チートの力の影で
「お前は強かった。だが俺には敵わない」
そう言って男は剣を振り上げる。その顔はツルツルしていてヒゲの一つも生えていない。
無邪気な顔だ。女も知らないようなその顔でこいつは私を殺すのだ。
その腕も華奢で、とても剣を扱えるようには見えない。俺はこの腕に負けたのだ。
思わず落した視線の中に己の腕が見える。
ささくれて無骨な腕。それでもこの腕は子を抱き妻を抱き、そして亡くした母の遺体を墓へと運んだ──。
「念仏は唱え終わったか?」
不思議と悔しさはなかった、いずれこの日が来るのは分かっていたのだ。仲間と呼んだ男たちが死んでいくのをこの目でいくつも見て来た。
それに戦場で後ろから矢を受けるよりはよっぽどマシだった。誰だか分からない相手に殺されるのも珍しくはないのだ。
「ああ、お前は強い」
その男は無邪気な笑みを浮かべていた、まるでゲームを楽しむように。
だがそれを咎めるつもりはない、剣術を覚えた当初は誰もがその技術に溺れるものだ。その力が他人の人生を歪め、そしてまた自分の命すらも奪うものだと気付くまでは。
力、それこそが問題だ。正しい者が力を有する、そんなのはただの理想に過ぎない。ほとんどの場合、強さに理由などない。強いから強い、ただそれだけ。
だからこそ秩序が欲しい、自分の正しいと思える者に強くあって欲しい。その為に私は自らの仕える者を選び、その為に努力した。
そんな私の曲がったエゴイズムもここで終わる──。
「よし」
妻よ、娘よ。好き勝手に生きた父を許してくれ。
いや、許さなくてもいい。どうかただ受け入れ、強く生きてくれ。それがもう届かない私の願いだ。
最後に、私を殺す者よ。その者には私の意志を継いで欲しかった、だがもう叶うまい。
残酷なのは持ってしまったその力、いつか自分の行いにツケを払う時が来るのだろう。それが復讐なのか時代の変化なのかは分からないが。
その時、彼は何を思うだろう。どうか後悔ではない事を切に願──。