17 嫁さん悪夢を打ち消す
これは夢なのだろうとすぐに自覚できた。昔の自分と今いないはずの兄貴がいるのがわかる。兄貴は俺のものを全て奪うっていく。それがなんであってもだ。隠していたお小遣いも勝手に使うし自室のはずの部屋は事実上兄貴の物置と化していた。
別に兄貴を恨んだことはない。不思議なことに恨んだりはしたことないのだ。これは俺が弱いから仕方ないこと。そう思っていた。ただ、こういうことを他の人にもするようになったらそれを止めるのは俺の役目だと思った。
だって、苦しい思いをするのは俺だけで十分だからだ。
何度も殴られ、蹴られる。理由もなくただ気分でそうされる。面白そうだからと腕を折られたり、どうなってるのか知りたいと言って爪を剥がされたり、痛くて痛くて堪らない。泣いても謝っても許して貰えないから、いつからは涙は出なくなった。
血が噴き出しても痛みはあっても涙は不思議と出なかった。いつからから本気で俺は泣けなくなっていたのだ。兄貴や俺の存在を無視する親に愛想笑いを浮かべているとそれが癖になっていた。いつからか、その愛想笑いが自分になっていた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………生まれてきてごめんなさい。
『いいんですよ。貴方は謝らなくていい……』
ふと、何か温かいものを感じる。太陽のような温もり。この温かさは……なあに?
『生まれてきてくれてーーーありがとう』
徐々に意識が浮上していく。目を開けると俺の手を握りながら俺の頬に手を置いている美星さんの姿があった。
「大丈夫ですか?」
「……すみません。俺、なんか変なこと言ってましたか?」
「はい。うなされてました」
そっか、恥ずかしいところを見せた上に迷惑かけたなと思い謝ろうとする前に美星さんは優しく微笑んで言った。
「大丈夫です。私は清隆さんの傍にずっといますから」
「え……」
「だから……謝らなくていいんですよ」
その言葉に、触れてる手の温もりに俺は忘れてたはずの涙を流していた。ああ、そうか。俺もまだ泣くことが出来たのかと思っていると、そっと俺を抱きしめてくれる美星さん。
「清隆さん。今までよく耐えてきましたね。でも、大丈夫……これからは、私も一緒ですから」
「……すーーー」
「すみませんはダメです。貰うなら感謝がいいです」
「……ありがとうございます」
ああ、そうか。この人は俺のことを愛してくれるのか。こんな俺なんかを……そう思うとますます俺の中で美星さんの存在が大きくなっていくのがわかって……俺はきっと、美星さんに更に惚れたんだと思う。
みっともなく涙を流す俺を優しく抱きしめてくれる美星さん。そうして抱きしめているとなんだかふわっとした気持ちになって、不思議と悪夢は消えていた。そうーーー俺は美星さんに救われたのだろうと後に思う。