
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叙爵式とトラブル2


 わらわらと貴族連中が寄ってきた。マカロンタワー横の私たちを囲うように大人たちが立ち、その真ん中に仰向けに倒れていた上体を起こしたばかりのアーサー王子と、珍しく落ち着かない様子の兄セレスティン・レッドフォード、そしてこの事態を引き起こしてしまった若干十歳の私ユリア・レッドフォードがいる。

 

「お前、怪我は無いか?」


 長い睫毛に囲われた二重の大きな目をぱちぱちとして、アーサー王子と呼ばれたその男の子は座ったまま私の方をじっと見た。摩周湖のような深い瞳の奥にツインテールの自分が映っている。


「大丈夫です。あなたは?」

「僕も大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」

 頬を緩めて微笑むと、妖精のようで同じ人間とは思えないくらい。天使のような笑顔とはよく言うけれど、髪や目、睫毛が少し青みがかった銀髪で、天使よりもっとずっと別世界の人のような気がしたのだった。


「はい、マカロン。食べたかったんでしょ?」


 王子は私よりほんの少しだけ長い腕で桜色のマカロンをつまむと、座り込んだままの私の顔の前に差し出した。両手で受け取ろうとしたものの、倒れた表紙に芝生に手をついてしまったのを思い出しハッと固まった。それに気づいたのか、ちょいちょいと口元にマカロンを押し付けられて、私は食欲に負けてそれを食べてしまった。うん、ほんのり甘くておいしい。つい顔が緩む。

 その横で召使が王子に寄ってきて「すぐにお召し替えを」と騒いでいるし、兄は「申し訳ございません」と青い顔をしている。


 王子がまた立ち上がって手を差し出してくれる。


「お前、名前は?」


 少し迷って、その手をとって私も立ち上がる。兄は膝をついたまま様子を見守っている。

「ユリア・レッドフォードと申します。この度レッドフォード伯爵の位を継ぐことになりましたセレスティン・レッドフォードの妹にございます」

 練習した通りに一言一句違えず言えたが、にっこり笑っていいのかはわからなかった。この状況をどう打開したらいいんだろう。


「何?レッドフォード?」

 

 急に王子の顔色が曇る。え、何コレ、やばいやつ?


「レッドフォード家にこの年頃の娘はいないはずだろう?」

 なんだこの子、まだ十歳そこそこに見えるのにこんな話し方なの?見た目はかわいいのに偉そうだ。

 

 って、そりゃそうか、王子だもの。

 セレスティン兄様が私の肩に手を添え、いつも通りの落ち着いた声音で説明してくれる。

「ご紹介が遅れて申し訳ございません。父が亡くなるまでユリアとは離れて暮らしておりましたので」

 王子はじっと交互に兄と私の顔を見比べた。目の色は緑と赤で違うが髪は二人とも同じ白に近いプラチナブロンドで、兄弟だと言われれば違和感はないだろうと思う。


「アーサー・ヴァンハイムだ。お初にお目にかかる」

 差し出された手が握手のようだったので、つられてそれに握手する。子供同士のこのやり取りを周りをぐるりと囲う大人たちが息をつめて見守っている、妙な空気だった。


 そこへ背と声の高い、髪を夜会巻のように結い上げた女性がバタバタと入ってきた。


「まぁ、アーサー王子! 授業を抜けだしてこんなところへおいでだったのですね? まぁ!?その服の汚れは何事でございますか、あなたたちの仕業ですの!?」


 たぶん王子のガヴァネスだろう。一気に空気がうるさく、もとい賑やかになる。

 王子が小さく舌打ちをしたのを私も兄も見逃さなかった。


「あぁ、そうだ。こちらのレッドフォード伯爵嬢と少しぶつかってしまってね。おい、レッドフォード伯爵」

 大きな青の相貌がギッと兄を睨む。優しそうに見えたさっきまでとはやはり表情が違う。レッドフォード家に何かあるのだろうか?


「追って沙汰を伝える。彼らを部屋に。僕はまず着替える」


 そういって王子と王子の付き人が消えていくと、兄は困ったように笑った。私たちはお茶会を早々に引き上げ、応接室に通されたのだった。





 メイド長のポリーナはリップグロスを塗りなおしてくれながら、控えめな声でプリプリ怒っている。マカロンタワーの横でぶつかって二人して倒れてしまった経緯を説明したところだった。

「それでは、王子もお嬢様もお互い様ではないですか、もう」

 マントを外し、白のドレスに汚れが無いかも確認してくれる。幸いここ数日カラリと晴れていたんだろう、泥も土もついていないようだ。

「そうはいっても相手は王子だからね」

 向かいの一人掛けソファに座った兄は脚を組んで紅茶をすすっている。相変わらず困り顔だけれどいつも通りの落ち着いた様子で、すっかりくつろいでいる。彼もマントは外し、横のソファにかけていて、横の三人掛けソファにはルカともう一人兄の同級生だという青年がいる。名前は聞いたけれど、なんだっけな。

 ここは応接室のようで、天井にはシャンデリアが、中央に大きなコーヒーテーブルがあり、それを囲うように一人掛けや三人掛けのソファが配置されている。壁の一角の鏡の前で支度を終えると、私もソファへ着いてお砂糖たっぷりの紅茶をいただく。

 

 しばらくしてシャツを着替えた王子が戻ってきた。ネイビーのシルクのシャツになっていて、今度は執事のような男と騎士らしき男を連れている。片方はランドルフような燕尾服を着ていて、片方は筋肉質で剣を下げている。私たちは全員すっと立ち上がり挨拶をする。「この度は申し訳ございませんでした」

 王子が奥のソファにかけると、その脇に執事(仮)と騎士(仮)が立つ。


「さて、どうしてくれようか」


 先ほど『レッドフォード』と聞いたときと同じ険しい顔をして、アーサー・ヴァンハイム王子はソファの肘掛けに肘をつき足を組んでいる。

「妹が失礼をいたしました。なんなりとお申し付けください」

 兄は淡々としていた。慌てない落ち着いた人柄だ。ルカらは静かに息をのんでいて、キヨナガはいつも通り陶器のように崩れない顔で入口付近に立っている。ポリーナだけがまだ少し高揚してぷりぷりしている。


 少しの沈黙の後王子が口を開く。

「一つ、よくわからない問題があってね。それを解決してくれたら今回のことはお咎めなしにしようと思うが、どうか」


「どのような問題でしょうか」

 兄は左胸に手を当て王子への経緯を示しながら、続きを促す。

  

「最近僕の遊び場で事件があってね。その犯人を炙り出してほしい。できるか?」

 兄はその薄い唇を横へ引き、顔を上げた。

「仰せの通りに」

「期限は三日としよう。明後日の夕刻までに結果を申せ」

「「「かしこまりました」」」

 一同が頭を下げ、私も慌ててみんなに合わせる。王子が退室すると、兄は「無理難題を出されなくてよかったよ」とにっこり笑った。




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