8 嫁さんを自慢する
「よう、ようやく退院したんだな」
翌日、久しぶりに出社して朝から社長に説教(怪我なんてするな的なやつ)をされて、パートさんに挨拶をして持ち場である時計装飾品のコーナーにあるレジ(サークルとも呼ぶ)に行くと、上司の田原さんがそう言ってきた。
「おはようございます。ご心配をお掛けしました」
「心配なんてしてないがな。それよりも迷惑の方が強い」
「すみませんでした」
「んで、兄嫁寝とったって本当か?」
後輩の坂口から漏れたのだろうか?でも、結果的にはそうなったしどう説明しようかと思っていると田原さんは言った。
「まあ、なんでもいいがな。お前の代わりなんていくらでもいるしな」
「あの…田原さん、何かあったんですか?」
いつもより割り増しで機嫌が悪そうに見えたので思わずそう聞くと、本人ではなく、話を聞いていたパートの中原さんが苦笑して言った。
「気にしなくていいよ。田原ちゃん、またお気に入りのキャバ嬢が他の客に取られて不機嫌なだけだから」
「ああ…なるほど…」
俺には全くわからないけど、田原さんはキャバクラというところが大好きらしい。俺はあんまり興味がないのと、俺なんかが話すのは失礼だろうという気持ちと、あと未知への恐怖が強くて誘われても行かないけど。
そんな風に納得してると、中原さんが興味深そうに聞いてきた。
「そういえば、坂口ちゃんが話してたけど兄嫁さんと仲良くしてたんだって?」
「えっと、実は恋人になりました」
「まあ!それは素敵!どんな方なの?」
どんな?改めて聞かせると難しい。俺の語彙力だと表現しきれる気がしないが…キラキラした瞳を向けてくる中原さんに俺は思い切って言った。
「えっと…外も中も完璧で、凄く優しくて、料理も出来て、度胸もあって、それから凄く強い人なんですが、守ってあげたいと思う人ですし、それにそれに、俺なんかを好きって言ってくれるような本当に素敵な人で、あと、凄く可愛くて、表情もコロコロ変わるし、とにかく、あの…最高です…」
そう言うと、中原さんはかなり驚いたような表情を浮かべてから言った。
「べ、ベタ惚れなのねぇ…あの錦ちゃんがねぇ…」
「あ、あの俺変なこと言いましたか?」
「いえいえ、とっても素敵だわ!でも、錦ちゃんが幸せそうなら今回の怪我も悪くなかったわねぇ。さっきは田原ちゃんもあんなこと言ってたけど、錦ちゃんが抜けた穴の大きさに顔を歪めてたからねぇ」
「余計なこと言ってねぇで仕事しろ」
「とか言って、田原ちゃんまたサボる気でしょ」
いつも通りのやり取りをする田原さんと中原さん。まあ、でも怪我をした分会社にも迷惑かけてるし、ある程度仕事で挽回しようと思いながら、仕事に励むが…前とは違って、仕事中も時々、美星さんの顔を思い浮かべてしまったのはちょっと、重症かもしれない。
幸い仕事自体に支障はないけど、強欲にも早く休みになって会いたいという気持ちが芽生えているのがわかった。琴音ちゃんにも出来れば会いたいけど…受け入れて貰えるかなぁ。
そんな心配もありながら、美星さんの顔を思い浮かべて思わず笑みを浮かべてしまうくらい、俺は美星さんのことが大好きなようだった。
まあ、仕事は接客業だし、前までやってた無理矢理の笑顔に紛れ込ませればバレないかな?