5.5 美星の想い
最初は本当にお礼のためだった。本来無関係なのに私達のことを気にして尋ねてきてくれた夫のーーーいえ、元夫の弟さんとしか思ってなかった。
目覚めてからも、自身のことより自分の兄と私達のことを心配する姿を見て本当にいい人なのだと思った。普通なら下心がないかと疑いそうになるのに、彼は心から私達のことを想って言ってくれているのがわかった。
彼は…清隆さんは、いつだってそうだった。自分のことより他人のこと。話を聞いてその理由がわかった。
彼は自分のことを大切にしてないのだと。
具体的には、兄である元夫のせいで価値観がねじ曲がっているのだと思った。彼から聞かされたかつての元夫の振る舞い…私なら耐えられただろうか。何十年もあの地獄………いえ、さらにもっと酷い地獄に晒されて果たして正気を保てたかどうか。
お義父さんとお義母さんが1度も直接病室を尋ねて来なかったことからもそれは明らかだった。
そんな痛みの上でなお、笑う彼の姿を見て私は……この人を守りたいと思った。例え他の人が彼を否定しようとも私だけは彼の味方でいたいと思ったのだ。
多分それが彼を意識することになる切っ掛けだった。
知れば知るほどに彼の闇は深く、同時に彼の純粋さがよくわかった。精神を病んでいてもおかしくないのに、一般的な価値観を持っているーーーただし、己の扱いは別。矛盾するようだけど、彼にとって自分というのはどこまでも貶めていい存在であり、他を守ることが何よりも大切なのだろう。
なんて悲しくて、痛々しくて……なんて屈託のない笑顔を浮かべるのだろう。
いつからか彼の全てが知りたくなった。それと同時に意識するようになったのだ。彼を私だけのものにしたいという、所謂独占欲というものも出始めた。
必死にそれを隠そうとするが、好意だけは隠しきれない。幸い彼はきっと自分なんかと卑下してそんな想定はしていないように思えたが…それはそれで、ちょっと複雑だった。
娘に会わせたのも多分娘のためと言いつつ、未来の父親として自分勝手に会わせたのだと思う。
でも、結果的にそれはプラスに働いた。
元夫からのトラウマで最初は彼に対してかなり恐怖していたが…1度話してから、彼の優しさに気づいたようだった。
何度も連れてくるにつれて遠かった距離は徐々に縮まっており、今ではかなりの好感触だと思う。私と2人で話す時間が減っちゃったのが少しだけモヤッとするけど…娘に嫉妬なんてしちゃいけないと己を鼓舞する。
彼の退院日が決まった。もう会えないのかと思うと自然と自分から会いたいと口にしていた。彼は驚いて何故か聞いてきたけど…
「あなたが好きだからです」
その言葉に驚く彼に私は思い切って気持ちを伝えた。怖かった。彼から拒絶されるのが。そんな不安を払拭するように、彼もまた震えながら言った。
「見た通り……不細工で不器用で、うじうじしてる暗くてキモイ奴ですが……あなたのことが大好きです。本当はそんな資格ないってわかってても本気であなたのことが大好きです。だから………」
そんなことないと言いたかった。あなたは優しくてカッコイイと。でも、その前に彼はちゃんと答えをくれた。
「結婚を前提にお付き合いしてください!」
離婚してから再婚するまで100日は期間をあけないといけない。本当にもどかしいけど……私は絶対に彼を私のものにしてみせる。そう心から誓ってその告白を受け入れた。今ならハッキリと言える。
私は……清隆さんのことを心から愛していると。