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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
19/46

機会2

サンルームでの続きです。


「ジョシャク、ですか?」


 聴き慣れない言葉にユリアは首を傾げた。


「国王にお目通りし伯爵位をいただく場のことです。先代の後継者候補はセレスティン様だけでしたから、とうに予約はしてあるのですが何分お忙しい方ですので。来月上旬になってしまったのです」


「ランドルフ」


 セレスティンお兄さまは鋭く目を細め家令を諫めようとした、ように見えた。家令が「失礼しました」と頭を下げ半歩下がる。

 兄の赤い双眸はこういう表情をするとゾクリと怖い。普段は優しいが腹黒いというか裏があるタイプかもしれない。もしくは怒らせると怖いタイプなのかもしれない。

 今はぜったい、敵にまわしたくない。 

 そんなことを妹が考えていることを察したからかどうかわからないけれど、セレスティン・レッドフォードは今度は困ったように目を細めて笑った。

 

「伯爵候補という意味では君もそうだよ、ユリア」

 あぁ、なるほど。ランドルフは私を牽制したのか。


「は、伯爵なんて、私に務まるとは全然、まったく、思えないです!!」


 しまった、つい声が大きくなってしまった恥ずかしい。焦ってギュッとスカートもつかんでしまっていたのでそれを緩める。お兄さまもランドルフも目を見開いて、それから少し赤くなった私の顔に気づきふきだした。

「ふふ。そうだね、とりあえず肘をつかないで食事をできるようにならないと。音楽ももっと腕を磨くといい」

 いつものように、ぽんと私の頭に手を置いてお兄さまは微笑んだ。こういう顔をしていると、天使のようなんだけどなぁ。

 食えないというか、読めないというか。私は口をとがらせる。

 とはいえ結果的に、伯爵家を乗っ取るつもりがないことは伝わったかな。

 子どもの算数はなんとかなってもワイン事業に鉄道事業なんて、どう考えても私に手の届くものではないもの。頭の片隅に自ら伯爵になってモブを脱出するストーリー案も一応浮かんだけれど、恋愛小説だと転生案内人がいっていた以上、そんな大変なことまでしなくてもいいだろう。何よりこの美しい兄を敵に回す道が良さそうには思えなかった。何しろ恋愛小説なんだから、身の回りの美形は大事にした方がいいはず。


「で、その叙爵の時、ユリアも一緒に来ない?」


 お兄さまはデスクの向こうに戻って背もたれの高い椅子に深く座り、またにっこり笑った。


「式場には社交デビュー前の君はまだ入れないだろうけど、式の間は庭かどこかで遊ばせてもらおう。この屋敷の外へ出て外の街を見て、それからもしかしたら友達も増えるかもしれないね」


 両手で頬杖を突き、満面の笑みを浮かべるセレスティン・レッドフォード。ちょっと怪しい気もしたけれど、私は「いきたいです!」と手を勢いよく挙げた。消滅確率が高いのは誰ともフラグが立っていないからだろうし、ひょっとするとまだ相手と出会ってもいないのかもしれないんだから、どんどん外へは出ていかなくちゃ。この世界の女子の社交デビュー、いわゆるデビュタントは十三歳から十六歳なのだそうだ。まだ三年もある。


「じゃあドレスをもう一つ仕立てるとしよう。何色がいい?」

「白はどうでしょう?赤はいろんな子が着るでしょう?」などと新しい服の話をしている横で、家令のランドルフが小さくうなずいたのが視界の隅に見えた。やっぱり何か裏がある気がする。


 コンコン、と壁を軽くノックする音につられて振り返ると、キヨナガが体を半分入口からのぞかせて立っていた。白を基調としたこの屋敷では彼の真っすぐな黒髪はとても目立つなと場違いなことを思った。


「今日はこちらでしたか。そろそろ午後のお茶のお時間ですが、ここサンルームへお運びして宜しいでしょうか?」


「いや、そろそろ部屋に戻るから部屋に運んでくれ。片付けないといけない仕事がまだまだある」

 

 セレスティンお兄さまがそう言って立ち上がると静かにランドルフが地図をくるくる丸め、彼に続いて出ていく。「かしこまりました」とキヨナガも浅く一礼し見送る。


「ユリアさまはどうされます?」

「あ、私はここでいただきたいな。本を読みたいの。今日のおやつはなぁに?」

「たぶんチョコレートケーキですよ。厨房から甘い匂いがしていたので。それでは少々お待ちください」


 いつも鉄壁で無表情のフットマンだが、「甘い匂いがしていたので」と言ったときに少し、本当に少しだけ、頬が緩んだような気がした。やわらかい表情っていえばいいだろうか、とにかくちょっとした緩みを見つけて、私はソファの向こうへ体を乗り出した。


「なぁに、キヨナガもチョコレートケーキ好きなの?」

 ほとんど率直に聞いたつもりだったけれど、キヨナガの顔は明らかにこわばってしまった。

「な、私は、別に」

 といいつつ一瞬逸れた目を見逃すほど、ユリア・レッドフォードも愚かじゃないぞ。


「ねぇキヨナガ、そのケーキ好きなら今日は一緒にいただきましょう。きっといつも通り大きなケーキを用意してくれて私一人じゃ食べきれないもの。お兄さまはお部屋に戻ってしまったし。二皿持ってきて、ね?」


 そこへ話声に気づいてかメイド長のポリーナもやってきてしまった。


「まぁユリアさま、なんて姿勢をしているんです!」


 ソファの背に身を乗り出した格好が良くなかったらしい。すとんと椅子の方に座りこみ、きちんと座りなおしてから立ち上がって彼らに向き合う。あぁ、めんどくさいけど、しょうがない。ここは、ポリーナにも加勢してもらおう。

「あのね、今日はお兄さまお忙しいみたいなの、でもケーキをひとりでいただくのも寂しいでしょう?キヨナガがケーキ好きみたいだから一緒に食べようと思うんだけどいい?」

 ポリーナは私とぶすくれた表情のキヨナガを両方くるくると見渡したあと、「ユリアさまがそうおっしゃるなら、私は目をつぶりますよ」といいながらクスクス笑った。

 観念したらしいキヨナガは、「先にセレスティン様の給仕をして参ります」と半音低い声で言い残しサンルームを出ていく。ポリーナは私に向かって、「そういえばまかないで甘いものが出るといつも機嫌が良さそうなんですよ、あの子」といって唇に指を立てた。

 

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