チョコレートケーキとオレンジペコー2
人間は自分がもっていないものを欲しがる生き物だ。
日本語には隣の芝生は青いとか隣の花は赤いとか高嶺の花とか様々に言い回しがあるし、
英語にもたしか届かない月を欲しがって泣いているというような表現があったと思う。この異世界にも何か似たことわざがあるかもしれない。
それに日本人の半分以上が一度は髪を染めた経験もあるだろう。
それくらい気軽に「染めてみようかな」と言ったのだけれど、こうして真向から言われるとびっくりする。
「・・・ごめんなさい」
「どうぞそのままの髪色でいてくださいね?よくお似合いです」
何故か一応伯爵家令嬢になったはずの私が謝り、従者であるはずのキヨナガが少し上の視線からやわらかい静かな言い回しで、けれど強い圧力をもってお願い(命令)している状況である。
私は何度も深く頷きながら、膝に置いていたナプキンで顔を覆った。もちろん口元をふく振りだけど、うまくできているかわからない。
たぶん頬っぺたは真っ赤になっていると思う。
なんだこの十四歳、なんてストレートなんだ!
中身は二十代までの前世+十歳までの今世で合計三十年以上生きている自分だけれど、片手で数えられるほどしか身内以外からかわいいなんて言われたことない。
当のキヨナガは涼しい顔で、少なくなった私のカップに紅茶を注いでくれる。
それから最後の一口らしい小さくなったチョコレートケーキを頬張って、じっとこちらを見てくる。というか、観察されている。
「ユリア様?」
「な、なんでもない!」
「お腹いっぱいになられたのなら、残りのチョコレートケーキはわた」
「大丈夫食べる!」
私がいただきましょうか、と提案されそうだった気がするので被せて言い返す。
食べる、食べるってば!
レッドフォード家のパティシエは優秀で、毎日おいしいお菓子を用意してくれる。
中でもケーキのふんわりとしたスポンジと中のクリームは絶品で、外をチョコレートでコーティングしたこのケーキももちろんすごくおいしい。
顔の下半分を覆っていたナプキンを膝に戻して、大口にケーキを食べ進める。
キヨナガは陶器のような冷たい表情のうち口元だけを少し緩ませて、そこから少し息がもれる。クスリというよりふっと小さく零すように笑った。
「耳まで真っ赤ですよ、ユリア様」
!×●▲▽□!!!!!
声にも言語にもならない言葉を発せずに口だけパクパク動くばかりだ。キヨナガは身体の前で両手を組み、冷たい陶器の顔で微笑んでいる。艶やかな黒髪から除く黒い瞳も、いつに増して楽しそうで悔しい。
二人分の空いたケーキ皿を取りにやってきたゾフィーまで笑い出して、私はもう一回ナプキンで顔を覆った。もう、今度は全顔面を。
「・・・キヨナガ、冷たいお水をもってきてくれる?」
「承知いたしました」
顔を隠していたから見えないけれど、彼の声は心なしか緩んでいて、それがもう余計に恥ずかしくて、顔の赤みは当分ひきそうにないのだった。