5 嫁さん告白を受ける
「そうですか……もうすぐ退院なんですね……。おめでとうございます」
異常なしと判断されて、退院の日時が決まって美星さんに報告すると少しだけ残念そうな顔をされつつそう言われる。うん、勘違いはしない。大丈夫だ、俺は勘違いなんてしない子。
「あの……家の住所教えてくれませんか?時々差し入れをしたいので……」
「そんなに気を使わなくて大丈夫ですよ」
「したいんです!させてください……」
勘違いなんてしない、勘違いなんてしない、勘違いなんてしない、勘違いなんてしない、勘違いなんてしない……頭ではわかってる。なのに……どうして彼女はこんなに優しくて可愛いのだろうか。
「どうしてそんなに……俺はあなた達に何も出来てないのに……」
そう呟いてから思わず口を抑えた。やば、無意識に心の声が出てた………。チラッと彼女を見ると彼女は前に見たようなそう……何かを決意したような表情で言った。
「あなたが好きだからです」
…………………はぇ?
好き?誰が誰を?え………え!?
唖然とする俺を置いてけぼりにして美星さんは言葉を繋いだ。
「最初は本当にお礼のためでした。でも、あなたの優しさに惹かれて、その誰からも愛して貰えてない孤独感を私が埋めたいって思ったんです。子持ちで嫌いなお兄さんのお古の私にそんな価値はないってわかってても、それでも好きになってしまったんです。だから………」
ぎゅっと手を目を瞑って懺悔でもするように俯く彼女の姿を見て、勘違いじゃない都合のいい展開を期待してしまった。俺が彼女と結ばれるという本当に絵空事のようなシナリオ。
勘違いなんてしない、勘違いなんてしない、勘違いなんてしない…………でも、勘違いしたい。
傍から見たらこれは離婚して傷心の兄嫁を奪った最低な男って認識なのだろうか。はたまた借金を兄貴自身で返させてる最低な男なのだろうか………彼女の優しさから言って、借金を気にして無理やりこんなことを言うとは思えなかった。
でも………例えこれが何か打算があろうが、それでも……
俺は震える彼女の手を握ってから、震えそうになる声をなんとか出して言った。
「見た通り……不細工で不器用で、うじうじしてる暗くてキモイ奴ですが……あなたのことが大好きです。本当はそんな資格ないってわかってても本気であなたのことが大好きです。だから………」
ぐっと、一瞬言葉に詰まってから勘違いのための一言を発した。
「結婚を前提にお付き合いしてください!」
怖い。バクバクと心臓が脈打つ。生まれて初めての告白。他人に好意を伝えるのがこんなに難しいものだとは思わなかった。それでも、勘違いだろうがなんだろうが、彼女に想いを伝えたかった。わかってる。都合のいい夢だって。
でも、それでも俺は例え散々利用された上に切り捨てられることになっても、後悔だけはしたくなかった。優しい彼女がそんなこをするはずがないとわかっていても、彼女の王子様が他にいるとしても、それでも俺は、一時でも彼女のナイトに、王子様になりたいんだ。
しばらくしてから、緊張で揺らぐ視界で彼女を見るとーーー彼女は泣いていた。驚いたような、心底嬉しそうな笑みと涙を浮かべながら彼女は頷くと言った。
「不束者ですが……よろしくお願いします……」
その言葉に喜ぶ前に病室の扉から盛大な拍手が聞こえてきた。見れば開けっ放しの扉でナースさん達が微笑ましそうにこの告白を見ていたようで………俺と、彼女はその事実を認識すると互いに赤面して顔を見れなくなった。
でも、それでも、俺はこの日から勘違いをしようと決意した。
問題は色々あるが……それでも、この気持ちだけは絶対に嘘にしないと心に誓って、この日俺は彼女と恋人という関係になった。