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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
24/46

叙爵式とトラブル

 

 大理石のタイルが敷き詰められた廊下の先にひと際大きな両開きの扉が見える。


「あの先が式典の間です」


 一歩後ろを歩くキヨナガがそっと教えてくれる。なんだか緊張するな。夏だというのに王宮の中に蒸し暑さはなく、コツコツと靴音だけが響いている。

 扉の前までつくとキヨナガとお兄様がまず目配せし、それから私にも二人の視線が下りてきて、頷いた。

 キヨナガが私たちの前に回り扉を開く。

 その瞬間、軽快な長調で音を刻む弦楽が聞こえてきた。

 奥に向けて縦に長いこの部屋の入口付近左右に弦楽隊が八名ほど並んでいる。バイオリン、ビオラ、チェロ…のような楽器だ。その奥にやはり真ん中の赤いカーペット敷きの通路を開けて木の座席が並んでいて、すでに二十名くらいが正装して座っている。

 カーペットを三人で進むうち、何人かが兄へ「この度はおめでとうございます」と挨拶している。一番後ろの席に一人、見覚えのある黒髪に蒼い目の青年がいる。こちらに気づいて、小さく片手で手を振ってくれる。

 ルカだ!


「ル…」


 声を出そうとしたところで兄にギュッと手をつかまれた。つながれた、といえばいいだろうか。「後でね」と小声で囁かれ、私は頷いた。一番前に空いた二席に兄と私が座り、キヨナガはその脇の壁に他のフットマンらしき男と並ぶ。フットマンは召使の中でもすぐわかる。何しろ大人でもハーフパンツにハイソックスはいているからね。こうして見ると他の二人のフットマンも美形だ。脚が綺麗なのはもちろん、髪も肌も綺麗で目があうとにこりと笑ってくれた。どうやら今日叙爵する貴族は三家らしい。後ろの席から「まぁ、見てあの異国のフットマン」だの「まだ子供じゃない」だの聞こえてくる。弦楽隊の音が上がり、またやがてメロディに合わせて小さくなっていく。


「間もなく王が入られます」


 一斉に全員が立ち上がる。弦楽隊も音を止め立ち上がった。私たちと同じ扉から王が静かに入室してきたらしい。後ろから足音がし、やがて演奏が再開する。後ろの人達は王の通る通路へ頭を下げている。私も兄と同じタイミングで、家庭教師から習った通りに控えめに丁寧にお辞儀をする。礼儀作法、やっておいて良かったぁ。

 王は白髪に顎を覆う程度の白髭を蓄えた、六十前後らしき男だった。彼が王座に着席すると、また一斉に貴族らは椅子に座った。日本の卒業式みたいに統制が取れている。


「これより叙爵式を執り行う。まずはレッドフォード領セレスティン・レッドフォード伯爵」


 兄が立ち上がり、王座へゆっくりと向かう。セレスティンが膝をついて恭しく頭を下げると、王が兄にペンダントをかける。少し遠いけれど王の声はなんとか聞こえる。


「父君は若くして残念なことであった。セレスティン・レッドフォード。貴殿をレッドフォード領伯爵に任ずる」

 ありがとうございますと述べて立ち上がった兄に何か書状を王から渡している。それをもって兄が席へ戻ってくると、次の貴族が呼ばれた。次も伯爵のようで、中年の男性であった。その次は子爵で、順番からするとレッドフォード領が最も大きいのだろう。滞りなく式が終わると王が先に退室し、残りの面々は庭でお茶会があるという。召使の案内に従って中庭へ出た。


「なんだか涼しい?」


 マントを羽織っているけれど想像していたより熱くない。日差しは晴れやかでも気温が少し低い気がする。 中庭中央の噴水を囲うように花壇と芝生が配された中庭にいくつかテーブルが出ている。お茶会といいつつシャンパンもつがれているみたいだ。


「王都は少し高原になっているからね。うちの屋敷より少し涼しいと思うよ」


 兄にエスコートされる形でテーブルについたところで、後ろから聞きなれた澄んだ声がした。


「この度はおめでとうございます。セレスティン・レッドフォード伯爵」


 正装したルカだった。隣にも十代らしき青年がいて同じ文句を繰り返した。

「堅苦しいのはいいよ。来てくれてありがとう」

 キヨナガに椅子を引いてもらい全員が席に着く。みんなパブリックスクールの学友なのだという。

「ルカ久しぶり。元気にしていた?」

 まだ一カ月くらいなのにずっと会っていなかったみたいな気がした。私は思わず抱き着こうとしたけれど、隣からお腹に腕が回ってきて止められてしまった。耳元で1オクターブ普段より低い声がする。


「ユリア、ここがどこだか覚えている?」

「お、覚えていますセレスティンお兄さま」

「伯爵家の女の子が僕の同級生に抱き着くとどうなると思う?」

「…変な噂をたてられるかも?」

「わかっていればよろしい。お前らも後でうちに寄ってくれるだろう?」


 ルカもその隣の青年も頷いて、ワイングラスを掲げた。セレスティンお兄様は私の頭を軽くぽんぽんと撫でる。

 ルカも「見違えましたね、ユリア様」なんて他人行儀に笑う。にこにこしながら今までだったら絶対言わなかったような敬語で話しかけてくる。ちょっと面白がっている風だ。

「そのリボンもドレスもよくお似合いですよ」とか。変な感じがして鳥肌がたちそう。

 隣でセレスティンお兄様は「だろう?これとこれは俺が見立てたんだ」なんて言いながら少し子供っぽく前のめりになっている。

 そっか、普段一緒にいるとわからないけれど、この人もやっぱり妹ができて嬉しかったんだろうな。それに同級生といると子供に戻れるのかもしれない。普段のレッドフォード伯爵としての兄ではなくて。

 

 そのうち私にはよくわからない先生や友達の話をし始めて、私はマカロンタワーの方にいくことにした。基本的に召使がサーブしてくれるけれど、半立食らしく真ん中にマカロンタワーやゼリー等があって、それは各自でとっていいことになっている。


 ただ問題は、届かない…


 あとちょっと…!

 テーブルが私には少し高く、かつお皿も飾りを含めてかなり高くなっていて、マカロンの一番上に手が届かないのだ。下から崩してもいいけれど、せっかくのタワーがぐしゃっとつぶれるのももったいない。

 もう少し! 


「とってあげようか?」

「あ」


 隣からその聞きなれない子供の声がしたのと、上のマカロンをつまんで体制を崩したのがほぼ同時だったと思う。


 ぎゅっと目を閉じて、その次に目を開いたときには予想外の場面があった。


 目の前に十歳から十二歳くらいの男の子が芝生に倒れている。

シルクの白いシャツに黒のハーフパンツ姿で、青の強い銀髪を短く刈り揃えている。その子の青の目がぱちくりと大きく2回瞬きをした。つかんだはずのマカロンはその子の白いシャツの上に無残に崩れ、私はというとその子の上に乗っかって押し倒している状態だった。


「わ、あの、ごめんなさい!」


「アーサー様!!!!」「アーサー様!!!」

 

 ばたばたと使用人らしき人達が駆けてくる。ここにいるということは貴族の子どものはずだ。できれば同じ位の伯爵の子じゃなくて子爵の子であってほしいと心の中で願った。

 その願いもむなしく、兄とルカが駆けよってきて現実をつきつけた。


「ユリア!」

 兄はぼーぜんとして男の子の上に乗っかったままになっていた私を抱き起すと、すぐに頭を下げせた。

 え、えぇ?


「申し訳ございませんアーサー王子! お怪我はございませんか」


 いつもは冷静な様子の兄が冷や汗を浮かべている。え、ちょ、まって、これは。

 これは、とてもマズイやつでは?


 見上げるとキヨナガがいつもの陶器のような冷たい無表情の顔で立っていた。小さくため息をついて、首を振っている。

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