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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
17/46

お茶会

「すごい、広い、こんなバラ園初めてみました!」

 

 広大なレッドフォード家の庭を屋敷の方に向かって歩きながら、私はまだ少し興奮していた。新宿御苑より鳩山会館よりずっと広いそのバラ園は色とりどりの花びらと甘く爽やかな香りに包まれていた。


「幼い頃に亡くなった母が好きだったらしくて。父からよく聞かされたよ。母にせがまれてどんどん新しいバラを植えて行ったら、こんな広さになっていたってね」


 歩道の岐路にさしかかるたび時折手を引かれながらバラ園を出てお屋敷に戻ると、バルコニーに2脚の椅子と丸いテーブルが出され、真っ白の厚手のテーブルクロスがかかっていた。その中央にはセラミックの花瓶にガーベラが活けてあり、椅子の前には取り皿と蝶をかたどって折られた桃色のナプキン、カトラリーが用意してあった。メイドに促され席につくとすぐにキヨナガが紅茶をもってきてくれる。


「散策されたあとですから、まずはさっぱりとシッキムのファーストフラッシュをご用意いたしました」

 

 左腕に載せた丸盆の上で器用に裏になっていたカップを返し、ポットから紅茶を注ぎ丁寧な所作でテーブルに置く。すごい、お茶の水面がほとんど揺れていないんですけど。


 紅茶といって日本人がさっとイメージするよりも淡い色合いのそのお茶は、たしかにさっぱりとして後に味を引っ張らない。

 一度屋内に引っ込んだキヨナガは続いてワゴンとともに戻ってきた。ワゴンには3皿が重なったティーセットが2つ載っている。それを私たちの前に置く所作まで慣れたもので、この異世界の十四歳がしっかりしすぎて驚くしかない。ハーフパンツにハイソックスだけど。(フットマンの制服らしい。二十年以上日本人として生きてきた身としては違和感がまだ消えない)

 目をぱちぱちさせていると、セレスティンさんがまた微笑む。なんだか、一挙一動笑われているかもしれない。しばらくはこんなかんじなのかな。


「本日はクロテッドクリームとアプリコットオレンジのジャムをご用意いたしました。スコーンは先ほど丁度焼けたところです。スープはソラマメの冷製スープを。最下段がキュウリとハムのサンドイッチ、上段はオレンジゼリー、マカロン、メロンのショートケーキでございます」


 頬が緩むのがわかる。憧れのアフタヌーンティーセットをこの世界で拝めるなんて!

 オレンジゼリーと一言でまとめられているガラスの器はオレンジと白の2段になっていて上にはベリーやオレンジの果肉がのっているし、マカロンも小さくホワイトチョコレートで絵がかいてあるし、まわりに他のお客さんがいるわけじゃないし、ホテルのティータイムよりずっと良い。甘党にはお屋敷って最高なんじゃないか。

 スープと下段のサンドイッチをささっと飲み込み、じっくり自家製らしいジャムとスコーンを楽しみ、さらにじっくり時間をかけて上段のデザートを楽しむ。


「ふふ。食べているうちにどんどん笑顔になっていくねユリアは」

 

 心底楽しそうに笑われている気がする。ちょっと恥ずかしい。頬が熱くなってくる。


「お気に召したようで何よりです」と様子をみにきたシェフがほっと胸をなでおろしている。小太りしたその男性に、向かいの若い伯爵はケーキとマカロンをほめている。


 少し日が陰ってきたところでキヨナガがまた静かにポットをもって現れる。

「ダージリンはいかがでしょうか?こちらはセカンドフラッシュになりますが」

 

「もらおう。ミルクも。ユリアは?」


「あ、はい、お願いします」


 至れり尽くせりのこんな生活が続いたら私ダメになりそうな気がする。ピアノと一般教養のレッスンしっかりがんばらなきゃ。ダメ人間が主役になれるとしたらよっぽど面白いことしなきゃダメな気がするもの。公務員の中でもつつましやかに生きてきた自分に絶妙な芸人の才能があるとは思えなかった。

 

 お代わりを進められ、さらにメロンのケーキを食べていたところで、両手で頬杖をついた伯爵は切り出した。「ねぇユリア」


「どうしてぼくについてきてくれたんだい?」


 いつかは聞かれると思っていた。もちろん例の91%を見たあと用意してある。


「ふたつ、理由があります」

 

 しまった。サラリーマンみたいだ。

 言い回しまで用意してなかった。


「ひとつは、この髪です。

 私の髪、パパに似ていないでしょう?アルエではこんな、白に近い淡い金髪自分のほかに見たことなかったんです。でもお兄様をみたとき、あ、このひとはわたしのお兄様なんだ、って」


 兄は2回小さく頷いた。

 よし、悪くない手ごたえ。


「それに、広いお屋敷にひとりぼっちでいるお兄様を想像したら」

 

 しっかりして見えるけど十七歳だ。その年齢の時の前世の私なんて、姉妹にも両親にも甘えてばかりいた。あのとき家にだれもいなかったら?家の中が空っぽっだったら?想像しながら目元を準備する。

 

「想像したら、絶対、いかなくちゃって。ルカにはマックスがいるし、ママにはパパがいる。でも、お兄様は?お父様が亡くなって、そしたら」


 二重の両目は涙でいっぱいになっていた。セレスティンさんのではなく、私の目だ。さすが中身は前世との合計三十代でも体は十歳!十歳の感受性に助けられている。

 つたりと涙の一滴が右の頬にこぼれおちた。ナプキンをとってそれをぬぐおうとすると、後ろからゾフィーがハンカチを差し出してくれる。はらはらした彼女の表情に申し訳なくなる。

 ごめん、嘘泣きなの。

 いや、違う、、一応嘘じゃないけど、今泣こうと思って泣いているの。

 だって消滅確率91%なんだもの、なりふりかまっていられるものか。

 その91%の数字を思いだして自分につきつけたらまた泣けてきた。涙は両目からぽろぽろこぼれ始める。

 ダメだ、いやダメじゃないけど、涙が止まらない。

 前世とあわせても四十までさえ生きられない人生なんて!


「ユリア」


 セレスティン・レッドフォードは席をたち、椅子に座ったままの私の目線に合うよう膝をついて私の顔をのぞきこみ、ためらいもせずに人指し指で指で直接私の涙をぬぐった。びっくりして、涙がひっこみそうになる。瞬きをしたらまたこぼれ始めた。それをこのきらきらしい青年は両手でこめかみに触れながら、親指でまたぬぐう。

 何、何、何。子供扱い?

 いや、子供なんだけど。正しく、ツインテールの、十歳の子供なんだけど。

 ちょっとふてくされるように唇がとがってしまった。


「お兄さまは平気だった? ひとりぼっちでも」


 セレスティンは首をゆっくりとふった。


「平気じゃないよ。父が亡くなったあとは僕と対等に話ができる人はこの家にだれもいなくなってしまった。ユリアが来てくれて嬉しいよ」


 にっこりと笑う。

 その笑顔は本当にきれいで、美しくて、壮麗で、世の中のほとんどの女性がくらりと打ちのめされるよう。

 でも、なんというか、なんだろう。


 あれだ、営業スマイルに似ている。もしくはカメラを向けられたときのような。時々ふふって笑うときに比べると自然じゃないかもしれない。


「ほんとう?嘘じゃない?」


 これは、本音。


「嘘じゃないよ」


 彼は云う。嘘かもしれないし、何かるのかもしれないけれど。


 私はじっとこの腹違いの兄の柔らかな笑顔を見つめた。少し風がそよいで、彼の前髪が揺れる。赤茶の相貌はじっと見ていると吸い込まれそうな強さがある。ゆっくり目をとじて、たまっていた涙を落としきる。それをまた彼は親指でぬぐって、小首をかしげた。


「嘘じゃないし、ユリアがいてくれたら寂しくないよ」


 今度は私も同じ方向に首を傾げてみせた。


「じゃあ、お兄さまはユリアと何をして遊びたい?」


 一瞬、赤い瞳が揺らいだ気がした。

 近くにはゾフィーとキヨナガが控えている。キヨナガは相も変わらず無表情に直立不動で見守っている。

 

「舟遊びをしにいきたいな。うちの領地も案内したいし。あぁ、ピアノをうまく弾けるようになったら二重奏をしようか?」


 とってつけたぞ。今、絶対、とってつけた。

 まぁでも、十七歳の男に十歳の妹ができても、なかなか一緒にできることは少ないのかもしれない。

 私はうんうんとうなずいた。


「約束ね?」


 小指をさしだしてみる。

 差し出してから気づいたけど、この異世界、指切りとかあるんだろうか?一瞬考えて、説明を加えることにした。


「友達と約束するときこうしてたの。こうやって小指と小指をつないで、指切り。約束のしるしなの」


 一通り説明をきくと彼は微笑んだ。「わかった、約束な?」

 あ、これだ。たぶんこれが彼の自然な笑顔だ。

 私もつられて笑顔になる。 


「わたし、お兄さまのこの笑顔すき。ふわってする」


 私もセレスティンのほほを両手でつつんでみる。なんだか変な絵面になってしまった。

 彼はぱちりと両目を見開いたあと、またふわりとほほ笑んだ。



紅茶の産地は現実世界と同じ名称ですが、同じ名称の産地がこの異世界にもある方が味が伝わりやすいかなと。

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