チョコレートケーキとオレンジペコー
「ねぇ、キヨナガはどうしてレッドフォード家で働いているの?まだ十四歳でしょう?それにお父さま同士がお友達なら育ちも良いのでしょう?」
ケーキと共に戻ってきたキヨナガを一番日当たりの良い明るい席に座らせて、無事に二人でアフタヌーンティーを楽しんでいる。一人で黙々と食べるより、こっちのほうがずっと良い。今日のお茶はオレンジペコーだそう。お菓子はもちろんチョコレートケーキだ。
向かい側に座ってはいるけれど、私のカップのお茶がなくなりかけるとすかさずキヨナガは立ち上がろうとするので、座ったままでお茶をついでもらうことにした。落ちついてゆっくり味わうにはそのほうが良いといったら、素直に従ってくれた。
「よく覚えていましたね、父と先代レッドフォード家のこと」
「ちょっと、私の記憶力を甘く見ないでよね」
片目を閉じてキヨナガの目元に狙いを定めてナイフを投げる素振りをしてみせる。
だって、モブになるかどうかで生きるか死ぬかがかかってますから。とは言わない。
呆れたようにら目を細められてしまったが、小言は出てこない。それからキヨナガは自身の紅茶に視線を落としながら話し始めた。
「ガヴァネスからいずれ習うと思いますが、私の国は今政情が不安定なんです。国は二つに別れて戦争し、その結果如何によりほんの2、3年ごとに王が変わっています。今の王は昨年末の戦争の勝者です」
「もう、お兄さまが見ているわけじゃないんだからそんな難しい言葉使わなくてもいいのに。《如何》なんてオジサンみたい」
キヨナガはいつもの冷ややかな目で「十歳のユリア様からしたらオジサンでしょう」なんていう。思わず笑ってしまったけれど、すぐに話を戻す。待てよ?政情不安定?戦争モノの小説には絶対したくない。もしそれが正解ルートのひとつだったとしても戦争はこわい、絶対嫌だ。そっちのルートにいかないようにせねば。
「それで、家族の中でひとりキヨナガだけがこちらへ?」
キヨナガは頷いて、紅茶に口をつける。所作のひとつひとつは日本人的というよりは、西欧文化に慣れ親しんだ感じがする。まぁここは異世界だし、キヨナガが黒髪黒目だからといって彼の国に日本のような文化があるとは限らないけど。
「父は身動きが取れませんし、母と妹は食事が合わないといって国を出たがらないのです。食わず嫌いといいますか、国の外に出たこともないのにそう信じてしまっていて」
わぁ、なんだかニッポンっぽい。
「ケーキも紅茶もステーキもパスタも、どれも美味しいのに残念ね」
「ええ、本当に。おや、初めて気が合いましたね」
なんでこうこのひとは一々トゲのある言い方をするかな!私が本当に十歳だったら怒ってるところかもしれない。
当のキヨナガはおいしそうにチョコレートクリームをすくってペロリと舐めている。
「それで、レミリア国に来てすぐフットマンになったの?」
キヨナガは頷いた。
「はい。先代からはセレスティンさまの話し相手にといわれましたが、いつ恩を返せるのかわからないこんな状況で、話し相手だけの食客になるのは申し訳ないので。それに、貴族の間でも異国のフットマンは珍しいのです。フットマンの名の通り足が綺麗である必要はあるのですが、まだ十四ですからね、汚く太りでもしない限り大丈夫でしょう」
な。何なのその由来。よくわかってなかったけどそれで膝丈の半ズボンなの?脚を見せるための制服だったの?
私は文字通りポカンと口を開けてしまった。
横からくすりと笑い声が漏れて気づいた。
「美しいフットマンを連れていることは貴族のステータスなのですよ、お嬢様」
そのメイドはあいた皿を片付けながら、「これからキヨナガ・クジョーの背が伸びるのを社交界の奥様方はみんな楽しみにされているそうですよ」と笑う。
あぁ、そういわれてみれば熟女受けするタイプかもしれないぞ。色白肌に切れ長の黒目で細マッチョ、髪もストレート。
当のキヨナガはさっきから全く表情を変えずにケーキを味わっている。もうほとんどなくなっているが、フォークで切り取るひとくちひとくちがだんだん小さくなっていて、名残惜しい感じが手元から伝わっている。
メイドは気にせずおしゃべりを続けてくれる。
「キヨナガはそこにいるだけでパッと目をひくんですよ。ほら、この国ではキヨナガみたいに真っ直ぐな深い黒髪は珍しいでしょう?瞳まで真っ黒で、どうしたって目を引きます」
私も頷く。
「いいなぁ。私も(もう一回)黒髪になってみたい。染めてみようかなぁ」
さらりと「どうぞ」くらい言われるかと思ったが、キヨナガは「な!」と目を見開いて首を大きくふり、いつになく強い口調でまくしたてた。
「冗談でもそんなこと言わないでください。ユリア様はその金髪も込みで可愛いんですから」
今度は私がパチパチ瞬きをする番だった。