インターミッション
「あぁポリーナ、ユリアはどうしている?」
チェスの駒、白いポーンを指の先でくるくる回しながら、セレスティン・レッドフォードは廊下を歩くメイドに声をかけた。キヨナガの国から取り寄せたという和柄のガウンを白い寝間着の上に羽織っている。チェス盤の向かい側には年の近いキヨナガが真剣な顔で座していた。
ここはレッドフォード家マナーハウス2階の応接室の一つで、廊下へつながるドアは開け放しになっている。ドアが開いている限りは家令だけでなく各使用人が主人に話しかけて良いことになっている。
「お休みになられました。よく眠っておいでですよ」
メイドが微笑んで出ていくと、セレスティンはポーンを軽く投げて、小さくため息をついた。キヨナガが目ざとくそれに気づき、どうかされましたかと聞く。少し考えて、セレスティンは逆に質問を返すことにした。薄めたワインの盃を手に取る。
「キヨナガはどう思った?あの娘」
ぱちりと黒いナイトを動かしてからキヨナガ・クジョーは顔を上げた。じっと黒い相貌でセレスティンを見る。彼はさすがに寝間着というわけにはいかず、制服を着たままになっている。
「港町の仕立屋で育ったにしては礼儀を知っているかと。ただ隣人や家族との関係も良好のようでしたし、やけにあっさりとついて来たなとは思います。伯爵家の暮らしに憧れでもあったのでしょうか」
「俺の駒の一つになるだけだなんて知らずにな」
セレスティンはパチリとポーンを動かした。局面は白が有利に動いている。
誰かいるか、と廊下に向けて声をかける。控えていた家令が静かに入室する。
「お呼びでしょうか?」
「しばらく夜も巡回を続けるようにお願いしたい。ユリアをよく見てやってくれ。いくらあの優秀なルカの馴染みだろうとダーニャの娘だろうと、本人についてこちらはまだ知らなさすぎる。ただし警戒心や敵意は一切見せないように。あくまでれっきとした伯爵家令嬢として歓迎しているのだと、本人には捉えてもらいたい」
「かしこまりました。輪番を組んで巡回しておりますので、どうぞご安心くださいませ」
家令は一礼し、飲み物などの不足がないか問うた後退室した。
キヨナガはその様子をじっと鋭い目つきで見つめていた。いつも通り表情のない陶器のような顔で。