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モブになると消滅する世界に転生しました  作者: アオガスキー
レッドフォード伯爵家
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音楽

 聞き覚えのある弦楽器の音がする。この曲は知らないが、楽器はヴァイオリンかもしれない。この世界にもヴァイオリンがあるのだろうか?

 音に惹かれる形で部屋を出て耳をすます。一階みたいだ。まだ慣れないこの屋敷の中ですれ違う使用人に挨拶される度につい会釈してしまいながら、廊下を抜けて二階の広間へ、それから蔦を模した豪華な手すりをとって大理石の階段を下りていく。

 うん、一階から音楽が聞こえる。ヴァイオリン1つのみで他の管弦楽奏者がいる気配はない。


 玄関から正面にあたる広間にその人はいた。

 ドアは全て開け放されていて、階段を降りるとその広いホールに二人だけが立っているのが目に入る。

 白いゆったりしたシャツに深いブラウンの品の良いボトム姿の金髪の男性と、彼より少し背の低い茶髪に燕尾服の中年男性である。

 わずかにビブラートを経て金髪の男性が弓を引き切ると、ホール全体に美しいその音色と余韻が響き渡った。やはりヴァイオリンだ。この世界独自のオリジナリティある楽器というわけではないらしい。近くにいた使用人は拍手をしている。向かい側にたつ男性はどうやらヴァイオリンの家庭教師のようだ。

 つい私も拍手してしまう。こちらに気づいて、兄はレッスンを止めて声をかけてくれる。


「おはようユリア。もう屋敷には慣れたかな?」

「あ、ええと、まだ、その、迷子になりそうです」

 もごもご言っているとクスリと笑って、

「音楽は好き? 良かったらそこで見ていったら」 と弓でホールの端に並んだ椅子の一つを指す。私はそれに従って、座りやすそうな低めの椅子に上がった。壁際から部屋全体を見上げる形になる。窓も大きいし壁も白く塗られていて、室内のわりに随分と明るい。

 

 ここは来客時にはダンスホールにでなるのかもしれない。小学校の体育館のような広さがあり、床は板張りになっていて動きやすそうだ。天井の中央には五段以上ガラスが重なった大きなシャンデリアが一つぶらさがっている。屋敷にはランタンを使っている部屋もあるけれど大きな部屋には電気が通っているようで、この部屋の壁にもろうそくが見当たらないことからこのシャンデリアが照明なのだろうと推測された。

 グランドピアノが一台と椅子が複数壁際に並んでいるほかは家具はなく、普段はここが音楽のレッスン室になっているということか。

 

 兄の隣の男性は先ほど弾いていた曲の細かい奏法を丁寧に指導している。貴族に教えるというのはすごく気を遣う大変な仕事なんだろうな、と労働者気分で眺めてしまっている自分に首をふる。ユリア、あなたはもう令嬢なのよ!と。ヴァイオリンを左肩に抱え弓をひくセレスティン・レッドフォードの姿は端的にいって優雅で、本当にこの人の妹になったのかとそわそわした。世の中には二種類の男性がいる。ヴァイオリンが似合う男とそうでない男。もちろんセレスティンさんは前者で、ため息がでるくらい美しい。


「おつかれさまでした坊ちゃん。今日はここまでといたしましょう」

「ありがとう。また来週宜しく頼むよ」

 

 ヴァイオリンの講師は私の方にも目を配り、この方は?と聞いた。兄が「離れて暮らしていた妹だ」と紹介するのを待って、私はドレスを少しつまんで挨拶をする。カテーシーとかいうやつの見よう見まねだ。

「ユリアと申します。お初にお目にかかります」

 そういえば礼儀作法を習っておいたほうがいいのかもしれない。この世界で伯爵家の女性がどのようにふるまうべきかわからないのは後々ハンディキャップになりそうだ。

 礼儀作法だけでなく・・・


「セレスティンお兄さま、その楽器はピアノでしょうか?」

 グランドピアノを指してきく。

「ああ、ピアノだ。鍵盤楽器だね。興味はある?」


 私が頷くと、ピアノの前に座るように促し、自らひざをついて椅子の高さを調整をしてくれる。ヴァイオリンの講師が「いえ、私が」というのを制して、兄は自ら調整を続けた。自分の腰のあたりに彼の顔がくるのでなんとなく落ち着かない。足が微妙に届かないけれど、ピアノを弾くにはこれくらいの椅子の高さは必要だ。


「これくらいかな?鍵盤に手を置いてみて」


 前世でピアノは多少触ったことがあった。といってもショパンで弾けるのは仔犬のワルツだけ、もっぱらモーツァルトかベートーヴェンのうち子供でも一応弾けるような曲を少し手を出したという程度なのだけれど。ましてや今世ではまったく触ったことがないのだから、指の筋肉が発達しているとは思えなかった。そんなチート機能はリクエストしていないし。

 と、思いつつも、ゆっくりと鍵盤に指を載せる。前世で八歳の時に弾いたエリーゼのためにを原曲よりゆっくりと弾いてみる。


「おお、お上手ですな」

 講師がお世辞を言ってくれるのに気をよくして、覚えている範囲まで弾き続ける。有名な主旋律のあとはなんだったっけ・・・あれだ、和音がある。まだ小指や薬指を鍛えていないこの手では難しいかもしれないな。ミとレ#を繰り返す右手の小指と薬指が案の定思い通りには動かず、失敗する前に止めることにした。講師が小さく拍手をしてくれる。兄は瞬きを繰り返している。


「どこかでピアノを習ったことがあるの?」

「いえ、ちゃんとは、全然」

 嘘だけど。前世ではちょっとだけ習ったけど。両手を振ってごまかす。ほぅ、と興味を振ったふうの兄の様子をみて、対応はこれでよかったっぽいぞと推測する。


「ピアノ、習ってみたい?」


「はい!!」

 兄の提案に私は勢いよく返事をした。講師と兄は顔を見合わせて、クスリと笑った。


「わかった。すぐに誰か見つけさせよう」

「宜しければご紹介いたしましょうか?」という講師に兄が頷いている。

「あぁ、この妹の教育にふさわしいものを知っていたら家令のランドルフに伝えてくれ。助かる」 


 講師が屋敷を出たあと、兄は「そういえば家庭教師もつけないとな」といいだした。

 家庭教師!うん、必要だと思う!

 礼儀作法はしっかり学んで、ピアノも身に着けて、将来ピアノとヴァイオリンで一緒に演奏できたら親近感がわくかもしれないし!


「あの、私はアルエの街で育った下町のものなので、ぜひ礼儀作法だとか一般教養も学びたいです。先ほど先生にご挨拶するときも、本当はどうしたらいいかわからなくてどぎまぎしてしまって」


 生意気だと思われるかな? 少し控えめに提案してみると、兄は頷いた。


「そうだな、そうしよう。すぐに探させるよ。人をつくるのは生まれではなく教育と知識だからね」

 彼が微笑むと本当に美しく、私は自分の頬が少し熱くなるのに気づいた。いや、だって、こんなきれいなひと見たことないんだもの!!!

 

 兄は庭の前にまず屋敷の一階を案内してくれた。昨日はゆっくり眠り、午後からは仕立て屋がやってきて全身くまなく採寸した後、ありもののドレスをあれやこれや着て細かく調整してまた脱いで着て調整して、と着せ替え人形になっているうちに終わってしまったので、今日が実質この屋敷で暮らす初日のような気分だった。


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